夏の恋は魔法とともに

高瀬拓実

第1話 夏に降ってきた……お姫様?

 喧騒は今に始まったことではない。担任教諭が教室を去ったときからずっと続いている。みんなそれぞれ好きなことを話してはいるが、その内容の多くは準備だりーとか、めんどくせーなーとか、不平不満だ。

 俺たちは、いよいよ明日に迫った納涼祭の準備のため、グラウンドに向かっている最中だった。

 混雑する下駄箱付近には短い列ができる。しばし待ち、自分のロッカーまでたどり着くと靴を履き替える。そして校庭へ。

「まぶし……」

 俺は目を細め、反射的にそう呟いた。七月も終わりを告げる頃。季節は着実に秋へと向かっているが、まだまだ夏は終わらない。これからが夏本番とでも言いたげに、真夏の太陽は激しく自己主張している。

「何で俺たち二年はグラウンド集合なんだよ……。体育館でいいじゃねーかよ。な、星吾」

 うしろから声をかけられる。しかし、俺は振り向かない。靴紐を結び直していると、淳平が左隣にやって来た。そして同じように靴紐を結び直し始める。

「全くだ」

 俺は靴に視線を落としたまま答えた。

「体育館は一年生たちが使っているからねー。去年私たちもそうだったでしょ?」

 立ち上がると同時に、うしろから応えがあった。振り向くと、髪を一つにまとめようとゴムを口にくわえている絵梨の姿があった。慣れた手つきで結わえると、うしろを振り返って「綾音ちゃーん」と手を振る。絵梨の声を受け、遅れてやって来た綾音は、苦笑を浮かべてごめんごめんと駆け足気味。ショートカットの髪が小気味よく揺れる。

「あれ、聡太は?」

 綾音は俺たちを見て聡太がいないことに気づいた。

「さあ。もうグラウンドにいるんじゃね?」

 俺は生徒の群れが一つの塊と成しているグラウンドを見やって言った。

「じゃあ、行こっか」

 絵梨は言うなりグラウンドに向かって階段を降り始めた。俺たちもあとに続く。

 俺たちは普段、この五人で高校生活を送っている。高身長、そして認めたくはないが顔のいい淳平。誰しもがそう思うであろう清純派の絵梨。活発で男勝りな印象の強い綾音。最後に、典型的なエリート野郎の聡太。全員一年のときから同じクラスで、そのこともあって仲はかなりいいと思う。もちろん、他にも仲のいい友人はいるが、大抵居心地のいい場所に自然と行くもんだろ? 俺にとってのそれがここなんだ。

 二年へと進級してからおよそ四か月。一学期も終えて、夏休み真っ只中のときにこの学校は特別行事を行う。

 納涼祭だ。

 夏の思い出作りといういかにも青春チックな企画だなと、去年この学校に入学して思ったことは記憶に古くない。納涼祭なんて地域が行うものだと思っていたが、どうやら地域にとどまらず、この学校は積極的に行っているらしい。それは言い換えれば、準備とか諸々含めて生徒は絶対参加だということを意味している。

 乗り気じゃない生徒もいるだろうに……。と、この行事の仕組みに異論を唱えるとはいかないまでもそういう生徒たちのことを考えて、懸念する。そんな俺はというと、まあ納涼祭は楽しみだけど、準備は人並み程度に面倒くさいと思っている。そんな考え、小学生だって思われるのはわかっているから苦言を呈することはないけどさ。

 ざわつく生徒の群れの中から聡太を探す。あいつは中途半端なやつだ。というのも、名前のように聡明な、所謂ガリ勉くんなのは確かだが、太くたくましいというわけではない。完全に名前通りのやつってわけじゃないから中途半端なやつなんだ。それに背も低いし。

 それ故に人混みの中から聡太を見つけるのは難しいように思われた。しかし、向こうの方から気づいたらしく、彼のチャームポイントであるシャープな作りのメガネを光に反射させてやって来た。知的な印象を与えるそれは、元々彼の持つ怜悧さを無駄に引き出している。十分さかしく見えるんだからもう少し洒落っ気を与えてもいいと思うんだが……。

 聡太はそんな俺の胸中を察するはずもなく、やあと朗らかに言った。

「早いな、聡太」

 聡太とは何かと対照的な淳平が答えた。

「いやあ、人混みに流されちゃって……」

 聡太は肩を竦めて言った。

「いよいよ明日かー」絵梨が嬉々として言う。「楽しみだねえ」

「それはそうなんだけど、今日って何かすることあんの? ほとんど終わってそうだけど」

 綾音が辺りを見回しながら言った。

 俺たちも同様に校庭を見渡す。確かに、グラウンドの外周に沿って設置された屋台はそのほとんどが完成形に見える。

「僕が知ってる限りじゃあ舞台とやぐらの設置と、チラシを貼るくらいだけど」

 聡太はずれかけていたメガネを直しながら言った。

「だったらこんなに人いらねーだろ」

 俺は両手を後頭部に回して言った。

 聡太はそうだねと苦笑い。

 それから少ししてのこと。拡声器に電源が入った音が聞こえ、先生の野太い声が響いた。

「よし、全員集まったかー。えー、これからクラスごとに分かれて作業をしてもらう。そしてその作業なんだが……」先生はそこで一度口を閉じた。それから妙な間があった。俺には何か言い淀んでいるように見えた。そして先生はどこか覚悟を決めたように短く息を吐き、続けた。「屋台の看板が壊れてしまったから、その修理もやってもらいたい」

