第7話
札幌に行く前に中村さんの待ち合わせ場所までジムニーを俺は走らせる…
実家から近い場所に彼女は住んでいた…
彰美ちゃんは降りて中村さんに挨拶して驚く…
無理もない事だった…
彰美「か、薫さん?」
優吾「俺も最初はそう思ってしまったよ…」
優子「あははっ…どもっ、初めまして!中村優子って言います」
そう俺も最初は薫だと思ってしまった。
薫であってほしいという、見向きもしなかった軌跡を未だ願う、
軌跡を願いで捧げる狂信者…
軌跡を夢見る時間は…永遠と思えるほど長くて…
それが錯覚だとは解っているけど…本気で信じたいんだ…
そう思ってしまう…
結局それは錯覚で…
終わっちまったことが否定しようのない現実だと解ってしまう…
夢見る軌跡と、それが消えちまった時の…喪失感…
今はその奇跡の途上…
これから先の結果が軌跡でない錯覚だと断定出来やしない、
誰にも解りはしないんだ…
そう信じてしまうのは…俺が子供だという licenseライセンス…
狂言回しのcastキャスト…ノンフイクションの舞台で演じた俺は…
ロミオとジュリエットのような catastrophe (悲劇的な結末)…
curtaincallカーテンコールも起きやしない…
空の上で俺たちの悲劇を見た観客の…約束の元に渡された、
胡散臭いはした金すら…顔にぶつけて突き返す…そんな怒りにも似た悲しみ…
そう思ってしまったんだ…
中村さんと彰美ちゃんは札幌に向かう車の中で楽しそうに話していた…
気が合うのだろうか…
彰美「へー、それじゃ優吾さんが三年生の時にここに来たんですか。
大学一年生だから年2つしか違わないんですね」
優子「そうですよー。戻りたいなー高校生にー彰美ちゃん羨ましいなー」
彰美「えー、でも制服着れば全然高校生に見えますよ?」
優子「あはははっ!お世辞旨いなー、可愛げないぞー」
彰美「いえいえ、うちの女子高なら全然ありですよ。
可愛いからモテるんじゃないですか?
あ、大学は北海道なんですよね。それじゃあ、もう彼氏いますね?」
優子「えへへ…いないっすよ。バンドと単位取得の勉強で忙しくて、
そんな暇無しかな?」
彰美「バンドやってるんですか?カッコイイですね。
あーあ、スタイルもいいのに、もったいないなー。
なんなら、うちの可愛い後輩紹介しましょうか?
ウチの女子高の陸上やってるかっこいい先輩でもいいですよ?」
優子「やだー!もー!ノーマルっすよ!」
彰美「あははははっ!」
そんな女子二人の楽しい会話を聞いている内に…札幌に着いた。
彰美「あ、もう着いちゃいましたね。優吾さん話してばかりですみません」
優吾「そんなことないよ…楽しい会話で聞いていて、面白かったから…
中村さんも楽しそうだったし」
優子「あ、中村さんなんてよそよそしい言い方禁止ですよー。
優子でいいですからね、優吾さん。優々コンビ解散バンドなんて嫌ですよ」
優吾「わかったよ、…優子さん」
優子「うむっ、慣れない感じがちょっとグッド!
