勇「私――そういえば、強面でしたね」
仕事が終わった勇と、私は噴水が象徴的な公園で待ち合せます。
先に着いてしまった、と思うも電車通勤の優よりも先に到着するのは当然ですか。
日は傾き、橙色の斜光が塗りたくった夕景の街を歩けば帰路を辿る人々とすれ違い、辿り着いた公園。子供の遊び騒ぐ声も途絶え、きっとお腹を空かせて夕飯を求め、帰宅したのだろう、と思うと微笑ましいような。でも閑散とした公園というのは寂しいような。そんな場所において象徴的と言える噴水は繊細な水流の調べを奏で、吹き上げる飛沫は温暖色の斜光に染められて宝石のよう。
さてさて、ベンチに腰掛けた私。きっと優には一生使いこなせないであろうスマートフォンのマナー機能を解除します。普段はメールや電話を受けるとドゥーニャちゃんの大活躍するアニメの主題歌が流れるのですが、流石に職場では社会人としてマナー設定をしておきませんと。
ちなみに、以前は真奈や結衣と携帯番号を交換していたのですが、掛けてこられると問題が生じるので勇と私は番号を変更しています。なので、彼女らが「どうしているのだろう?」と心配して友人である「優」に電話を掛けて、目の前の「勇」の携帯が反応した、などという事は起こりません。
などと考えていますと、こちらへ向かってくる女性。まぁ無論、優なのですが。彼女の仕事着、随分と素敵ですねぇ。黒いスーツはやはりラインを引き締まって視覚に訴えるため、そもそもスタイル抜群な優の体との相乗効果が凄まじいですね。
そういえば、今日は優の仕事初日です。疲れたとか、緊張したという事はないでしょうが、きっと人間関係がリセットされている事にちょっと衝撃を受けたでしょうね。私もそうでしたから。
それにしても女性と待ち合わせ。
ここは定番を踏襲した発言でもしておきますか。
「待った」
「……いや、それはクエスチョンマーク込みで俺が言うべきセリフだ。待機時間がそれなりにあった事を直接相手に誇示するような用い方をするのは定石ではないからな?」
私の言葉に引き攣った表情で返答する優。
噛み砕いて説明してくれるのが優の良い所ですね。
「なら優が『今来たところ』と言えばいいでしょう」
「ありのまま語ってるだけじゃねーか」
などと、楽しい会話もそこそこに私達は街へと歩き出します。今日は私のちょっとした用事に付き合って貰うために待ち合わせたのです。
無論、その用事が終わればどこかのお店で優の初出勤を祝して美味しいものでも食べる、なんてのもアリでしょうけれど。とりあえず目的は私の用事達成ですから。
まぁ、そもそも初出勤が祝うものかどうかもちょっと怪しいですけど。
というわけで私と優は街中を歩いていきます。車道側を歩くのが男の勤め、と思い実行したかったのですが、歩行者天国となっている商店街内に車は通らないのでした。粋な紳士の計らいが空回りです。
道中、「どこに連れていくんだよ?」と語る優に対して「秘密です」などと言いながら歩くこと、十分弱。
私が優を呼び出してまで行きたかった「ある場所」が可視圏内にまで近付き、私は我ながら自分の計画が不安になってきました。しかし、優の勧めがあってのことですからね。そこは入れ替わりの恩恵として、強気にチャレンジしていきましょう。
「というわけで到着しました、アニメグッズの専門店ですー」
「……はぁ?」
呆れ顔の優の言葉に、私は聞き取れなかったのかと思い、再度口にします。
「いえ、ですから――アニメグッズの専門店ですー」
