呼ばれ、呼ばれ、呼ばれ1
「これは少々厄介ですねえ……フヒッ」
迫りくる魔物を目の前に、赤絵たちはぼやく。
「面倒なだけです。脅威ではありません」
「まぁ、この程度なら問題ないでしょ」
柳子ちゃんも愛音ちゃんも、余裕綽々といった様子である。あれ、焦ってんのって僕だけ?
よくよく考えてみれば、それもそうか、と得心する。
確かに多勢に無勢ではあるが、こちらには、魔女、龍、龍駆りが居るのだ。相手の魔物が上位種の群れといえど、こちらの戦力は、それらを遥かに凌ぐ。連携を乱さなければ、無難に決着するはずだ。
「フヒヒ……赤絵はちょっと詠唱に入りますから……カバーお願いします」
「嫌よ。めんどくさい」
連携ぇ! 連携したい! 連携したくない!?
僕の叫びを尻目に、愛音ちゃんは、龍に跨り、単独、敵陣に突っ込んでいった。すげえ。敵が漫画みたいに吹っ飛んでる。
「しょうがない。赤絵は僕と、柳子ちゃんで守ろうか」
詠唱中は無防備になるから、誰かが守ってやらねばならない。
と、柳子ちゃんが、
「龍化しますので、少し離れてください」
そう僕に告げるや、柳子ちゃんの身体がぼんやりと光り始める。
次の瞬間、その光が弾けたと思ったら、彼女は龍へと変貌していた。
「おぉ……マジで龍なんですねえ……柳子さん……」
龍化を目の当たりにした赤絵は、目を見開いていた。感情の起伏が乏しい、赤絵でも、これには素直に驚嘆している様子。
「赤絵さんは、わたしといつのさんが守りますので、どうぞご安心を」
「こいつ……直接脳内に……!」
赤絵の言う通り、龍化状態の柳子ちゃんは、話す際、喋るというよりかは、柳子ちゃん自身から、声が響いていくる感じである。よく見ると、口も動いてないしね。
「龍に守られるなんて何年ぶりでしょうか……フヒッ」
どこか嬉し気に言って、赤絵は、目を閉じ、詠唱を開始した。足元に幾何学模様の魔術の円陣――通称『魔術陣』が、赤絵を中心に、じわじわと描画され始める。あの陣が描破されると、魔術が発動できる状態になる。
それは強力な魔術であればあるほど、描画時間は長くなる。あのゆっくりした描画速度から察するに、何か、強力な魔術を使うつもりだろう。
時間はかかりそうだが、こちらには柳子ちゃんという、破格の守りがある。そんじょそこらの魔物では、彼女にかすり傷ひとつつけられまい。
「正面から多数来ます。下がって」
「了解! って、え?」
下がれって言われても、あの、僕も一応、守りを任されてるんですけど。
だが一瞬後、柳子ちゃんの台詞の意図を理解する。
目の前に広がる、青い炎の奔流。それが扇状に広がり、迫りくる魔物どもを、瞬く間に焼き尽くしていく。
その青い炎は、龍化した、柳子ちゃんの口腔から放たれたものだ。
驚きはあった。だって、いきなり口から炎がブワーなんだもの。
ただ、それ以上に、単純に――
綺麗というか、神秘的というか……冬の星空のような、そんな煌々とした炎だった。
少なくとも、僕が見惚れてしまうほどには。
気が付けば、あれだけの数の魔物の群れが、半壊状態になっていた。早くない?
というのも、愛音ちゃんは縦横無尽に暴れ回り、あの長大な槍で、複数の魔物を纏めて、倒していき。
柳子ちゃんは、青い炎で、魔物を大群ごと焼き払う。
そして――
「フヒッ……描破完了……ぶっ放すので……皆さんこちらへ……!」
赤絵の言葉に従い、皆が彼女のもとに集う。瞬間、
「古い灰の流星雨――!」
赤絵の言葉をスイッチに、魔術が発動する。
灰魔術師のみが使える上位魔術、古い灰の流星雨。
始めに目にしたのは、粒子のようなソレだった。
さらりと舞うソレは、灰色――灰だ。
その灰が幾重にも数を増やし、拡散し、僕らの周りで渦巻き始める。僕らが立つ、この位置は、台風の目のようだった。
次に無数の灰が、驚異的な勢いで、上空へと飛翔する。そして、勢いもそのままに、一房の纏まって、それがいくつも敵目掛けて降り注ぐ。
まるで灰色の豪雨。
これを浴びた敵は、ひとたび灰塵と化し、生物として終わる。
僕の目の前で、今まさに、そんな光景が繰り広げられていた。
魔物に苦しむいとまも与えず、次々に灰となっていく。恐ろしいのは、その灰となった魔物が、古い灰の流星雨の一部となり、また別の魔物を襲う――そうやって、死の連鎖を引き起こしていくところだ。あれだけの魔物の群れが、瞬く間に半壊した。
残り20――いや、15体か。
赤絵が味方であってよかった、と心から思った瞬間だった。
……もしかして、このパーティ、僕いらないんじゃなかろうか。
「ふむ。予想はしてたが、これでは余りにも意味が無いな」
だが――この事態を静観していた、田中さんは、いつも通りの落ち着いた様子だった。
しょうがない、と彼は肩を竦める。
この事態は、田中さんにとっては、至極当然の成り行きのようだ。
「君に任せる。さっきも言ったが、彼を攻撃しては駄目だよ」
彼……? 僕のことか?
