第4話

山にある階段を登り、俺は目的の場所に着いた。


横田 薫 と書かれた墓石に花束を置いた。


そこは霊園だった…


そう…薫は俺が高校三年生の時に死んだ…


あの告白の後に…

スキーに行こうと軽はずみなことを言って…



薫はスキー場で事故を起こし…倒れた…

上級向けの坂で後ろから滑ってぶつかった男性と一緒に、

そのままコース外に滑走し、崖からの転落だった…


滑った男は独身でスノーボードを初めて一年未満ながらに上級の坂を滑り、

薫にぶつかり崖に落ちて転落死。

男の家族はこちらが招いた事故死という事で、慰謝料を横田夫妻に支払い、

その後は連絡もなかった。


優しく暖かい命を失い、冷たい金だけが渡された…


薫の父は警察官だったので、

騒ぎが大きくならない様に動いてくれた…


その終わった事件の内容を、学生生活を問題なくおくれているか、

という俺への心配も含めて、

大学に入って間もない時に電話で教えられた。

ニュースに流れることはなく、新聞の記事にも載らなかった…


大学の友人が楽しそうにスキーの話をしながら、

事故もあるんじゃないか?ともう一人の事情も知らない者同士の

能天気な会話から、

俺があの時いたスキー場の名前が偶然出て、

崖への転落防止の柵が強化され、死傷者0だったことを聞かされた…


そんな事は、聞きたくもなかった…


事情を話す必要性もなく、北海道出身だったが…

そこには行ったことは無いと、嘘をついて、俺はこの話題を変えていた…


どうして…薫だったのか…

荒山さんのおじいいちゃんやおばあちゃんが、

亡くなって…次は…俺の恋人だった…


俺はあの時以上に辛かった…


事故が起きて、恋人が死んで、

動転していた記憶は断片でしかなかったけど、

覚えていることはある…


薫は病院に担ぎ込まれたが、集中治療室…ICUに行った時は手遅れで、

崖からの転倒による頭部の強打が脳にまで傷をつけたことと

雪に埋もれて呼吸困難になったのが死亡の原因だった事…


…薫は病室で機械仕掛けの命を繋ぐことすら出来なかった…



薫の家族…横田さん達と荒山さん達が病院に来た時は薫は死んでいて…

俺は声を上げずに涙だけが流れて…

死んだことを伝えて…

泣き崩れる薫の母とそれを震える手で支えている親父さん達を見ていた…


葬式はすぐに行われ、

俺は薫の入っている木箱を離れずに見ながら放心していた事…


彰美ちゃんや友達、荒山さん達が俺を何かの言葉で励ましていた事…


俺が覚えていることは…そんな光景だけで…

何よりも、薫がスキー場から転倒していく姿が、

夢の中でスローモーションで動いていて…

手の届かないところから手を伸ばそうとして…


目が覚めていく…そんな日々も…あった…


薫が死んでからの高校卒業までの期間の事は思い出したくもない

短い期間だったが、外に出る前に…

一緒に高校へ登校していた恋人がいない…

あの日の虚無感が混じったような痛み…


薫の席に添えられていた花瓶を見るたびに…

俺は部活が終わると…薫の席を眺めていた…


そして、卒業式の日に俺は、仲間達の打ち上げを断り、

まっすぐ家に帰って…

4日後には大学への飛行機に乗っていた。


クラスのみんなも俺に気を遣い、

仲の良かった女子は泣いていた…


荒山さん達は大学に行って、

少しでも落ち着くことを薦めた。

俺もいつまでも折れていても、

薫が浮かばれないような気がして、それに従った。


横田さん達は荒山さんの言葉に賛同し、

薫と最後まで一緒だったことを感謝していた…

俺にはその言葉が酷く残酷な追い打ちにしか思えなかった…


まるで…これからは薫の事を考えずに、

自分の進むべきに道へ進めと、言われているような気がしたんだ…