 言い終わるや否や、辺りから低く沈んだ声が上がる。

 なぜ先生が言葉に詰まったのかはっきりした。俺たち生徒の反応を見越してのあの瞬間的な躊躇いだったんだろうけど、それがわかっていても先生は眉を八の字に曲げ、困惑の表情を浮かべた。しかし、生徒のブーイングに負けじと声を張り上げて続ける。

「あーはいはい! そういうことだから、みんな、文句言わずに仕事するように! ではこれから、クラス別に作業内容を言っていく。まずは――」

 先生はやっと役目が終わったとため息をついた。辺りの生徒たちは、いまだ悪態をついている者もいるが、ほとんどが平静を取り戻しつつある。

「C組は看板補修か」

 淳平が抑揚のない声で言った。俺たちC組は看板の修理に割り当てられた。

「まさか前日に壊れるなんてね」

 綾音が言う。

「もしかして、先生の仕業だったりして」と絵梨。

「どうして?」

 俺と聡太が同時に訊ねた。

「実はもう作業はほとんど終わってて、二年生全員を集める必要がなかったからあえて壊した、とか」

「ないだろ、それは」淳平が口の端をくいっと上げて言った。「仮にも生徒を正しい道へ導く教師様だぜ? そんな国家公務のお人が人を騙すわけないじゃん」

「嫌味ね」と鋭い突っ込みを入れる綾音。

「ほんと」と絵梨が同意する。

「まあこうしてても仕方ないし、とっとと始めようよ」

 四人、聡太の言葉に頷く。いざ、作業に取りかかろうとしたとき――。

 

 降ってきた。

 

「何、あれ?」

 女子生徒のそういう言葉が耳朶に触れた。俺は声のする方を振り向く。その女子生徒は、空のある一点を指差していた。指先を辿って空に視線を移してみると――。

 ビー玉ほどの白い光があった。もちろん太陽ではない。星かとも思ったけどそうじゃない。こんな昼下がりに星が強い光りを放っているはずがない。

 では一体……。

 と、見上げている間に光が徐々に大きさを増していっていることに気づいた。俺と同じく、それに気づいた生徒たちは色めき立っていた。

 周りの様子が変わったことで怪訝に思ったのか、淳平が声をかけてきた。

「何か騒がしくないか? っておい、何見てんだよ、星吾」

 俺は答えない。そうしてても、淳平は空を振り仰ぐからだ。

「何あれ。星?」

「いや、違うな……」とだけ俺は答えた。

「じゃあ何なんだよ」

 俺と淳平の行動に、他の三人も訝しく思ったようだ。

「二人して何見てんのよ」

「ねえ、綾音ちゃん! 見て、あれ!」

 絵梨の言葉に、綾音と聡太も空を見上げた。

「わお……アンビリーバボォ」

「ってあれ、隕石じゃないの!?」

 綾音が上ずった声を上げた。

 やがて教諭たちも生徒の異変に気づき始めた。

「皆ここから離れて!! 早く!」

 教諭たちの緊迫した声が聞こえてくる。

 辺りはパニックと化し、みんな我先にとその場から離れていく。しかし、白い光を纏った隕石と思しき物体は一呼吸もするうちに急迫してきていた。故に、時間はあまりにも少なすぎた。

 生徒、教諭、全員が逃げ始めたのとほぼ同時に、それは教諭たちのすぐ近くに落ちてきた。

 それを中心として、周囲に被害が及ぶものと思われた。だが――。

 隕石は地面に激突し衝撃音を放ったが、真上に砂塵を巻き上げるだけだった。

 俺たちは面食らった。隕石があんな速度で落ちてきたら周囲何キロかは半円形に穿たれるはずだろう。なのに、俺たちはこうして生きている。

 誰も口を開かなかった。いや、開けなかったんだと思う。あまりにも非日常的な出来事すぎて、頭の整理が追いつかないんだ。少なくとも、俺はそうだった。砂塵はいまだ濃く、その先を閉ざしたまま。衝突の音は大きかったが、きっと隕石自体はものすごく軽いはずだ。……って、それなら大気中で燃え尽きるんじゃないのか?

 隕石について一人で分析していると、男性教諭の一人が、「おい……きみ……」と誰かに話しかける声が耳に入った。一体誰に言っているのだろう。男性教諭を見やる――彼はゆっくりと薄れつつある砂煙の一点を見つめていた。

 何を見て「きみ」と言ったのだろうか。俺はそう疑念に思ったんだが、その謎はすぐに解けた。

 静寂が落ちる空間のなかで、ごほごほと盛大に咳き込む声が場の空気を変えた。そして――

「いったいわねぇ……全く。ああ、もう。服がドロドロじゃない……」

 そう言って砂埃から姿を現したのは――


 お姫様だった……?

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