第6話

荒山さんの酒屋に戻り、車を停めて裏口のドアのカギを開けた時に、

バイオリンの音色が流れていたことに気が付く…


居間の隣の部屋から聞こえる音色は…香奈さんが作り出す音の世界…

俺が帰った時に演奏が終わり…ドアを開けて香奈さんが顔を出す…



優吾「遅くなりました…」


香奈「あら、おかえりなさい…同窓会は楽しかった?

お風呂沸いているからゆっくり浸かって来てね。

冷蔵庫に優吾君の好きなフルーツ牛乳が入ってるから、

上がったら飲んじゃってね」


優吾「ありがとうございます…相変わらず綺麗な音ですね…

明日教室で教える日ですか?」


香奈さんは笑顔になって、いつもと違う明るさを交えて言葉を返した。


香奈「覚えていたのね。子供達があれから結構増えてね

。中学生の子が多いのよ。

教室は今は週二回だけど、月に一回マンツーマンで教えることもあってね。

優吾君くらいの年の子で音楽大学に去年合格したのよ。

おばさん、昔音楽大学に通ってたってこと話してたでしょ、覚えてる?

この前教え子がコンクールで賞を取った時に、

有名な音楽家の人に声をかけられちゃってね。

是非月に一度、その子の家で教えてほしいって持ち掛けられてね。

一昨年からなのよ。どっちもお金を貰っているから空いた時間で弾かないとね」


長話だけど、楽しそうに語る香奈さんを見て、

酒屋で夫の仕事の手伝いをしながら…

出版社からの締切が押し寄せる小説を毎回余裕をもって間に合わせ、

音楽も上手い香奈さん…


そんな香奈さんを、俊一郎さんは空港からの車の中で大平相手に、

ワインと同じくらい熱心に話していた…


うちの妻は多彩な才能を秘めた、飽きない味を持つ最高級のワインに、

引けを取らない人間味という熟成された素晴らしい味が溢れているって…


音楽の才能なら俺のベースより、香奈さんの方がずっとあった…

俺が中学の頃にベースを始めた時は、

楽譜や曲、音楽について丁寧に教えてくれて…

おかげで上達が早かったっけ…


あの時の俊一郎さん、そんな俺たちを見て、

息子と母親を見る目で楽しそうにワインを飲んでいた…


香奈さんは、バイオリンを弾いていると物語が見えてくるって…

弾き終わって凄い速さでタイピングして文字がびっしりと並んだ時は…

最初は俺も驚いていた…


天は人に二物を与えずって言葉があるけど…

香奈さんは料理、小説、音楽と素晴らしい長所ばかりの女性だった…


彰美ちゃんや俊一郎さんが店番をすることが多いから、

短所があるとしたら…店番をあまりしないってことかも知れない…


でも俊一郎さんは…

自分の好きなことを手伝う妻の気持ちがあればそれだけで十分だから

別に構わない…

そんな風に言ったことがあって、

俺たちも毎日小説や音楽を続けている香奈さんが…

生き生きしていたから…

彰美ちゃんと店番や料理以外の家事ばかりしていたっけ…


それが、俺達らしい楽しい家庭のあり方として…相応しくて…

何よりもみんな明るくなれた…


香奈さんにお風呂に入ることを伝えて、

ドアを閉めて演奏を再開したのを確認すると…

俺は音色を聴きながら浴室で服を脱いで風呂に浸かる…



今日は…色々あった…配達の後の薫の墓参り、

薫に姿がそっくりだった中村さん、同窓会…


振り返れば一瞬だけど…泣いたり、笑ったりした…

今日という日は…俺の新たなmemory(思い出)になるだろう…


旅行者の北海道の名所巡りとは違った…

俺だけの北海道の名所巡り…写真は無いが俺の頭に残る…

memoryという俺の中のアルバムに収まる…



風呂を上がって、バスタオルを洗濯機に入れて、服に着替えていると、

スマホに2件のメールがあったことに気が付く…


中村さんと佳穂からだった…


佳穂からは…

12月28日に大学に来てほしいという、

同窓会で話していたバンド部へのメール…


中村さんからは…

明日札幌まで行こうというお誘いのメールだった…


俺は横田さんの家に明日挨拶に行くことを考えていたが…

居間でフルーツ牛乳を飲んでいた後に…


俊一郎さんがワインを飲みながら、

明日の予定を雑談の中で聞いていた…


横田さんの家に挨拶行くことを伝えると…


俊一郎「明後日が良いんじゃないかな?

