灰の任務1

 あれから一ヵ月。

 田中さんの件が落ち着いた頃。あと僕の件も落ち着いた頃。

 時刻は昼の十一時。残暑も過ぎ、涼やかな空気が街を包む季節だ。

 僕はいつも通り任務に従事していた。

 今回の任務は薬草集めである。地味で面倒な任務だが、クライアントがちょっとした金持ちなので、報酬は良い。

 現在地は郊外の森林。街からはそう離れておらず、比較的安全である。街から最短距離で薬草を採れる場所でもある。

「見つけました。これはいい薬草です」

 傍らから喜色を含んだ、静かな少女の声。柳子ちゃんの声だ。

「これだけ集められればいいかな」

「ていうか、いつのさん、ほぼ何もしてないですよね」

と、柳子ちゃんは一転して僕に冷たい視線を向けるが、それは僕にとってご褒美だ。ありがとうございます。

 一応紹介しておこう。

 田中柳子。16歳。職業:請負人(魔術師)。身長143cm。体重:軽め。血液型O型。誕生日9月6日。

 青い瞳と、青みがかった、長い銀髪が特徴的な日本人とロシア人のハーフ少女だ。顔立ちはややロシア人寄りで、大人っぽいと思うかもしれないが、しかし小柄で童顔である。本人はそれを残念がってるようだが、それがいいと言う人もいる(主に僕)。あと胸でかいし。

「いやぁ、僕、そっちの知識ないから見分けつかないんだよねえ。めんごめんご」

「最初からわたし頼みだったんですね」

 と、僕にジト目を向ける柳子ちゃん。その通りだから反論できない。

 彼女は自分の身を包む、黒いローブに付いた葉っぱを払い、立ち上がる。

「まぁいいですけど。わたしにも分け前はあるわけですし」

 溜息を吐きながら柳子ちゃんは言う。どうやら許されたようだ。

 あれ以来――

 柳子ちゃんなりに思うところがあったのだろう。田中さんの墓の前で静かに涙をこぼした翌日、侍であった彼女はモノノフギルドを辞め、魔術師ギルドにその身を置くことにした。そこは文字通り、魔術師の集うギルドだ。

 戦闘の際、侍が前に出て武器を振り回すのに対し、魔術師は後方からの魔術攻撃を主とする。侍とは全く逆の戦闘スタイルだが、彼女はうまくやっているのだろうか。

「別に大丈夫ですよ」と柳子ちゃん。

「いくつか魔術も習得しましたし、わたし、こっちのほうが合ってるみたいです」

「え? もう覚えたの? 早くない?」

「初級魔術ですから、別にそんなに早くもないと思いますよ。夜美やみさんはちょっと驚いてましたが」

 柳子ちゃんは淡々と話すが、自分の師を驚かせるって、それ、やっぱりすごいことなのでは。

「そうそう、夜美さんと言えば、いつのさんに会いたがってましたよ」

「僕は会いたくないな」

「でしょうね。めちゃくちゃからかわれるでしょうし。というかそれが目的でしょうし」

 僕が女になって初めてモノノフギルドに顔を出した時も、周りの連中に散々からかわれた。それだけならまだしも、男に顔を赤くされて見つめられた日にはゲロでも吐きそうになった。身体は女でも心は男やっちゅーに。

「いつのさんは、その身体、慣れましたか?」

「うーんまぁ以前よりは慣れたけど、戦闘になるとおっぱい邪魔」

 揺れるし。肩こるし。

 まさか自分が体験することになるとは思わなかった。そして女になってしまったとはいえ、自分のおっぱいがぽよんぽよんしても全然嬉しくないということも分かった。

 かつて柳子ちゃんが刀を振り回して頃は、めちゃくちゃ揺れて興奮したんだけどなぁ。

「胸が大きいと、まぁ……そうなりますね」苦笑する柳子ちゃん。

「そうだよね!? 侍だった頃の柳子ちゃん刀ぶん回すたび、めっちゃ揺れてたもんね!!」

「なんでそんなにテンション高いんですか!? あとなんでわたし!?」

 しまった。柳子ちゃんの乳揺れを思い出して、少々興奮してしまったようだ。

「というかいつのさん、わたしのどこ見てるんですか……」

「聞きたい?」

「いえ、やっぱいいです。残念な答えしか返って来なさそうなので」

 柳子ちゃんのジト目が冴えわたる。そして、

「やっぱり女になっても、いつのさんはいつのさんですね」

 と、どこか安堵したように続けた。

 ちなみに、行きつけの街の医者に訊ねたところ、僕が女になった原因は、魔物化した、田中さんに噛まれたから、と説明を受けたが、あまりにも稀な症例なため、詳しい原因も不明、治療法もまだ確立されていないようだった。

 これからどうすればいいのか、と藁をも掴む思いで医者に縋り付いたら、治療法が確立されるまで、女として生きるしかないねーあはは、と笑いとばされてしまったので、二度とこの医者に頼らないことを、僕は固く心に誓ったのだった。