彰美ちゃん、まずどこ行こうか?」
彰美「札幌行くのは二回目ですからね、優吾さん最初にあそこ行きましょうよ」
優吾「ああ、いいよ。あの後も暇を見つけて気分転換に練習してから…」
彰美「楽しみだなぁ」
優子「えっ、二人して何の話ですか?気になるなー教えてよー彰美ちゃん」
彰美「ヒ・ミ・ツ」
優子「えー、ひどーい!優吾さん、何ですか秘密って?」
優吾「大丈夫、すぐに解るよ」
※
そうして夕方から夜まで札幌の観光を俺たちは楽しんだ…
最初に白い恋人パークに入り、荒山さん達のお土産にする為のお菓子を買った。
白い恋人パーク…
石屋製菓が運営している観光スポットの一つ…
お菓子の販売や…工場見学…お菓子作り体験などができる…
甘いものが好きな二人は楽しんでいた。
俺も久々に菓子作りをし、その味と見た目に二人は大喜びだった。
秘密の正体が解り、俺の作ったお菓子を優子さんが食べて絶賛する…
彰美ちゃんも、うんうんと感心しながら食べていた。
練習はしていたけど…お菓子作りはまだ2人を喜ばせるくらいの腕は残っていた…
…薫も…俺の作るお菓子やケーキなどが好きで…
ホワイトデーや自分の誕生会は楽しみにしていた…
俺の作った中では…薫は…チョコケーキと苺トリュフが好きだったな…
幸せそうな顔で食べてたっけ…
優子「すごい!甘いし、おいしい!優吾さんケーキ屋さんになれますよ!」
優吾「そんなことないよ…元々材料の素材が良いからおいしいんだよ…」
彰美「流石スイーツ職人…謙虚ですね。
昔私のためにケーキ作ってくれた時から凄いと思ってたよ、優吾さん」
優子「え?そういう特技もあるんですか?
優吾さん絶対女の子にモテるよー!今度作り方教えてください」
薫の事を想っていたら…薫に似ている優子さんに…少しだけ…照れてしまった…
※
空が夕方と夜の狭間を迎えていた時間…
札幌テレビ塔に着く…
札幌テレビ塔…
この街にそびえ立つ、二人の愛を誓い合う金字塔…
白い恋人たちが降る新雪の中…
クリスマスイブ…塔の下で愛を交わせば、
別れることは無い噂話が若いカップルの間で流行っている…
そう…romanticロマンチックなおとぎ話…
今は明るさの残る空で輝く…
カップルたちの集まる…北海道のtower…
多くの愛を誓った男女を…照らす輝きが祝福する…
愛の塊を糧に…そびえ立つtower…
そう…こいつは色んな愛の瞬間を見てきた…
雲の上の天使の祝福は降り積もる新雪…
地上90.38mの展望台は…愛の祝福を受けたカップルたちを見守るように…
そこに住む札幌の街のカップルたちを眺める…
高さ147.2mの札幌の landmarktowerランドマークタワー…
そんな天にも届くような塔を俺たちはただ見上げる…
札幌の中心に立つ…愛の祝福を受けるカップルには、おあつらえ向きの道標…
そんなtourism spot (観光スポット)…
それが札幌テレビ塔…
輝き続ける眠らないtower…
彰美「展望台で景色みましょうか?今は暗いけど、海まで見渡せますよ」
優子「わー、いいねー。優吾さんも行きましょうよー」
優吾「入場料は払うよ」
優子「えっ?そんないいですよー」
優吾「せっかく名前で呼び合ったんだし、
彰美とも楽しくやれているんだから…今日はそのお祝いだと思ってくれ」
優子「…かっこいいぞ」
優子さんは聞き取れない小声でボソッと言った。
聞き取れなかった俺は少し不安になり…
優吾「聞き取れなかった…気を悪くしたのかい?」
優子「いえいえ、おごってくれてどーもです」
彰美「………。優吾さん…それじゃあ行きましょうか」
一人700円…俺は2100円を払った…
展望台から眺める景色は海まで見渡せた…
優子&彰美「わー、綺麗だなー」
二人の遠くを見る目は輝いていた…
おごりのticketチケットの代価は夢見る少女のような瞳…
悪くない…買い物だった…そう思えてしまった…
※
夜になり…
食事の前に俺は二人に…
さっぽろホワイトイルミネーションに行くことを提案した…
昔薫と行ったことのある場所だった…なんとなく見たくなった…
記憶に残るfilmフイルムは…着いた時のまま再現されていた…
一面に輝く光は二人を喜ばせるには、
ちょうどいい演出だった。
