灰の任務2

 僕と赤絵は相変わらず、アスファルトで舗装された道を、てくてく歩いている。

 談笑しながら、出発して三十分。そろそろ目的地とやらに着いてもよさそうのものだが。

 そもそも僕、なんとなく赤絵についていってるだけで、目的地とかどういった任務なのかとか、全く聞かされてない。僕も僕で、訊こうとまぁ訊いたら教えてくれるだろけど、何も言わないってことは、それほど大げさな任務でないということなんだろう。その辺のことは長い付き合いのなので、だいたい察せられる。戦闘があっても赤絵なら魔法ひとつで、全部終わらせられるしなぁ。こいつとの任務は楽できていいね、うん。

「着きました……フヒッ」

 などと自堕落なことを沈思してるうちに、目的地に到着した。

 まず目に入ったのは、でかい石。それが一定の間隔を以て、いくつも地面から屹立している。

 墓だ。というか墓地だった。体育館ほどの広さを誇る、広大な。

 ……田中さんの件で、先月、来たばっかりだ。だからというわけじゃないけど、さすがに今回の任務内容、気になってきたぞ。目的地が墓地って。

「フヒヒ……行きましょう……」

 赤絵はいつも通り、静かに歩いていく。

 そういえばこいつ、田中さんのお参りに来てたけど、交流があったのだろうか。必要最低限の人間としか話さない感じだが。

 細い通路を右に曲がり、左に曲がり、赤絵は迷いなく歩いている。誰の墓に行くのかは決まっているのだろう。

 墓、と言ってもその実態は、素人が適当な石を削り、死人が眠る、地中の上に立てただけのもの。その手の職人は絶対数が少なく、この町にはいない。もう少し都会に出ればいるのだろうが、ちゃんとした墓を作るのは、資源の問題でアホみたいに金かかるしなぁ。

 簡素なものだが、これが一般的な墓だ。ブルジョワは一から十まで作ってもらうんだろうけど。

 で。

 歩くこと三分ほど。

「着きましたよ……」

 僕らは、みすぼらしい墓の前で立ち止まる。誰かが供えていったらしい花ある、なんの変哲もない墓。

 というか、この墓……

「いやそうな顔していますねえ……いつのさん……フヒヒ」

「するでしょ、そりゃあ」

 石碑に掘られたの四文字。

 思い起こされる、一ヵ月前の出来事。

 僕が女になったきっかけの男。

 田中正義。

「赤絵さぁ、僕をわざとここに連れてきたでしょ」

「いえいえ……赤絵は魔術師ですので……戦いになった時、詠唱中に守ってくれる人がいないと……」

「おまえ詠唱いらないじゃん、高位魔術以外は」

「フヒヒ……任務中に高位魔術を使わないとも限らないでしょう……?」

「そうだけどさぁ……」

 そんな場面、上級任務でもない限りと無いでしょうよ。

 この任務が上級任務とも思えないし……危険な任務なら、さすがの赤絵も事前に言ってくれるはずだし。

 まぁなんらかのイレギュラーで、そういった状況になる可能性も無くはないが……。滅多に無いもん、そんなこと。

「……じゃあもう今日生理なんで……調子悪いんで護衛が必要ということで……」

「ずるい理由だ!」

 じゃあもうとか言ってるし! やっぱわざとじゃねえか!

「……というわけで、いつのさん、ここ掘り返しましょう……」

「何がというわけか分からんし、そのあと言ってることはもっと分からん」

「墓荒らししましょう……」

「言い方の問題じゃないんだよなぁ!」

 て、ちょっと待って。

「もしかして任務内容ってそれ?」

「そうですよ……?」

「田中さんの墓掘り起こすのが?」

「そうですが……?」

 きょとんとしながら赤絵は答える。かわいい。いや、そうじゃなくて。

「マジかよ……組合、こんな任務発行したの? 依頼人誰だよ……」

「……なんか国の偉い人らしいですよ……極秘任務だそうです……フヒッ」

「マジかよ……何やってんのお偉いさん……」

「あとこれは確かに任務ですが……大々的には発行されてませんよ……赤絵への極秘の指名依頼オーダーです……」

 指名依頼とは文字通り、依頼人が特定の人物に任務を依頼することである。指名依頼は、依頼人に信頼されている証みたいなもの。いわば顧客から依頼される場合が多いのだが、その相手が国のお偉いさんって、こいつ、すごくない?

「いえいえ……赤絵も依頼人の顔は知りませんよ……遠征中に使いの人から依頼されただけですから……」

「ますます分からん。なんでわざわざ遠征中のおまえに依頼したんだろう」

「さぁ……? ひとつ言えることは、相手は赤絵のことを魔女と知っていたので、それも関係あるんじゃないでしょうかねえ……フヒッ」

「なんかきな臭いなぁ。ねえ、僕、この任務破棄していい?」

「それは赤絵にレイプされたいということですか……?」

「何をしているんだ、早く掘り返すぞ」

 超やる気。骸骨でもミイラでもどんと来い。

 とはいえ、なんかこの任務、めちゃくちゃ大事じゃない? 極秘っておま、そんな大げさな任務だったのこれ?