 ……とはいえ、あの医者の言う通り、治療法が見つかるまで、今はこの姿で生きる他はない。

 結局、僕は女として生活していくことを、決断せざるを得なかった。

 そして治療法が確立されるのを祈りつつ、今に至る、というわけなのでした。ちゃんちゃん。


 様々な任務を総括・発行するギルド、任務組合。通称組合。

 その組合が経営する複合型店舗「雲隠れ」。そこは木造と石造りが基本の時世にしては珍しい、レンガ造りの建物だ。

 一言で言えばここは請負人の活動拠点。任務はもちろん、飲み屋、寝床、道具屋などがあり、請負人の一日はまず、任務を受けるため、ここに足を運ぶことから始まる。そして一通り任務をこなしたら進捗報告のためにまたここに戻り、その日の仕事を終える、というのが大体の請負人の生活サイクルである。

 とはいえ、任務によってかかる時間もまちまちなので例外もあるが、任務の始終が雲隠れに始まり雲隠れに終わる、という一点は変わらない。

 で。

 薬草を集め終えた僕と柳子ちゃんは、任務報告のため雲隠れに来ていた。

 雲隠れはこの田舎町唯一の任務組合。昔あった大型ホテルを改装したものなので、屋内は結構な広さがあり、貸し部屋も多い。任務疲れで泊っていく請負人も多々いる、どころか半ば住むような形でここで、生活している請負人も何人か知っている。

 任務の受付や商店は全て一階のホールに集中しているので、必然的に人もそこに集まる。まぁ騒がしい。夜になると飲み屋に人が集まるので、今よりさらに騒がしくなる。この人口1000人程度の田舎町で唯一活気がある場所だ。

 一階の床は大理石、壁は煉瓦で趣ある内装。とはいえ人や物がごちゃごちゃしているので、綺麗とは言い難い。まぁ人が集まるところなんてそんなもんだろう。

 真冬以外は基本開きっぱなしの正面玄関から、二人で足を踏み入れる。

 太陽が頂点に差し掛かる頃。今日も真昼間から人が大勢である。そのほとんどは僕らと同じく任務帰りか、または今から任務に赴く請負人連中だろう。普通に真昼間から飲んでるやつらもいるが。

 玄関からまっすぐ正面奥に任務受付がある。任務の請負と報告はここですることになっているので、そこに向かうとする。と、

「あ……いつのさん、と、柳子ちゃん……」

 背後から弱々しく、か細い、少女の声。

 振り返ると全身灰色の少女がいた。

 右手に細長い杖。左手には大きな袋。纏っている灰色のフード付きのローブは、魔術師系のギルドのもの。ただ柳子ちゃんのローブとは、色が違う。灰色をベースに所々に金糸の刺繍が施されており、なんというかこう、高級感がある。金糸の刺繍が入ったローブは高位魔術師のみに着用が許されたモノ。ゆえに、彼女が相当な実力者であることは瞭然だ。