攻撃してはいけないって、何を言ってるんだ? 何を考えている?
田中さんの言葉に反応して――先程から、田中さんの傍で控えていた、大きなシルエットが動き出す。
あれは、まずい。
明らかにまずい。
詳細は分からないが、何か、とてつもないものであることは、はっきり判る。
周りにいる、魔物とは、比べ物にならないくらいの、圧倒的な力量を、肌で感じる。
息をしただけで、人さえ殺せそうな、そんな、絶望感。アレと対峙した者は、まず間違いなく死ぬと、本能が告げてくる。
僕では敵うべくもない。だが――
僕らなら、或いは。
二階席にいた、大きなシルエットが跳躍、ホールえと降りてくる。
月明りで明らかになる、そいつの全容。
まず目についたのは、オールバックの白髪だった。
獣のような眼光、尖った耳、浅黒い肌。
男にも見えるが、女に見える、中世的な相貌。
魔人かと思ったが、そうじゃない――アレはダークエルフだ。
ならば、意志の疎通はできるはずだ。だが、どう見ても、こちらの言葉に応じてくれる雰囲気ではない。
だったら、やることはひとつ。
「僕らは、あいつを全力で阻む。だから赤絵――とびっきりのを頼む」
頼りっきりで申し訳ないが、ここは我がパーティ最大のダメージソースである、赤絵の灰魔術に任せるしかない。
こいつの魔術なら、勝機を見出せる。
「……悔しいですけど、そうするしかなさそうですね」
「不本意だけどね。めっちゃ不本意だけどね……って何このドラゴン!?」
愛音ちゃん、横の龍に今更気付いたらしく、なんか騒いでいた。
柳子ちゃんと愛音ちゃんも、あのダークエルフが、只者ではないことを感じとったのか、どうすべきかの答えは、僕と一緒のようだった。
僕ら三人は互いに頷き合い、赤絵の前に出る、構える。僕の隣には龍駆りと、龍が居る。これ以上ない壁役だ。これを突破しなければ、赤絵に到達することは不可能。
しかし、
「赤絵……?」
赤絵の反応が無い。
振り返る。
あんな彼女の表情を、僕は初めて見た。
「そんな……どうして……」
うわ言のようだった。赤絵は呆然としていて、こちらを見ていない。
彼女の視線の先。
そこには、あのダークエルフが居た。
「逃げて!!」
それは本当に、赤絵から発せられた、声だったのか――そう思ってしまうほどの、悲鳴。
あまりに咄嗟の出来事で、頭が空転する。
その合間に、僕の横を、突風が吹き抜ける。
「がっ……」
何が起こったのか分からなかった。
気付いたら、赤絵が後方の壁に叩きつけられていて――
「い……つのさ……逃げ……」
その呻きを最後に、赤絵が地に身体を伏せ、動かなくなる。
そして、僕らの後ろに、泰然と佇む、ダークエルフ。
なんだこれは。
何が起こっているんだ。
なんで、どうして、赤絵が倒れている? 意味が分からない。誰か説明してくれ。
「……よくも赤絵さんを!」
次に動いたのは、柳子ちゃんだった。一瞬後に愛音ちゃんもそれに続く。
柳子はその鋭い爪を、龍に乗った愛音ちゃんはその長大な槍を、ダークエルフへと、振り下ろした。
ダークエルフは、その場を動かない。
それどころか、
「なん……!?」
漫画でも見ているような光景だった。
驚きの声は、柳子ちゃんたちのもの。
僕も、恐らく愛音ちゃんも、内心は柳子ちゃんと同意のはず。
「……」
物言わぬ、そのダークエルフは、柳子ちゃんの爪と、愛音ちゃんの槍を、それぞれ片手で受け止めていた。
特に驚くべきは、言うもでもないかもしれないが、今の柳子ちゃんは、龍化している。龍そのものだ。
龍の膂力から発せられる、圧倒的怪力を、身じろぎひとつせず、微動だにせず、こいつは片手で受けたのだ。
更にそいつは、振り下ろされた腕を掴み、そのまま柳子ちゃんを振りかぶった。
振り子のような動きで、柳子ちゃんは、力任せに、床へと叩きつけられる。