連絡は君が配達に行ってる時に伝えておいたから、

謙三は明日は公務があるし、明後日が休みなんだ…

君や昌幸君に店を任せていた事を電話で言ってたら、

冗談交じりに良いご身分だなって笑っていたよ…

ははっ、あいつは真面目だから羨ましがっていたんだろうな。

それに謙三には年末は忙しい時期だろうし、

会えるのは明後日だけだろうな…

君にも会いたがっていたし、行くなら明後日が良いんじゃないかな?」


とワインを一口飲んでグラスを揺らしてそう言った。

もう少し空気に触れることで味に深みが増すんだよ…

飲んでみるかい?って楽しそうに言って…


明日行くとは直接行っていないし…

横田さんの家に行くのはその日にすることにした。


一口飲んでその旨さに正直な感想を述べた後に…


優吾「わかりました、明後日に挨拶に行きます。

年末に謙三さんだけ会えないってのもありますし…」


と味がまだ舌に残る心地よさも混じった中で…そう言った。


俊一郎「そうした方が良い…明日は昼まで手伝いをして欲しいんだが、

夕方からは特に注文もないし、代わりに昼の配達が多いから頼めるかな?」


優吾「いいですよ、配達が終わったら札幌まで行きたいのですが…」


俊一郎「配達だけしてくれれば充分だよ。

車は夜に駐車場にあれば問題ないからね」


優吾「すいません、ありがとうございます」


俊一郎「お礼を言うのはこっちの方だよ。私は妻の曲でも聞きながら、

遅くまで飲んでいるから、先に寝ておきなさい」


優吾「はい、それではまた明日…」


そういって二階に上がると大平が来客用の部屋で電話をしているのか、

楽しそうな声で話していた。

あいつも今日は、写真部のコミュニティで楽しんだ後に、

大学の写真部の部長と話しているのだろう…

電話の内容から部長と話しているのが解る…


俺は旅人の楽しんでいる夜を邪魔しない様に、

そっと自分の部屋に入っていった…

ベッドに着く前に中村さんに、

明日は夕方ごろから車で迎えに行くので

待ち合わせ場所を教えてほしいというメールを送信して、

返事を待たずに机の引き出しにあったバンド部の頃の楽譜などを見て、眠った…


子守唄は香奈さんのバイオリンの曲…

特等席でワインを飲む夫と弾き続ける妻を…

下の階で実感しながら…高校の頃を思い出し…眠りについた…



12月27日…俺は朝彰美ちゃんに起こされた…


彼女は顔が少し赤かったが、

理由は聞かずに起こしてくれたことに感謝し、朝食を食べた。


今日の予定を聞いたので、

隠すこともなく昼の配達後の夕方の予定を伝えたら意外な言葉を口にした。


彰美「中村さんとの札幌観光、私も行きますね」


十時ごろに中村さんにメールを送り、返信がすぐに来た。

来てもいいという事だった…


二人を乗せたジムニーを出し…彰美と話しながら配達を済ませた。

配達が終わり、電話をする…


昼の配達から、大平は写真撮りに近くの雪溶けの森に行ったらしい

、一人で熱心そうな顔をしていた、と俊一郎さんは言っていた。

香奈さんはバイオリン教室が終わってから

、同じ年くらいの先生方とお茶会の予定で帰るのは夕方だそうだ。

俊一郎さんは大平の抜けた昼から店番だそうだ…

謙三に今日も良いご身分と言われるのは耳が痛いからねって

そんなことを笑って言っていた…


中村さんの待ち合わせ場所まで時間があるので、

先に彰美ちゃんとレストランで食事を取ることにした。


奥の席でこっちが料金持つから好きなもの頼んでいいよって言って、

