勇「それはある意味で名言ですね」

 随分と強大な敵でしたね、と感想だけ述べておきましょうか。


 そういえばトイレにて、鏡を見て自分の姿をようやく確認する事が出来ました。見た感じだと優と同年代くらいかと思い、失礼ながら財布を探ると入っていた免許証で確認した所、奇しくも私と同い年でした。


 こんな偶然の連続も、あるものなのですねぇ。


 さて、無事に用を足した私達はホテルを出て、まずは服を購入しに行くわけです。知らない街ではないですから、買い物をするにもどこへ行けばいいのか簡単に見当がつきそうなものですが――そこは入れ替わった故の弊害と申しましょうか。


 正直、男性の服などどこで買い求めればいいのでしょうか?


 二十数年、慣れ親しんだこの街も案外、自分の必要最低限しか把握していないという事実に直面します。まぁ、確かに私は衣服に関して言えば女性の肉体を着飾る事にはうるさいですが、男性面で言えば自分の着るものにはこだわりがないですからね。


 ……そんな私とは対照的に、優は自分の行きたいお店が明確に決まっているようですから、先に彼女の衣服を優先するとします。


 そんなわけで辿り着いた一件のブティック。


 正直、私が女性の体で過ごしていた時には訪れた事のない大人びた雰囲気。店内にはビート感を重視した音楽が流れており、ウーファーの影響なのかお腹に重低音が響きます。実は低音マニア的なところのある私、こういった腹に響く重低音は嫌いではありませんが店内の雰囲気はちょっと好きになれませんね。


 私はどちらかというと可愛らしい服を女性には着ていて欲しいものですから、何だかイメージにそぐわない衣服を購入しようとする優に対して複雑な心情になってしまいます。


 しかし、そもそも女性の服を着られなかった苦しさを理解してあげられる私としては、優の趣味趣向は尊重してあげたいですよね。


 好きなものを好きだって言える事。


 当たり前ですけど、その当然が得られなかった私達ですから、目をキラキラ輝かせて希望に満ちた表情を浮かべ、そわそわする優を見ていると「あぁ、よかったなぁ」って思います。


 うーん。それにしても、疑問ですよね。


「そういえば優、あなたはどうしてこのような店を迷う事無く辿り着いた。つまりそれは、以前からこの店を知っていたという事でしょうか?」


 陳列された洋服を自分に重ねて、近くの鏡で塩梅を確認する優は首だけをこちらに向けて答えます。


「そりゃあ、学生の頃からこの店のショーウィンドウを齧りつくように見つめて『こんな服着てみてぇ』って呟いてたからな」

「傍から見れば女装癖のある学生にしか見えない気もしますけれど」

「ん! 女装癖とはなんだよ。女が女装して何が悪いんだよ!」


 優はむっとした表情で不服を述べました。


 そういう怒った表情って可愛い子がやると本当に最高なんですよねぇ。写真にとって保存して、引き延ばして天井裏に貼り付けて眠るときに見つめられたい。


 などという、妄想はさておき。


「優、それはある意味で名言ですね」

「そうか?」


 優はあまりよく分かっていないのか適当にそう返事をして、また服の物色に戻りました。


 まぁその間、私が暇になるというのは別に構わないのです。こうして優が幸福そうにしているのを見るのは存外に悪い事ではありませんので。自分を重ねてしまうというのが本音かと思われます。


 それにしてもまだ、優と出会って一日も経っていないというのに結婚を切り出すとは我ながら、決断力と行動力は評価に値しますよね。


 正直な話、私が個人的に優のあの可愛らしい外見を手放したくない、というどす黒い欲望が突き動かした結果と言えますが――それ以上に、彼女は私と悩みを分かち合える同志と言える存在です。そんな彼女と分かち合える悩みは入れ替わりによって消えたとはいえ、どうしたって傷は消えません。治癒したって、跡になるでしょう。


 ですから、そんな傷跡のある私を受け入れ、一方で傷跡のある彼女を受け入れられる私達にとって、互いの隣は適材適所――なのでしょうね。


「おい、勇。俺がこんな透け透けの網々なやつ着たらセクシーか?」

「何なんですか、衣服の意義が分からなくなるそれは」


 露出性の高い衣服を片手に私の方を振り返った優は随分と笑顔でしたが、私の趣味趣向からくる反発故か、少し引き攣った返答になってしまいましたね。


 折角、いい事を言っていた所だったというのに。


 それに、露出とかはあまり好きではなく、あくまで清楚。そう――清楚。布に肌が包まれている面積が多い方がいいですね。何だか肌をむやみやたらに見せる、というのは下世話な話「遊んでいる感」がして好きではないのです。 


 勇はこうして顎髭にこだわっていたり、案外そういったアウトロー的なファッションが好みなのでしょうか?


 ……まぁ、確かに口調も荒いですけどね。


 ただ、素材がなまじ悪くないだけに優の手にしていたあの、正直布というより紐で構成されたような服も悪くないかもしれないですね。まぁ、あんな服を取り扱っているこの店のスタイルがよく分からなくなってきましたが……。それでも、優の見た目でその露出は中々、清楚さにうるさい私としても寛容にならざるを得ない部分があります。


 それから数十分ほど店内で衣服を物色して結局――優は両手に大きな袋を抱えて店を出る事に。支払いの際に、私のポケットに入っていた財布は勇に返却しました。


 何着買ったのでしょうか……細かい着数は分かりませんが、きっとこれでも納得していない。今までの人生における諸々の不足分は補えていない、と私は確信したので「沢山買ったのですね」などとは言いませんでした。


 そう、決して――多くないのです。


 二十数年生きた女性が、これまでに買った女物の衣服の総着数としては。


 店を出てすぐ、優はその袋の重さでよろけてしまい、私はその瞬間に「不覚だった」と思いすぐに彼女へ「荷物持ち」を申し出ました。きっと彼女は男性時の筋力のつもりで袋を抱えたのでしょう。


 加えて、店員さんも袋を手渡す時に優に「大丈夫ですか? 持てますか?」と問いかけていました。


 あれはきっと、遠まわしに「彼氏、持ってやれよ」的な事を言っていたのでしょう。ですから遅ればせながら私、優の荷物を持ってあげる事を申し出た時、内心で「これはかなり紳士的な対応。優に感謝されてしまう!」と胸を高鳴らせましたが、優はただ私の申し出に対して冷たく「もっと早く言えよ」と言いました。


 何と心無い言葉でしょうか。


 私はちょっとカチンときたものですから、その場に優を置き去りにして歩きはじめて「何をしているのです、早く次、行きますよ」と言いました。無論、次の行き先となる私の衣服をどこで買うかなど把握していないのですが、折角――必死に両手で大きな袋を抱える優が苦悶の表情を浮かべているのですから。


 ちょっとサディスティックな気分で彼女を見つめる事にしましょう。

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