眼前に広がる光景。店内はアニメの音楽が流れ、フィギュアや漫画、ストラップにちょっとしたお菓子が所狭しと陳列されたその場所。この街、唯一のアニメ関連のお店という事で志を同じくするオタクの皆さんが集い、買い物をする隠れた人気スポットです。いつだったかこの街は周囲の過疎地域から休日に数多の人が押し寄せると語りましたが、その内の半数はこのお店に来るためだと言って、差し支えないでしょう。
――というわけで。
「友達を作るためにここへやってきました。男友達を作って、アニメについて激論を交わし、時には意見の相違で殴り合えるような、そういう友達を――」
「うるせぇ」
優は私の頬をいつものように引っ叩きました。
彼女に叩かれる事は睡眠、食事、性欲に続く快楽であり、生きるために切り離せない欲求になりつつある私ですが、何でしょうか。随分と優ってば、不機嫌そう。苛立っていると表現した方が正しいでしょうか。
「どうしたのですか、ドゥーニャちゃん。ここでは正直、かなりちやほやされますよ。数年前に放送されたアニメとはいえ、声優さんの熱演も相俟ってドゥーニャちゃんはかなり人気の高いキャラクターですから」
「ドゥーニャちゃんじゃない、俺は優だっての。一緒にすんな。それに……友達を作るって用件にも理解が及ばねーが、それはさておく事にして――何で俺をこんな場所に連れてくる必要があったんだよ?」
優は口をへの字に曲げて、不服そうに言いました。
「不安だったというか、私の努力を見守ってもらおうと思ったというか」
「一人でやれよ」
「でも、友達ならこれから作ればいいじゃねーか、って言ってくれたのは優ではないですか。そんな後押しをしておいてほったらかしですか?」
私が指摘するように言うと、優は後ろ頭を手で掻きながら「うーん」と唸り、困ったような表情を浮かべます。この程度の言葉責めで困り果てるという事はやっぱり優は義理堅く、素敵な性格をしているのだなぁ、と実感します。
そして、優は渋々、
「……分かったよ。見てるだけだぞ?」
と、了承してくれました。
流石は私のお嫁さんですね。
「協力感謝しますが……さて、優」
「何だよ?」
「友達を作るって――どうすればいいのでしょう?」
あっけらかんと語る私。
余程、私の発言が素っ頓狂なものだったのか呆れ顔でこちらを見つめ、暫し無言になる優。
……とはいえ、分からないものは分からないのです。
こういう部分、優は何だか得意そうですからね。
「いや……これは俺の解釈ではあるのだが、友達ってのは偶発的に出来るのであって意図して作るものではないと思うぞ。だから、言ってしまえば企画段階でもう破綻してるって事だな」
「な、何ですと!」
「何ですとって、何だよ。お前さん……もしかして、そういう経験ないのか?」
呆れた表情と、それに伴う口調で語る優。
「そ、そ、そんなわけないではないですか! 寧ろ、経験アリアリだからこそ、こういった初対面に話し掛けようというナンパ的な手法に打って出るのです!」
ちらりと自分の過去を振り返り、十分にそんなわけがある残念な私は、強がって否定を口にしました。
対して「そうですかー」と呆れ気味な優の台詞。信用されてない感じですが、実際に嘘ですからね。聞き流しておく事にします。
さて、好きなアニメについて語る相手が欲しい。そんな欲求は昔からの悲願。それを達成するためにも私は店内、その周囲を見渡します。優は偶発的、と言いますが誠意を持って話し掛ければ意気投合するものではないでしょうか?
