呼ばれ、呼ばれ、呼ばれ3

 ……視界が戻る。

 今のはなんだったのか……自問するまでもない。あれは僕の記憶だ。だとすると、あの女は――

 と、のんびりしてはいられない。

 不思議と、思考は冴えている。

 二秒後に、メデューサの触手が伸びてくる。

 メデューサは大きな目玉を、石でできた、無数の蛇の触手で覆っている魔物だ。

 厄介なのは、触手と、その触手で、身体を覆った体当たり。

 伸びてくる触手は、全部で10、20……分からん。とにかくいっぱい。

 未熟な僕の運動性では避け切れない。

 ならば――この二槍で払うのみ。

「なんで……なんでアンタが……」

 愛音ちゃんが何か驚いてるようだが、気にしてる暇はない。

 襲ってくる石の触手。そのことごとくを薙ぎ払い、切り払う。

「その槍は龍駆りにしか……」

 左足に痛み。

 さばき切れなかった、触手の一本が、左足を掠める。

 やはりまだ足りない。

 二槍を持った時に感じた、欠けた何か。

 いつかの稽古で――それがなんなのか。戦っていれば分かる、と先輩は言った。

 ……なら戦おう。

 僕にやれるのか? やれるとも。

 再び前に行き、槍を握りしめる。

 今度はグリフォン、キマイラ、エムプサ、サテュロス、メドゥーサの5体が一気に来る。

 勝ち筋は、もう見えている。

 向かってくる、メデューサに、槍を投擲する。

 通常メデューサの瞳は幾重もの触手で覆われいるが、先程、僕が攻撃を払った時に、いくつか触手を切断している。ゆえに覆いきれない、隙間を狙う。

 刃物ひとつ分、開いた隙間――僕の投げた槍は、そこを貫いた。

 弱点である、目玉を貫かれた、メデューサは絶命する。

 残り四体。

 周囲にエムプサの吐息が漂い始める。

 甘く蠱惑的な匂いのソレを受けた者は、エムプサに骨抜きになり、一切行動できなくなる。

 その吐息が場を支配する中、グリフォンが炎を吐き出し、キマイラが氷柱を吐き出し、サテュロスが雷を吐き出す。

 これらを受けたら、どれほどのダメージを被るか――言われなくても分かってる。

 地を蹴って、前に走り出す。

 エムプサの吐息と、炎、氷、雷が眼前に迫る。

 それらが僕に触れる瞬間、全力で愛音ちゃんの槍を地面に突き刺し、その勢いで、半ばぶら下がるようにして、柄に体重をかける。

 すると、柄は、僕は反動に乗って、大きく跳躍した。棒高跳びならぬ、槍高跳びである。

 魔物の攻撃は、1秒前に僕が居た場所を通過する。

 宙に舞いつつも、懐に忍ばせておいた、10本のナイフを取り出し、ばら撒くように、眼下の魔物たちに投擲する。

 虚を突かれた魔物たちは、あえなくこのナイフを受けることとなる。

 数本が魔物たちに刺さったのを横目に、着地。先程メデューサを蹴散らした、槍がちょうど目の前に落ちているので、拾い上げ、再び魔物へと突貫する。

 魔物たちはこちらに振り返り――否、振り返ろうとした。

 だが奴らは動けない。

 なぜなら、先程投げたナイフには即効性の毒が仕込んである。効果は麻痺だ。

 上位の魔物といえど、それを数本も浴びれば、しかも体内に直接くらえば、効果は期待以上のものとなる。

 あとは簡単だ。

 走り、その怒涛の勢いを以て、キマイラを突く。

 一突き、二突き、三突き。絶命。

 キマイラの消滅を確認、三度走る。

 愛音ちゃんの槍を回収しつつ、グリフォンへと攻撃を開始。

 愛音ちゃんの長大な槍を振りかぶり、力任せに叩きつける。槍越しに、バキボキっと、グリフォンの骨が折れた感触が伝わる。続けざまにもう片方の槍で、顔面から身体を貫く。生死は確認するまでもない。

 そして、最後の標的はエムプサ。やつは早くも、麻痺が解けかかっていた。状態異常に対して、抵抗力があるのだろう。誤算ではあったが、修正などいくらでもできる。

 再び迫るエムプサの吐息。その中を走り抜ける。

 やつは笑った。僕が吐息をもろに浴びたからだろう。だが、

「僕を誘惑できるのは、柳子ちゃんと赤絵と、あと愛音ちゃんも結構好き」

 誘惑効果を気合で吹き飛ばす。

 エムプサに肉薄し、槍を二本同時に胴体に突き刺したまま、持ち上げ、地面に叩きつける。

 頭から地面に叩きつけられたエムプサは、見るも無残な姿になっていた。頭が潰れたトマトみたいに……いや、やめとこう。これはちょっと、描写するのも憚られる。グロい。

 とにかく――田中さんが差し向けた、5体は突破できた。

 正直、ここまでうまくいくとは思わなかった。頭の中で、勝ち筋を組み立てて、実践したら、身体が思い通りに動いてくれた。

 残りの魔物は8体。

 体力まだ、あるにはある。

 だが――休む間もなく、連戦となると、どうなるか。加えて、この8体の魔物を倒せたとしても、そのあとには、ダークエルフと田中さんが控えている。

「二槍流か。素晴らしい。かつての君を見ているような気分だったよ」 

 田中さんが、嫌みの無い、純粋な賛辞を送ってくる。

「かつてって……僕が二槍流を、使うようになったのは最近ですけど」

「フッ。そうか」

 どこか、含みのある笑いかただった。

「さぁ――次の相手は、残っている魔物全てだ」

 言葉と同時に、8体の魔物が動き出す。

「中々奮闘したが、それもここまでだろう。君一人でどうにかできる数ではない」

「……」

 悔しいが、田中さんの言葉に間違いはない。

 だから、時間を稼ぐんだ。彼女らが目を覚ますまで。

「そう、君一人ではね」

 その時――

 突然、僕の目の前に、立ちはだかる者がいた。

「おまえ……」

 目を疑った。

 田中さんの言葉と同時に――

 なんの前触れもなく、なんの兆候もなく、僕の目の前に、唐突に立ちはだかるソレ。

 田中さんでもなければ、あのダークエルフでもない。

 こちらに背を向けて、肩越しに僕を見る、ソレ。

 黒い身体に、大きな翼。

 龍。

 あの愛音ちゃんの黒龍が――僕の目の前にいた。

「……ちょっと風音……どういうつもり? そいつは龍駆りじゃ……」

 言葉の途中で、何かに気付いたように、愛音ちゃんは瞠目した。

「――――」

 その風音と呼ばれた黒龍の目が、僕に訴える。

 ――乗れ、と。

 乗る、乗らない、ではなく、おまえは乗るしかない。

 そんな、ある種脅迫めいた、だが力強い目だった。

 龍に乗れるのは、龍駆りだけだ。

 君がご存知の通り、僕は龍駆りじゃない。

 ただのしがない侍だ。

 そのはずなんだ。

 なのだが――

 なぜか、そんな理屈も道理も吹っ飛ばして。

 躊躇も迷いもなく、身体が勝手に動いていた。

 まるで、そうあることが、ごく自然のことであるように。

 背中に飛び乗る。

 鞍はあるが、どうあっても馬とは違うので、手綱も鐙もない。

 そんなものは必要ない。龍に乗るとはそういうことだ。なぜなら――

 全ては龍がやってくれる。

「アンタは――龍駆り……なの……?」

 分からない。

 でも、こうでもしなければ、この難局を乗り越えることはできない。

 だから僕は、龍に乗る。 

 

  

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