能力1

 僕はモノノフギルドの修練場に来ていた。モノノフギルドで学ぶ技巧スキルは、日本由来の武術を技巧として昇華したものが多いため、修練場は道場そのものである。真ん中から半分が畳張り、もう半分が普通の板張り、といった柔術と剣術の折衷道場のような様相を呈している。

 で、修練用の槍を持ち、モノノフギルドの先輩である、自由ヶ丘じゆうがおか御子みこと相対していた。

 お互いが道着姿。

 先輩が地面を蹴る。

 なびくポニーテール。繰り出された槍の一閃は、先輩の目つきのように鋭い。

 それをなんとかいなし、返す刀で反撃に転じようとするも、既に二槍目が目前に迫っている。疾風のような突きだ。修練用の武具は殺傷性が低いとはいえ、看過できるような、ぬるい攻撃ではない。

 顔面に迫るソレを、首を傾けてやり過ごす。

 槍が引いた隙を見計らって、今度こそ僕は槍を突き出した。縮地で瞬間的に自身の素早さを上げた一槍。槍は阻まれることなく、先輩の胸元へ向かっていく。いける!

「はっ!」

 気迫とともに先輩は両の手を握り拳にし、ガッツポーズをするように肘を曲げ、両腕で胸を寄せて、その豊満な胸で挟むようにして僕の槍を受け止めた!?

「秘技・おっぱい白刃取り」

「何それおかしい!!」

「いつのもすればいいでしょう。今の貴公、結構胸大きいんだし」

「できるか!」

 僕はヤケクソ気味に槍を地面に投げ捨てた。

 任務や修練の連続で、僕も少しは強くなった気でいたが、まだまだなんだな……技巧を使った一槍が、あんなふざけた受け止められかたをするなんて。

 先輩と稽古して二時間。疲れから、僕はその場にへたり込む。

 僕の槍は彼女にかすりもしなかった(最後の白刃取りは論外)。もともと先輩に敵うとは思ってない。けれどここまで差があるとは思わなかった。

 と、少しへこんでいるところに、先輩が近付いてきて、僕の前でしゃがみ込んで、問うてくる。

「いつの、なんかあったの?」

「おっぱい白刃取りとかいう、ふざけた技に僕の槍が通じなくて、憤ってます」

「茶化さない」

 メッ、と先輩は可愛く怒る。

「いつもより集中できてないというか、何か別のこと考えながら戦ってる感じがしたわ」

 ……バレてたか。そりゃバレるか。この人、僕の師匠みたいなもんだしなぁ。

「ほら、お姉さんに話してみなさい」

 おまけに世話好き。師匠というより、姉と評したほうがしっくりくるかもしれない。確か歳はちょうど20だったか。僕は19なので一つ上である。

 記憶喪失の僕を拾って、ここまで面倒見てくれたのは、この人でもあるわけだし。この町で一番付き合いの長い人物だ。と言っても、この人の過去とか生い立ちとかは、未だ謎に包まれている。分かってることはスゴ腕の請負人であることと、めんどくさがりであることか。

 で、ほらほら、と急かす先輩。

 経験上、こうなってしまっては、話を聞くまで帰してくれない。僕は嘆息し、訥々と話し始める。

「詳しくは言えないんですけど……なんというか、同志介錯みたいな依頼を受けてしまって……」

 先輩は僅かに驚いた表情を浮かべる。

 あの田中正義の討伐依頼。

 僕は受けることにした。

 正直なところ、魔物化しているとはいえ、田中さんとは戦いたくはない。

 けれどさっき、密かに僕らの話を聞いていた柳子ちゃんは、はっきりと依頼を受けると答えた。

 一番辛いはずの柳子ちゃんが、だ。

 言ってしまえばこれは、柳子ちゃんの父親を殺すための任務だ。それを柳子ちゃん自らが請け負う。その気持ちは親の顔すら覚えてない僕には分からない。

 だから、なんとなく放っておけないのだ。理由はそれに尽きる。

「で、ですね。その同志介錯の対象が僕の友達の肉親なわけでして……その依頼を娘である友達も請け負うことになって……どんな気持ちのかなと」

 要領を得ない話しかただったが、先輩は何度も相槌を打ってくれた。

 継いで、こう言った。

「その子は相当辛いはずよ。それは分かるわね?」

 僕は頷く。

「それが分かってるなら、放っておいちゃ駄目よ。いつのが傍に居てあげないと」

「けど僕はその娘の親を殺そうってんですよ? そんな奴と一緒にいたいと思いますかね……」

 僕だったら嫌だ。

 自分の肉親を殺すことを目的とした人と一緒だなんて。

 そうでなくても、以前に先輩と田中さんを殺しに行ってるのに。

 柳子ちゃんは優しいから、なんでもない風に振る舞ってはいるけれど、本当のところ、どう思ってるのか……あまり想像したくない。

「お馬鹿」

 ペシ、と修練用の槍で頭をはたかれる。

 そして、自分の弟を諭すように、先輩は言う。

「誰が介錯対象だとか、誰が敵だとか

 言われてハッとする。

 それはまぎれもない、僕の本音だった。

 依頼の内容なんて、どうでもいい。ただ、柳子ちゃんが気になる。

「だいたいその友達がいつののことを嫌っていたら、今まで一緒にいた時間はなんなのよ。嫌いな人と一緒にいるのが好きなマゾなの?」

 そう――確かにそうだ。柳子ちゃんは誰に対してもはっきり物を言う娘だ。嫌われていたとしたら、今日まで僕と行動を共にすることなどなかっただろう。

「放っておけないなら、その人の傍に居ればいいのよ。どう思われていようと、それがその人のためになると信じて」

 なでなで。

 何故か頭を撫でられる。先輩は感情を表に出すようなタイプじゃない。けどこうやって行動で示すこともある。それが今はありがたい。

 不思議と、心に燻っていた、不安が和らいだ。

 第一僕は、あの時決めたじゃないか――僕は僕の望む限り、柳子ちゃんの味方であろうって。

 それをしっかり思い出した。

 そんな僕を見、先輩は言う。

「うん。大丈夫そうね」

「はい。おかげさまで。なんかありがとうございました。先輩にはいつもお世話になります」

「いいのいいの」

 なでなで。

 なでなで。

「あの、いつまで撫でてんですかね」

「いや、なんか、いつのかわいいから」

 嬉しくねえ。

「興奮してきた」

「なんで!?」

 やっぱりこの人は分からん。



 

 

 

 

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