クラブハウスサンドと

サクランボ付きのバニラアイス入りメロンソーダを彰美ちゃんは頼んだ…


俺は軽いもので済ませることにした。


彰美「昔もこういう事ありましたよね。家で二人だけの食事とか」


懐かしい小学校から中学までの事を思い出す話題が、

食後の空いた時間で話された。


優吾「おじいちゃんとおばあちゃんが宅配で大変だった時だよね?

料理作ってたのそういえば彰美ちゃんと俺ばかりだったよね」


彰美「優吾さんは鮭のちゃんちゃん焼きとか

イカのポッポ焼きとかが好きでしたよね?」


優吾「覚えていてくれたんだ…

あの時の彰美ちゃんは鶏ザンギや鹿肉カレーが好きだったね…」 


彰美「もー!肉ばかり好きって訳じゃないですよ!」


優吾「甘いものも好きだったことも覚えているよ…

中学の時に家族で北見に行った時に、

クレアートアイスクリームを食べた事あったよね?

あの時おいしそうに食べてた…」


思い出したこともあったので付け加えて言った。


優吾「確か調理部の友達に頼んで作ったショートケーキも好きだったよね。

甘い物も好きなのは…女の子だなって思ったよ」


彰美「あの時は私の誕生日でしたよね。

お父さん達がいなかった時に

優吾さんが作ってくれたショートケーキ好きでしたよ。

未だにお菓子作りは優吾さんにかないません」


そう…その時はまだ俊一郎さんや香奈さんが

外国から帰らなかった時期のことだった。


おばあちゃんやおじいちゃんが元気だったころで…

あの二人にはお世話になった。


ショートケーキの話は…たしか…

彰美ちゃんが9歳の時の誕生日だった。

俺は調理部に頼んで自作したショートケーキを、

箱に入れて家で開けて彰美ちゃんは喜んでいた。


おじいちゃんもおばあちゃんも彰美の好きな料理を作って…楽しかった…


昔の事を思い出したのか、彰美ちゃんはその時の気持ちを打ち明けてくれた。


彰美「私が顔も知らないままヨーロッパに出かけた両親を嫌っていた時に、

おじいちゃんとおばあちゃんに育てて、横田さん達にも良くしてもらって…

お父さんたちの話を聞いていく中で、

見たこともない親の顔を想像してました。

そんな寂しさが残る時期にお兄さんが…優吾さんがここに来て…

その3年後にお父さんたちは帰ってきた 

2年間おじいちゃん達とお父さん達と優吾さんの6人で幸せだったな… 

でも1年後におじいちゃんたちが眠ちゃって、

また1年後に優吾さんがいなくなって…」


優吾「辛い思いをさせていたんだね…すまない…」


彰美「いえ、いいんです。優吾さんが一番辛かったですし…

あの時の悲しい表情が無くなって良かったです」


優吾「覚えてるよ、あの時は俺も参ってた… 

薫もいなくなった後で何も考えられず、

あの後取りつかれたように大学で薬学の授業を受けて、

今の会社に内定が決まったことも…」


優吾「彰美ちゃんには今でも感謝している…俺の自慢できる妹だよ…」


彰美「私にとっては優しいお兄さんで大切な家族ですから…」

そう言った彰美は、目を合わせなかった…


それから俺たちは、

しばらく無言でジムニーは中村さんの指定した場所まで走った。


重い空気ではない…

小さい頃の手を繋いで無言で家に向かって歩く兄と

兄の事をずっと見ている妹のような…

そんな無言のどこか懐かしい気分になる…

そんなmoodムードになる空気だった…

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