重要依頼2

 依頼書に目を通した僕は、書かれているその内容を、何度も見直す。

 討伐対象:田中正義の文字。

 田中さんは生きている。柳子ちゃんの父親は生きている。

 そして、ソレをまた倒せと。

 ……頭が痛い。これを柳子ちゃんが見たら、どう思うのだろうか。

 唯一の救いは無理に請け負わなくてもいいというところか。

「面白い請負条件ですねえ……フヒッ」

 赤絵の指摘に、クエ子ちゃんも頷く。

「実質、お二人への指名依頼のようなものですね……」

 請負条件は『前田正義の亡骸の有無の確認』を達成していること。

 これを完了してないと、この依頼を受けることはできない。即ち、この依頼を受けられるのは僕と赤絵のみ。

「いえいえ……そもそも亡骸云々は赤絵への指名依頼だったわけですし……これは赤絵への指名依頼ですねえ……」

 確かに、本来であれば、前回の依頼は赤絵に任されていたものだ。あれも極秘依頼だったわけだし。僕は赤絵に誘われてそれに乗っかっただけ。

 でも、と赤絵は付け加える。

「極秘にするくらい慎重な人たちからの依頼ですから……いつのさんと一緒に居たことも知ってるとは思いますけどね……フヒッ」

 そうだろうよ。それでも報酬はくれるし、お咎めは無し。

 ……ということは、僕が居ても問題無いということか?

「それにしても田中さん……か」

 僕は一ヵ月前の出来事を想起する。

 自分の死を望んでいたかのように振舞い、しかし、最終的には化物となって死んでしまった。直接手を下したのは先輩だが、あの場で何もできず、ただ見届けることしかできなかった僕も、柳子ちゃんに申し訳なく思う気持ちがある。それは本当に父親が殺された、柳子ちゃんからしたら、身勝手な気持ちかもしれないが……。

 田中さんは掴みどころが無く、取り立てて特徴の無い人であったが、それでも古参の請負人や、モノノフギルドの面々からは、確かに信頼されていた。

 その気持ちは、何度かパーティを組んだことのある、僕にも分かる。

 思い返してみれば、肩を並べて戦うというより、適材適所を見極め、パーティの一歩後ろから、大局を捉えつつサポート、必要であれば前に出て臨機応変に対応する、賢人のような人だった。とにかく田中さんがいれば、安心感が違ったのだ。

 それを今思い出した。

 もし、この依頼を請け負ったとして。

 再び相見えた時。

 僕は、あの人を殺すことができるだろうか。

 僕はあの人に、この槍を突き立てることができるのだろうか。

 その覚悟があるのだろうか。

「それで……どうします? この依頼……」

 クエ子ちゃんも複雑そうな表情だ。クエ子ちゃんもほぼ毎日田中さんと顔を合わせていたはずだし、内心穏やかではないことが容易に分かる。

「赤絵は一応受けますかねえ……ヤタガラス印章があれば色々便利そうですし……で……」

 いつのさんは? と、赤絵はちらりと僕を見やる。

 この依頼は、僕にも受けられる権利がある。

 この依頼を受けるか否か。

 僕は返答に窮する。

 赤絵のように平然と受ける、とは言えない。赤絵が薄情とか冷酷とか、そういうことではなく。請負人として、化物を野放しにしておくほうが、余程問題がある。たとえそれがかつての同志だったとしても、犠牲者が増える前に誰かがやらなきゃいけないのだ。

 割り切れない僕に問題がある、か……。

 討伐対象は田中正義。

 田中柳子の父親。

 柳子ちゃんの唯一の肉親。

 僕は――

「受けます」

 心臓が止まるかと思った。

 だってその声は、僕の発したものではなかった。

 女の子の声ではあったが赤絵や、もちろんクエ子ちゃんのものでもない。

 聞き覚えのある、どころかほぼ毎日のように聞いている、耳ざわりの良い声。

 背後を振り返る。

 そこに居たのは、やはり、

「その依頼、わたしも受けます。偉い人にだって、無関係とは言わせません」

 田中正義の一人娘、田中柳子その人だった―― 

 


  

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