二人は黙っているが、その光に見入っている…
さっぽろホワイトイルミネーション…
日本で最初のイルミネーションとして…
1981年に始まり、初冬の札幌を彩る風物詩…
夜に現れる…機械仕掛けの光の森…
ここもカップルにはお薦めのspotスポット…
会話こそ少なかったが…それは森に魅入っているから…
俺はそんな二人の姿を見ていた…
優子さんと彰美が俺の右手と左手をそれぞれ握っていた…
俺は顔を向けられずに正面の森に魅入ってた…
魅入らなければ…二人を見てしまう…
俺はどちらを向けばいいのか…選べずに…機械仕掛けの光の森を見てしまう…
二人も…俺を見ずに…森を見ていたと…思う…
一瞬…ほんの一瞬だけ…森の前に…
薫が後ろ姿で映っていて、笑顔で振り向いていた…
そんな姿が俺の目にだけ…映し出された…
その時…俺は…どんな顔をしていたのか…解らなかった…
自然と口に出た言葉…そろそろ食事にしようか…って…
一瞬だけしか映らなかった恋人を忘れるように…
俺は二人にそんな言葉を森に残して去って行った。
※
最後にジンギスカンのあるお店に俺は二人を誘い、奢ることにした。
優子さんは奢りに遠慮していたが、
俺の代わりに彰美ちゃんが気にしないでと背中を押してくれた。
俺たちは目の前に出された
生のマトン肉を焼いて食べて、札幌の事について話し合っていた。
優子さんはマトン肉に驚いていたけど、食べてみて大好きになったようだ。
俺と彰美は二回目なので、久しぶりの味に箸が進んでいた…
北海道民のsoulfoodソウルフードとも言われるジンギスカン…
サッポロビール園のジンギスカンはとても旨く、
ジンギスカン店が多い上に、当たりはずれの多い札幌では、
ここがbestplaceベストプレイス…
焼いてからタレをつけるのではなく…
タレにつけてあるのを焼くのが俺たち荒山家の食べ方だった…
ジンギスカンの本場はモンゴルだが、
北海道のジンギスカンは独特の味を見せている…
食事をしながら、俺達は今日の事を話していた…
彰美ちゃんは、さっぽろ雪祭りも見たかったけど二月からだし残念…と言って、
優子さんは優子さんで、また今度見に行きましょうよ!
今度は私が奢っちゃいます!って楽しそうに言ってた…
優吾「仕事に余裕が出来て、有給が取れたら、夏にまた来るよ。
その時はさっぽろ羊ヶ丘展望台やさっぽろ夏まつりとかに行こうか」
優子「本当ですか?絶対ですよ!楽しみにしています」
彰美「私もその時は行きますよ、優吾さん」
優吾「もちろんだよ、それまでのお楽しみだね」
久しぶりに…楽しめた…ひと時だった…
札幌に誘ってくれた優子さんに俺は感謝していた…
※
二人をジムニーに乗せ…優子さんを家まで送った。
酒屋の場所を教えると、
今度また時間が空いたら来ますっとニコッと笑って帰って行った…
酒屋の近くの駐車場にジムニーを停めて…
彰美ちゃんは俺にこういった。
彰美「やっぱり私、お邪魔だったみたいですね
…優子さんにとっては、でも私…私もね…」
そう降りた後に行って、彰美ちゃんは走って家のドアを開けて去って行った。
俺はさっぽろホワイトイルミネーションの時に握られた手を見ていた…
胸が苦しくなった…理由は解りたくないけど…解らなければならない気がした…
スマホのメールがマナーモードで振動する…
優子さんからだ…
今日は楽しかったです!優吾さんの色々な一面が見れたから、
今日の事忘れません。
今度は二人きりでデートしよっ!
約束だぞっ☆
…そう書かれたメールだった…
俺は事の重大性を…軽々しく承諾し、実行していたことに…今更気が付いた…
車の中で俺はエンジンを切り…悲しい気持ちでもないのに…
頬に熱い水が流れていた…
薫を…裏切ってしまったのか…あの時の一瞬の笑顔を思い出し…
俺は涙を拭き取り…枯れた声で…口にした…
優吾「っ!…薫…」
胸につけていた指輪入りのペンダントが肌に冷たく当たっていた…
俺は…二人に対して…どう折り合いをつければいいのか?
ただの勘違いで終われば良いと言う…甘えはそこに見当たらなかった…
もう戻れない…陳腐な楽しさを味わっていただけの、あの頃には戻れない…
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