「がはっ……!」
地面が揺れた。
コンクリート製の床に、クレーターが出来るほどの衝撃。
龍化しているのが幸いだった。あんなものを人の身で受けたら、どうなるか――
それでも、甚大なダメージであることには、変わりない。それを示すかのように、柳子ちゃんはそこで、人の姿に戻ってしまう。
「あぐ……うぅ……」
苦痛にもがいていたが、柳子ちゃんの意識は、確かにあった。
「いつの! ぼーっとすんな!」
その声で、空っぽになっていた頭に、意識が宿る。
突然、愛音ちゃんからの叱責。
だが、一瞬でも、意識をこちらに向けたことが、仇になった。
「あ……れ?」
片手で彼女の槍を掴みながら、もう一方の拳で、こめかみに一撃。
愛音ちゃんは、龍から崩れ落ち、昏倒する。
同時に、龍もその場に倒れこんだ。
主人と同じく、愛音ちゃんの龍も、あのダークエルフの攻撃をもらっていたのだ――なんらかの攻撃を。
それを考えるのは、あとだ。
ほんの数秒ほどで、戦況は暗転し、柳子ちゃんも、赤絵も、愛音ちゃんも戦闘不能に陥った。
残るは僕一人。
相手は15体の魔物に、ダークエルフ、そして田中さん。
どうする――
この地獄の淵を、どう切り抜ける?
僕一人で、どうにもならないのは、火を見るより明らか。
それでも、どうにかしなければならない。
でも、どうにもならない。
どうにもできない。
それだけの力が、僕にはない。
「いつのくん」
ふと、田中さんの声。
「君は諦めてはならない」
「なに……?」
この人は突然――何を。
「君が死ねば、ここにいる全員も死ぬことになる」
「っ……!」
「誰も彼も、私が殺す。自分の娘さえも。今それを止められるのは、この世において、君しかいない」
言って、田中さんは沈黙した。
彼の言葉噛み締める。
そうだ。
僕は戦わなければならない。
正直、これといった、覚悟や信念も、僕にはないけれど――
ここで仲間を見捨て、おめおめと逃げ帰るほど、薄情なつもりもない。
柳子ちゃん、赤絵、愛音ちゃんが死ぬなんてことは、容認できない。できるはずがない。
だから、絶望しても、諦めはしない。
心に、闘志が灯り、僕は槍を構え直す。
すると、
「なぜ」
次に口を開いたのは、誰だったか。
初めて聞く声だ。
「なぜ逃げない」
それは、あのダークエルフの声だった。
「戦えば、おまえは死ぬ。戦っても無駄」
僕の目の前に立ちはだかる、威容。
「なぜだ」
何か、意図のある質問なのか――それは分からない。
気圧されつつも、僕はありのままに答えた。
「……死ぬより嫌な思いをするからだ」
彼女から、ふっ、という笑い声が漏れた。
嘲笑ではなく、こちらがこう答えるのを、知っていたかのような、呆れつつも、どこか柔らかさのある笑み。
「変わらないな、おまえは」
「え?」
今、なんて――?
「凌いでみせろ」
無機質に、そう告げて。
彼女は僕に背を向けた。
「待っ――」
待て、と引き留めようとしたが、それは叶わなかった。
彼女と入れ替わるように、魔物たちが前に出てくる。
「ご苦労だったね――これで予定通りに、ことを進められる」
ダークエルフを労い、田中さんは言う。
「まずは三体」
田中さんの言葉通り、三体の魔物が、僕に向かってくる。
三体? あれだけの魔物が居るのに?
意図が読めない。
僕を殺すのに、三体で十分と踏んだのか――いや、そもそも、僕を殺す気なら、あのダークエルフで事足りたはず。
彼女が下がり、今になって、僕に魔物たちを向けてくる意味は?
分からない分からない分からない。
しかし、けれど、なんにせよ――
やることは一つ。
戦うんだ。
矢弾尽き果てようと。
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