勇「四肢断裂状態の首ポロリン」

「それは、私のですよ」


 私はぽつりと。

 いつの間にか、そう言葉を漏らしていました。

 呟いた言葉に優しく笑みを浮かべた優は、


「そうだよ! これは――『勇』の持ち物だよ!」


 先程のぬいぐるみのように手渡すにはあまりに多すぎる私の持ち物。段ボールのまま未開封のそれを指さし、何やら不機嫌そうに優は言いました。


 いえ、確かに落ち度は私にあるでしょう。


 ついさっき、優は自分が今までこそこそと愛でていたぬいぐるみを堂々と自分の物だと自覚し、それを口にするという重要なシーンを経て――私はあろう事かそれを面白おかしくパロディとして再現してしまったのですから。


 優は歯をぐっと噛みしめて悔しそうに、そして恥ずかしそうに私を見つめています。その視線に途方ない怒気が込められているのは分かりますが、新生活の始まりにいつまでもそういうしんみりした空気もどうかなと思いまして。


「あぁ、これはもうきっと我慢出来ませんね。でも、女らしく涙を流す必要なんかないのですし、泣かなくてもいいですか。っていうか――全然、泣けませんってこんな状況。たかが、荷物を渡されたくらいで。あはは、ばっかみたいですね」

「俺、そんな事言ってねーぞ! 内心思ってただけ……っていうか、後半の意味合いが変わり過ぎだろ!」


 優は怒鳴りつけるようにそう私の所業に対して異論を唱えます。


 まぁ、他人のシリアスなシチュエーションを後で笑い話にする事ほど低俗な行いもありませんから、この辺で私のメンツが汚れきる前に引き際と致しましょう。


「まぁ、優の羞恥心も存分に炙りきりましたし、閑話休題という事で――その荷物、何が入っているのかは当然ながらご存知でしょう」

「お前、いつか仕返してやるからな」


 咎めるような視線で優は私を睨みつつそう言いました。


 しかし、そんな可愛らしい表情で睨まれても怖くない――というか、寧ろそんな表情ですら好意的に受け止められるというものです。


 私は咳払いを鳴らして尊大な態度で話題の仕切り直しとします。


「さて、この荷物には恐らく優の人生とは全くもって無縁なものが収められています。しかし、その内容を部屋で目の当たりにしたならばもう理解して頂いていると思いますが優、これは私にとっても他人にひけらかす事をはばかられるような趣向の一品でして」

「だからってお前さんがさっき、俺の感動的シーンのセリフ回しを揶揄するように引用した事に対する正当化、免罪符にはならねーぞ。……大体、こう言ってしまえばお前さんは怒るかもしれねーけど、男女関わらずそんな持ち物は他言がはばかられるってーの」


 優は吐き捨てるように言いました。


 随分と酷い事を言ってくれます。まぁ、酷い事を言われるだけの事を私がしましたし、「酷い事を言いかねない趣味」の一品がこの荷物には梱包されているのですから。


 まぁ、微塵も覆せる余地はありません。

 それでも、私の趣味をきちんとひけらかす。


 そんな意味では、優と同じく感動的なシチュエーションですよ。


「私、自分の趣味をひけらかす事によって泣いてしまうかも知れません」

「安心しろ、そんな奴はひけらかす前に俺が泣かせてやる」


 優は暴力に訴えるという意思表示のため、手の骨をバキバキと鳴らそうとしたのでしょうが――残念ながら、私のその体は鳴らないのですよねぇ。


 決めるべきタイミングで決められなかった羞恥で顔を紅潮させる優。


 何だかんだで彼女、こんな表情ばっかりな気がしますね。


「鳴かせてやるぜ、なんて素敵な誘いですねぇ。意外と攻めるのがお好きなのですかねぇ?」


 私は揶揄するような口調で言いながら、腰をくねらせました。


 えーっと、女性の体だった時にアダルトなセリフと共に繰り出す動作だったのですが、現状だと絵面はきっと最悪です。優が平常運航していたら、笑われています。


「はは、はははは。いいぜ、責めるのは好きだからな、鳴かせてやるぜ……悲鳴って意味でなぁ!」


 積まれた段ボールを掻い潜って私の方へと歩み寄ってくる優は握り拳をかざしており、もう臨戦態勢でした。きっと、私の体だったあの肉体から繰り出される打撃を受けたとして特に痛みはないと思われますが、そこは「攻撃、功を奏してますよ。痛い、痛いー」みたいな意思表示をしなくては優の怒りが報われません。


 あー、私ってば本当に紳士ですね。


 それから優にしこたま顔面を殴られ、意外……というか当然ですか。普通に痛かったものですから、途中から「痛い」って意思表示が演技の枠を突き抜けて本心になりました。


 急所って、筋力とか度外視で急所なんですねぇ。

 というわけで、閑話休題。


「さてさて、私の趣味が封印されたるこの荷物、いざ――御開帳!」


 口の中を数か所切ってしまい、口内が血の味で満たされている私はそれでも優に対してその事を咎めない器の大きさで殴られた事を水に流しました。まぁ、殴られても仕方ないくらいに彼女で遊びましたけどね。


 まぁ、いいでしょう。


 段ボールの封をしているガムテープを剥がして、内部を露わにします。

 ん?