クラスの奴らは、元気になったら戻ってこい、とか…

辛かったら相談に乗るからいつでも連絡してほしい、

なんて言葉が書かれた1枚のカラフルなマジック文字の羅列が書かれた色紙を

俊一郎さんの家の住所から郵送で送られた…


その後に東京に住んでいる俺のマンションに

差出人の書かれていない荷物と同封していた手紙が送られた…


中身はベースに必要なメンテナンス道具が一式そろっていた…


もう一つの手紙は…俺の名前が書かれたラブレターだった…


高校から一緒の同じ学生で…手紙の内容は俺の事が好きだったことと、

ベースを続けて欲しいという想いが綴ってあった。


あの事件以来…手紙が来るまでの半年間はベースは弾いていない…

薫を喜ばせるために始めたことの延長だから…


けれど、その手紙がとても多くの文字で続けて欲しいことが書いてあって…


俺は死んだ薫のためにも弾き続けようと…

都合のいい曲解にも似た勝手な解釈で…大学のバンドサークルに入った…


あの手紙が…結果として俺や薫を思い出す一つの要因になった気が…したんだ…

確証もないのに…恋人が聞くことが2度とない…演奏なのに…


どこの誰かは知らないが…その人に俺は感謝している…

そんな事を想いながら、俺は墓前に線香をあげ、花束を添える…


俺の薫への想いは…蜃気楼…

そう、恋と言う熱に浮かされた男が見た…

そこにあるはずのない砂漠の幻に…

虚しい想いを伝えていたのだろうか…

…相手は幻で…人間じゃなかった…

そう思うと…俺の想いは…届くはずもない…


まるで想いを伝えるために太陽を目指し…

想いと言う翼を得て飛んでも…太陽までは届かない…

向かえば溶けるイカロスの翼のように…

俺は想いを伝える翼を持ちながら、翼を自分で剥ぎ取った哀れな鳥…


時間が経てば忘れると、誰かが言った、悔やみきれない後悔…

やり場のない失った事への怒り…


今となってはぶつけようにも伝えられない、

独りよがりとなった俺の薫への想い…


俺は飛ぶことも出来ない、鳥でもない…

周りから過去にされた恋人が映る蜃気楼を眺めては想い続ける、

歩くことをやめた砂漠の旅人…


けれど…どうしようもない想いを…いつまでも、抱えていた…


未練がましくても、あふれてくる…

この届くこともなくなった想いがあふれている…


止まる術を持たない…止め方なんて、知らないさ…


そう…誰にも決められないんだよ…

相手を想い続けることの…価値を…


届かなかったとしても…それが無価値だと…誰かに…

決められるものではないんだよ…


癒されることのない傷心…

そう…わかってはいるんだ…

だけど…想うしかないんだよ…


俺の恋人を…薫を…


墓石に眠る骨は…薫の骨…

黒のストレートヘアーに可愛らしい笑顔、

華奢な体で世話を焼いては、俺のために一緒に悩んだり、

怒ったり、笑ったりした恋人…


それが全て炎に包まれて、残ったのは焦げきった骨だけ…

冷たい壺に収まり…墓に添えられる…

今でも忘れられない…応えるものが、胸を突く痛みだけが…未だにあった。


そんな時、後ろから人の気配がした…


冷めてしまった現実に…俺は、戻された…

一人の恋人のいない…この夕暮れに…



そして、後ろの相手は、おそらく横田さんの母親だろうと思って振り向いた…


けれど、そんな陳腐な予想は…思わぬ人物によって覆された…

そう…墓石に眠るのは…俺の恋人…

黒のストレートヘアーに可愛らしい笑顔、

華奢な体で世話を焼いては、俺のために一緒に悩んだり、怒ったり、

笑ったりした恋人…


俺が振り向いたときにいた人物は…

黒のストレートヘアーに可愛らしい笑顔の女性…まるで…

時が止まって、俺の中の時間が動き出したような瞬間だった…


おかしな話だ…その女性を見た時、目頭が熱いんだ…