 つーかなんで、お偉いさんは田中さんの墓掘り起こしてほしいんだ? 訳分からん。

「あくまで個人としての依頼みたいですけどね……フヒッ……まぁ誰が何を依頼しようがどうでもいいですよ……」

「そうは言うけどね、このこと柳子ちゃん知ってんの?」

「極秘任務だし……知らないんじゃないですか……?」

「……だろうねえ」

 恐らく、田中さんの墓を掘り起こす、なんてアホみたいな任務は、遺族である柳子ちゃんの許可が必要なはずだ。そこを無視してこういう任務を発行するっていうのは、規則を重んじる、組合らしくないというか。

 そこを無視しなければならない理由があるのか、それとも。

「どうせろくなことじゃないですよ……偉い人の考えなんて……昔からそうです……フヒヒ」

 一瞬、遠くを見るような目になった赤絵は言う。その目にテーマを付けるとしたら、懐古、だろうか。昔を振り返れるほど、歳を食ってるようには見えんが、まぁ人より遥かに寿命が長い魔女だからな……実年齢はうん百歳だろうし。だからこそ今のような、赤絵のふとした言葉に、妙な重みが感じられる時がある。そしてそれは、本当のことなんだろうと思う。

「というわけでそろそろ掘り起こしますよ……少し墓から離れてください……」

 と、考えてる間に、赤絵が僅かに、手に持った杖を掲げる。お得意の魔術で土を掘り返す気か。

「マジでやんの? もうちょい考えたほうが」

「黄昏よりも昏きもの ……血の流れより紅きもの……」

「なんか詠唱始めたけど!?」

「冗談ですよ……ひょい……」

 言いながら赤絵は、杖を軽く傾ける。

 すると、ドン、という轟音と共に、先ほどまで僕らが立っていた場所の地面が弾けた。赤絵がなんらかの魔術を使ったのだろう。マジでやりやがった。

「ありましたねえ……フヒッ」

 掘り返された地面から覗く、黒い棺。

 あの中に田中さんの亡骸がある。  

「じゃあ開けますね……」

「なにしれっと言ってんの」

「だって中を確認しないと……任務、終わりませんよ……?」

 どんな任務だ。つーかそもそも、

「もう突っ込むのめんどいから訊くけど、この任務の内容って何?」

「田中正義の死体の有無の確認……フヒッ」

 などと。

 さらっと嫌なことを答える赤絵。

 死体の有無? 何言ってんだ? 田中さんの死体が無くなってるっていうのか? どうして?

「フヒヒ……考えるだけ無駄ですよ……特に偉い人の考えなんてね……」

 それはそうかもしれないが、一度頭上に浮かび上がったハテナマークはそう簡単には消えてはくれない。駄目だ。今回の任務はマジで理解できない。異様すぎる。しかし、とりあえず赤絵の言う通り、考えるだけ無駄ということは分かる。なので無理矢理思考を放棄して、さっさと済ませよう。

 有事に備え、背負っていた槍を手に持ち、構える。槍術の基本となる、左前半身構え。

 赤絵がちらりと僕を見る。開けますよ? 僕は頷いて応える。

 彼女は棺の蓋に手をかけ、ゆっくりと横にずらしていく。徐々に露わになる棺の中。僕はそれを見下ろす。そして、

「嘘だろ……」

 捻り出された声は乾ききっていた。頭では理解しているが感情が現実に追い付いてなかった。

 思考放棄に努めていた僕を、軽く一蹴する出来事。

 だってこんなこと誰が予想できる?

 何が起きた? 何が起こってる? 何が起こってこうなった?

「ありませんねえ……フヒヒ……」

 そう、田中さんの死体は無かった。

 ほんの一ヵ月前にそこに居た田中さんは跡形もなく、最初からそこに無かったかのように、落丁したページのように、忽然と消失していた。

 誰かが持ち出した? まさか死体が歩いて、どこか行ったわけでもあるまい。

 あるいは ――最初から田中さんは死んでおらず、自力で抜け出した?

 ……嫌な予感がする。何が起こってるかは分からない。けれど、確実に何かが起こっている。まるでベッドの下にいる殺人鬼に、気付いてしまったような感覚。

 田中さん、あんた、どこ行っちまったんだ?

「まぁ死体があるかどうか確認させる時点で……予想はついてましたけどねえ……ともあれ任務完了ですので……」

 棺に蓋をしつつ、赤絵はこちらを見やる。

「この変な任務を完走した感想をどうぞ……」

 赤絵はいつも通り、平然と話題を振ってくる。こいつって取り乱すこととかあるのだろうか。今までそういう場面見たことないけど。

 とりあえず僕の感想は、

「疲れた。帰りたい」

 

 

 

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