 んん?


 そして、私は驚愕――。



「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 段ボールの内部を確認した瞬間、メタルバンド顔負けの高音シャウトを響かせた私に対して、煙たそうな表情で視線を送ってくる優。何だか視線が鋭利ですが、それはこの際どうでもいいのです。


 そして、この際に重要なのは、


「な、な、何で私の可愛いさ余って可愛さ百倍のドゥーニャちゃんが四肢断裂状態の首ポロリンになってんですか! 優、あなた鬼ですか! 鬼畜なんですか! 鬼畜米なんですか! 私が他の女の子を愛でる事に嫉妬したからって――この仕打ちはないでしょう!」


 まぁ、流石に鬼畜米ではないと思いますが、しかし。


 段ボールの中でバラバラに解体した上で梱包されていたのは、私がこよなく愛する深夜に放送されていたテレビアニメのヒロイン、ドゥーニャちゃんのフィギュア。四肢をもがれて、首も引っこ抜かれて段ボールへ無造作に放り込まれています。さらに、私はドゥーニャちゃんのフィギュアを十数種類所持しているのですが、解体可能な限りにこの優という悪女はバラバラで梱包しているのです。最早、パズルではないですか! こんなのバラバラ殺人事件も同義ですよ。こういう暴力的な思想の人間がきっと、「人を殺してみたかったんです」とか、しょーもない理由で犯罪を犯すんですよ。自分はそんな理由で殺されて納得できるのか、って話ですよね、全く。


 それにしても――。


 あぁ、これはもうきっと我慢出来ませんね。でも、女らしく涙を流す必要なんかないのですし、泣かなくてもいいのですがやはり涙が出てしまいます、こんな惨状。たかが、フィギュアをバラされたくらいで? あはは、ばっかみたいですか?


「そんなわけあるかぁー!」


 私は勢いに任せて床を思いっきり足で踏みつけます。


「お、おい、自分の口調くらいはいくらトサカにきたって維持しろよ!」


 優は今までに類を見ない私の狂乱ぶりにあからさまなドン引きの表情。しかし、私はそれどころではありません。予告した通り、奇しくも私の頬を流れ伝う涙は外気に触れて冷たくなり、悲しみを主張しています。


 これは酷い! きっと優は将来的に子供の大事な物を平気で捨ててしまう、分からず屋の心無い母親になるに違いありません。


「私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん私のドゥーニャちゃん。私のドゥーニャちゃん」

「いや、怖い、怖い、怖いから! その虚ろな目、やめてくれ!」


 ひたすらに無残な姿にされたドゥーニャちゃんのフィギュアを見つめて、名を連ねて呼ぶ私を畏怖する優。ちょっと大袈裟に病的な感じを演出してみましたが、内心では噛まずに連呼できた自分を褒めてあげたいです。


 私の対応に困った優は段ボールの中からドゥーニャちゃんのフィギュアの無残な断片、首から上を箱の中から取り出して凝視し始めました。本来ならば、同時にここへ配送されているはずのショーケースに収めて、指紋一つない綺麗な状態で保管していたものですから、触れないで欲しいのですが――まぁ、そんな事を言う気力もありません。


 優、きっと引っ越しの時にショーケースからフィギュアを出して、四肢をぶちぶちと引き抜いたのでしょう。加えて、衝撃を緩和する柔らかい何らかの梱包材も用意せずに直で箱の中に投じているなんて……普通考えれば扱いなんて分かるものでしょう!


 などと私が思っているとも知らず、優はドゥーニャちゃんの顔を見つめて一言――確信に迫った言葉を発するのです。


 まさに鋭かったと、言えるでしょう。



「あれ? このフィギュア。えーっと、そのドゥーニャちゃんだっけ。初めて見た時から思ってたんだけど――俺に、似てない?」



 そう優が私に問いかけつつ、手にしているフィギュアの頭部。


 金髪のロングヘアに、長いまつげ、綺麗な顔立ちながら中性的な強気なものを感じる表情。身に纏う服装は「可愛らしい」という表現が似合うデザインの衣服で、似たような服をきっと――優は私の部屋で何着も見た事でしょう。

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