呼ばれ、呼ばれ、呼ばれ2

 僕の後ろには、柳子ちゃん、赤絵、愛音ちゃんが居る。

 後退は許されない。

 ……僕の実力など、たかが知れている。

 だから、今まで培ってきたものを総動員しろ。

 白波いつのおまえが視たもの、聴いたもの。

 全てを出し切れ。

 敵を見ろ。視ろ。観ろ。

 どんな挙動も見逃すな。

 深呼吸をひとつ。

 ――行くぞ。

 ガーゴイル、グリフォン、キマイラ。

 こちらの殺気に気付いたのか――三体が一斉に飛び掛かってくる。

 後ろに飛びのく――ことはできない。

 魔物と、柳子ちゃんたちとの距離を、近付けるとこはできない。

 ならば。

 あらかじめ服用していた狂騒薬の効力と、先輩直伝の槍術――一本杉。それで迎え討つ。

 一本杉は、言ってしまえば、強力な薙ぎ払い。

 三体の魔物を、ギリギリまで引き付ける。

 距離8メートル。5メートル。3メートル。まだだ。

 既にキマイラの口腔から放たれた、氷柱がこちらに達している。

 横腹に激痛と氷点下が同時にやってくる。なのに、傷口は熱いという矛盾。継いで血が滴るのを感じた。

 それらの痛みを、奥歯を噛んで堪え、平静を保つ。さぁ――

 1メートル――今。

「ウェアァァァァァァァァァァ!!」

 怒号一閃。

 腰を捻り、旋回するとともに、腕に宿した、縮地の力を、全て槍に込めた。

 槍のリーチを活かし、フルスイングを三体にまとめて叩き込む。

 確かな手応え。

 悲痛な声をあげ、三体の魔物は、塵となって消える。

「ほう。一体ずつ処理すると思っていたが、そうきたか。なら、これならどうかな」

 田中さんは――

 ここで、5体の魔物を、差し向けてきた。

「この数――果たして君の槍一本で、どうにかできるかな?」

 その通りだ。

 おまけにこちらは手負い。息も絶え絶え。

 さっきから、横腹が痛くて熱くてしょうがない。 

 少し動いただけでも、激痛が奔るが、今はそんなことを気にしてられない。

 ここを凌げなければ、僕たちは終わる。

「君が倒れれば、全て終わる」

 田中さんの言葉はナイフのようだった。僕の心を容赦なく抉ってくる。

 しかし、この槍ひとつで、この難局を乗り切るなんて、不可能だ。

 そう、だから――

 何か、何か手はないか。

 この魔物群れを、容易く払うことができる、絶対的な何か。

 ……分かってる。

 そんなもの、都合良くあるはずがない。


 ――ある。


 勝率0。打開策も無し。まず間違いなく、ひとかけらの矛盾もなく、死ぬ。

 あとは彼女らが、目覚めるまで、時間を稼ぐしか手はない。その時には、僕は死んでいるだろうが、彼女らさえ生きていればいい。残された勝利の道は、それだけだ。


 ――違う。


 だというのに、心の内――深いところに根付いた自分が、そんなはずはない、と僕に訴える。


 ――槍一本ではどうにもならない。


 想起される、先輩との稽古。

 そう、たとえば、自由ヶ丘御子のような、圧倒的な剣術――そして、変幻自在の二槍流。

 見る者を圧倒し、魅了する、流麗な二本の槍捌き。

 あれが出来れば――

 

 ――ならばなら?


「――――」


「ぼーっとしてる場合かい?」

 田中さんの声がしたと思ったら、岩石をがぶつかったような衝撃とともに、宙を舞っていた。

 それがメデューサの体当たりと気付いたのは、地面に叩きつけられたあとだった。

 いや、今は

 起き上がる。

 周りを見ると、横には倒れてる愛音ちゃんが居た。

 僕は、彼女の傍まで、吹っ飛ばされたのか。

 それはそれで都合がいい。

「いつ……の……」

 まだ辛そうではあったが、彼女は意識を取り戻していた。愛音ちゃんの黒龍も意識があるらしく、低い唸り声をあげている。

 ドワーフも龍も、身体は頑丈だ。それが幸いしたのだろう。

「愛音ちゃん、これ、借りるよ」

 愛音ちゃんの傍らに落ちていた、長大な槍。これは、彼女が使っている槍だ。

 その槍を掴む。

「無理よ……その槍は龍駆りにしか……」

 愛音ちゃんの槍は、見た目に反し、だいぶ軽かった。

 軽く素振りして、感触を確かめる。……大丈夫だ。これなら、問題無く使える。

「嘘……なんで……なんでアンタが、それを使えるの……?」

 驚愕している、愛音ちゃんの声が聞こえた、その瞬間。

 ――まただ。

 景色ががらりと変わる。

 それは湖か、はたまた川か。

 とにかく水面を跨ぐ、橋の上に、その二人はいた。

 黄昏時。

 水平線を彩る、朱色と、沈んでいく三日月型の太陽。

「いつの、その席に座るのが、おまえなら光栄さ」

 その女は、水平線を見つめながら、背後の男に語り掛ける。

「僕には……無理さ。あんたの代わりなんて……」

「何を言ってんるんだい。剣はともかく、槍の腕なら、おまえのほうが上だろうに」

 あぁ――

 いつか、こんなことがあった気がする。

 とても懐かしい想いがある。

 郷愁にも似た、僕の原初に関わる思い出。

 この光景は、それに近しくて、遠いもの。

「だからね、いつの。挫けそうなときは、思い出して」

 その女を、僕は、見たことがあった。

 そう――先輩と稽古したときに見た、二槍を持った、フラッシュバックの中の女――

「私とあなたで、造り上げた、一対の流動」

 彼女が振り返る。

 その顔を、初めて視認した。

「君がやるんだ。君だけがやるんだ。君にしかできないんだ」

 そこは槍と剣と死体で埋もれた、希望の橋。

 かつての白波いつの誰かが願った、夢の終わり。

「また――龍に乗って、どこまでも行きたいね」

 

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