拭いても拭いても拭いきれない…


その女性は俺をしっかりと見据えて、こういった…


?「榊先輩…初めまして、こうして話すことは無いと思っていました。

そんなに似ていましたか?」


初めましてと似ているで、わかっていながらも…

胸に抱いていた非現実的な期待は…当然のこととなって裏切られる。


俺はこの女性の正体を…知りたかった…


優吾「君は?高校時代の?」


薫よりも身長のある女性がそれを聞くと、嬉しそうな顔をした。

薫が生きていたら…こんな素敵な女性になっていたのだろうか…

いいや…薫に似ていても…薫は俺の後ろの冷たい石に眠っている…


女性が俺の投げかけた質問に答える…


?「先輩が高校3年生の時に1年生だった中村…中村優子なかむらゆうこです。覚えてないかもしれませんけど…」


俺は涙を拭き取り、落ち着いて、その名前を思い出していた…


優子「ああ、覚えてなくて当然ですよ。

だって、先輩のいた高校に転入したのは文化祭が始まる一月前でしたし、

あの事件の後でお話する機会もなかったですから」


俺は彼女の持っている花束を見て、思っていた疑問を投げた。


優吾「もしかして、薫の墓参りを?」


優子「ええ、半年に一回くらいなんですけど…

謙三さんには内緒にしてます。他人の私が何度か来たら困るでしょうし、

優吾さんだって不思議がるから…」


優吾「そうか…薫の事で何かあったんだね…

あいつは女子とは交友が広かったから…君とも話していたんだろうね…」


優子「ええ、まぁ…」


中村さんはなんだかばつが悪そうだった…

聞かれたくはない薫との秘密があるのだろう…


中村さんは、いいですか?っと言って、

花を薫の墓前に添えて、手を合わせ目を閉じた…


奇妙だった…死んだはずの薫が死んだ薫に墓の前で花を添えている光景が…


そう…解っている…彼女は薫じゃない…中村さんだ…

それでも…俺には、ここに薫がいるように感じたんだ…


お互い薫の墓を綺麗に掃除し、

俺は明るい話題を出すことにした…


優吾「昨日東京から来たばかりでね。

まだ横田さんの家に挨拶にも言っていないんだ…

明日来ることは伝えてあるんだ」


優子「へぇ、そうだったんですか、昨日なんて凄い偶然ですね。

ここで長話も薫さんに悪いですし、

用事が無ければ駐車場の近くに休憩所があるので下りて話ましょうか?」


中村さんはそう提案し、俺も薫の墓前に視線で別れを告げ山を下りて、

休憩所のある場所まで移動した。


夕日が沈む時間の中…

二人だけの寂しい休憩所で俺は中村さんの事を色々と聞いて、

薫のいた頃の高校時代を思い出していた。


中村さんは薫に似て、明るく、他の男が見ても可愛いと思える女性だった、

今年で大学一年生らしい…

四年生の俺をみて、同じ大学だったら、きっと楽しかったと思いますよって

寂しそうな顔で笑ってた…

話をしている内に同窓会の時間が近づいたことを伝え、

中村さんから、また話がしたいと連絡先を交換する事になった。


彼女が自分の車に向かう前に、俺に楽しそうにこう告げた


優子「あははっ、優吾さんと私って同じ優の字ですねっ。

二人で優々コンビですねっ。今度からは優子って呼んで下さい。

時間が出来たらまた一緒に話しましょう、さようならー」


そういって、彼女は指先に手を当て、ほほ笑んで車で一足先に山を下りた。


まるで、薫と同じ時間を過ごしたような気になり、どこか嬉しい自分がいた…


スマートフォンの時計を見て、そろそろ同窓会に行くことにした…


あれから4年も経っている高校時代の友人達に…会うために、

俺はジムニーのエンジンを入れた。

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