そんなわけで、友達に出来そうなチョロい人間はいないか――などと失礼極まりない思考をしつつ店内を歩いていました。
そんな時――。
優は突如として立ち止まって「あっ」と何かの発見を示すように呟きます。そんな彼女の声に呼応して振り向くと、ある方向を指差して「あの三人組みはどうなんだよ?」と言いました。
優が指差す先。そこに佇む三人組に、ピンと来るような要素があったわけではないのですが、そう――彼らが物色しているコーナーはドゥーニャちゃんの登場するあのアニメのグッズを扱った区画になっており、優は私と彼らの趣味が合いやすいと判断したのでしょう。
確かに逸材と言える人選――しかし。
「あの三人は確かに良さそうですが、『多対一』というシチュエーションは些か不安ですねぇ」
一人で複数の人間に対して話し掛ける事が不安なのは私だけではないはずです。優の提案は的確なのですが、そういった抵抗によって踏み出せない私。
そんな私に対して、優は嘆息してどこか――面倒くさそうに語ります。
「でも、この上ない人材だと思うけど?」
「それはそうですけど……」
「大丈夫だって、きっと上手くいくさ。駄目だって思ったら俺が助け船を出してやるから」
「助け船、ですか?」
私は復唱するするように言いました。
見ているだけと言っていたのに結局は手伝ってくれるなんて、「やっぱり優しいのだなぁ」と思いつつ私は、優が語った「大丈夫」を反芻するように呟き――決心を決めました。
悲願達成のために。
そもそもドゥーニャちゃんはキャラクターとしては人気がありながら、作品自体は随分と古いものなのです。そう考えれば今でもこうしてグッズを買おうとしている彼らは私の友人としてはこの上ない人材。
まさに同志――。
私は彼らに歩み寄り、そして意を決して話し掛けます。
「ねえ、君達――まだそのアニメが、好きなのですか?」
呼びかけに対して振り返る彼らは私を見つめ、「誰だ、この人」と疑問に思う事なく瞬間、硬直して――その表情は恐怖に満ちたかのように強張り、顎をガタガタと鳴らし始めます。
あれ、どうしてでしょうか?
初対面でいきなり怖がられるなんて……と思い、私はそこで気付きました。
――今、自分はどんな様相をしているのでしょうか?
顎鬚はきっと、高圧的に見える事でしょう。筋肉質なこの体型は、きっと高圧的に見える事でしょう。高身長による見下した視線も、きっと高圧的に見える事でしょう。
あぁ、私――そういえば、強面でしたね。
恐怖に体を震わせる彼らは「幾ら出したら許してくれますか?」だとか、「今日の所は見逃してください」などと、口々に保身の言葉を語ります。
いえ、そういうつもりではないのですが……。
私は咄嗟に優のほうを振り返ります。遠く距離を取って私の行動見つめていた優は呆れたような、蔑視でこちらを見つめています。動く気配はなく、優の語っていた「助け船」はとりあえず、間に入って取り持ってくれるだとかそういう事ではないようで……。
どうしたものでしょう?
……いえ、ここは素直に!
「私は君達と遊びたいだけなんですけど?」
「あ、遊ぶ?」
「弄ぶの勘違いなんじゃね?」
「た、頼むから見逃してくれ!」
あれ、何だか逆効果ではないですかね……余計に怖がらせてしまったような。
うーん。しかし、考えてもみれば、私の見た目がこんなでなかったとして……果たして上手くいっていたでしょうか?
職場を変えられなかった理由の一つに、私は友達を作るのが極度に苦手だ、というのも実はあったりします。ですから、どんな人間がいるか分かってる前の職場がよかったのですよね。
優はきっとガンガンと相手に話しかけていくタイプでしょうけれど、私は奥手という事はないにせよ、人間関係の形成と維持のバランスが上手くないものですから。経験不足故に、こうして直接話し掛けて「友達になろうぜ」などと持ち掛ける事に疑問を抱かなかったのです。
人と繋がるのって難しいですねぇ。
失敗、ですか。何やってるんでしょうね、私。
――と、後悔していた、その時。
私の携帯が鳴り響きます。
そう、鳴り響けば当然、流れるのはあのアニメの曲。
私と、きっと彼らの好きな――。
「その曲、もしかして?」
三人の内の一人がポツリと、私のポケットから響くその曲に対して驚いたような反応。
心を開いてくれるかも知れない。そう思ったと同時に、私は「こんな上手い具合に携帯が鳴る偶然なんてあるのだろうか?」と、もう一度振り返ります。
偶然ではなく、必然。
――これが助け船、ですか。
嘆息し、「仕方ねぇ奴だな」とでも言いたそうな表情を浮かべた優が、例のガラケーを片手に佇んでいました。
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