「二人も任務帰りですか……フヒッ」

 名前は黒野赤絵くろのあかえ。僕と柳子ちゃんの友人であり、僕のを知っている人物のひとり。役職ロールは灰魔術師。

 フードは被っていないが、目が完全に前髪に隠れてしまっている。切れよ。後ろ髪も膝まで長さがあって、鮮やかな流水のようだ。

 身体の線は細く、肌は病的に白い。一見すると儚げな少女だが、

「いつのさん……赤絵は嫉妬深いので、あまり他の女と一緒にいると……フヒヒッ、街ごと吹き飛ばすかもしれませんよ……なんちゃって……フヒッ」

 と、実際はこのように頭のネジが何本か、お亡くなりになっている。

 赤絵と知り合った当時こそ大いに引いたものだが、付き合いを重ねていくうちにすっかり慣れてしまった。

 まぁ仲良く(?)なった今でも彼女については謎めいた部分が多々あるが、今となっては詮無きことだ。

「おー赤絵。ここ二、三日見なかったけどなんかしてたの?」

「相変わらずですね」

 軽く挨拶を返すと、赤絵は手に持っていた袋を掲げてみせた。

「これですよ……フヒッ」

「何それ」

「見ます……?」

「含むところがありそうな問いだね」

「赤絵さんのことですから、絶対ろくなものじゃないでしょう」

 さすが柳子ちゃん。同じ魔術師系の先輩相手でも歯に衣着せない。

「いやですねえ……ただの魔物の生首ですよ……フヒヒ」

 何が「ただの」なのか。僕と柳子ちゃん、ドン引きである。

「実は討伐任務のために遠征しましてねえ……その魔物を倒した証みたいなものですよ……」

「だったら首じゃなくて、手とか足とかでも良かったじゃん!」

「フヒヒ……敵を倒したしるしと言えば、やはり首でしょう……」

 どうやら彼女なりの拘りがあるらしい。今度から近づかないようにしよう。

 まぁ、悪いやつではない。たぶん。ちょくちょく任務を手伝ってもらったりするし。

「それはそうと……お二人とも……このあとお時間ありますか……?」

 突然の赤絵の質問に、僕と柳子ちゃんは顔を見合わせる。

「僕はあるけど、柳子ちゃんは?」

「わたしは夜美さんのところで修練です」

「サボっちゃえば?」

「そんなことしたらわたしの人生終わります」

 柳子ちゃんの師はスパルタを越えた何からしい。

「では赤絵といつのさんの二人っきりの任務ですね……フヒヒ。フヒヒヒヒヒ」

 柳子ちゃんの師匠より怖い人が僕の目の前に居た。まぁ今に始まったことじゃないか。

「では行きましょう、いつのさん……任務という名のデートに」

 どんなデートだ。

「赤絵は性別なんて気にしませんよ……男でも女でも……いつのさんがいつのさんであることには変わりないので」

「う、うん? ありがとう?」

 含んだところのある言い回しだが、なんか嬉しいこと言われたのは間違いないだろうから、一応お礼を述べておく。

「コントに付き合ってるほど暇じゃないので、わたし行きますね」

 では、とこちらに早々に見切りをつけ、柳子ちゃんはクールに去っていった。ああ……貴重な常識人が……。

 しょうがない。僕はこの変人と任務とシャレこもう。ちょっといやだけど。



 僕が以前聞いた、赤絵の話によれば、世界の文明レベルは500年前を境に、明治以前にまで下がったという。明治というのがいつの時代かは分からないが、遠い昔の時代であることは確かだろう。しかし、それ以降の昭和、平成という時代の技術を受け継いだ人々が、のちの世代にそれを伝え、一部の技術は今でも残っているとか。

 もっとも、その手の技術はほとんどが人が集まる都会にしか普及していないが。

「見てください……新刊ですよ新刊……遠征してよかったぁ……フヒヒ」

 で、数ある技術のうちのひとつが赤絵が薄暗い笑みで掲げている、この漫画である。漫画は日本人にとってなくてならない娯楽品と言われており、世界がボロボロになっても、この世から漫画が消えることはなかった。日本人、漫画好きすぎ。僕も好きだけど。

 で。

 今僕と赤絵が歩いているのは見慣れた住宅地。どの家屋も朽ち果てていて、人の気配は感じられない。人が住んでるエリアは雲隠れの周りくらいなものだし、そこを少しでも過ぎれば、このように人っ子ひとりいない、廃墟の領域である。雲隠れから離れれば離れるほど、魔物の数も増え、強さも増す。

 だから誰かが住んでいるとすれば、それは変人か物好きか、あるいは、人でないものか。例外として、柳子ちゃんの家は雲隠れから、幾分離れたところに位置しているが、それも理由があってのことだろう。たぶん。

「もしかしてそのためだけに、遠征してきたとか?」

「フヒヒ……愚問ですよ、いつのさん……カセンは田舎ですからねえ……都会より新刊入荷が一日遅れてるんですよ……」

 カセンは僕らが住んでいる町の名前である。ちなみにここ、港町。

「へえ。今どんなの読んでんの?」

 赤絵は掲げた腕そのまま僕の目の前に持ってくる。

 表紙には、でかいとんがり帽子をかぶり、魔女然とした女の子が描かれている。

「フヒッ……魔騎士まち子ちゃん、ですよ……」

「知らん」

「保存用、鑑賞用、使用もありますから、読み終わったら貸してあげますよ……フヒッ……」

 使用とは。

「というかいつのさん、得物新調したんですね……フヒッ」

 と、ここで赤絵は話題を変えてくる。

 いつもと携帯してる武器が違うので、まぁ気にはなるよね。

「新調って言ってもおさがりだけどね。あゆむさんの」

「歩さんって誰ですか? 女ですか? どういう関係ですか? ぶっ殺していいんですか?」

「怖ッ!!」

 いつもの気だるげな口調から一転して、淡々と早口でまくし立ててくる赤絵さん。瞳孔開ききっていて超怖い。

「歩さん、男だからね? 話したことなかったっけ?」

 歩さんはモノノフギルド(カセン支部)の支部長である。物静かで武士道を重んじる爺さん。

「初耳ですねえ……でもまぁ……男なら……ぶち殺さなくて済みますね……フヒヒ」

 いつもの赤絵に戻っても発言は怖いままである。

「いや……しかし……今のいつのさんは女ですから狙われる可能性も……」

「孫二人いる爺ちゃんなんだけど。ていうか僕ら、なんの話してたっけ?」

「いつのさんのモノの話ですよ……フヒッ」

「得物ね?」僕は諫めるように言う。「体格が変わったから、武器もそれに合わせようと思ってね」

「いつのさん……身長縮ましたもんね……赤絵と同じくらいでしょうか……?」

 僕、現在の身長157cm。赤絵156cm。

 それはともかく。

「この槍、軽くて丈夫で使いやすいんだよねえ。見た目は素朴だけど」

 長さは二間ほど、穂先は千鳥の、まぁ普通の槍である。

 はずなのだが、何か思うことがあるのか、赤絵は槍をじっと見つめ、

「いえいえいつのさん……これ、ただの槍じゃなさそうですよ……」

「どの辺が?」

「穂先のこれ、見てください……フヒッ」

 言われて槍を手に取り、赤絵の指先を辿る。

 そこにはなんか変なマークが彫られていた。これは……トカゲ……いや、龍だろうか。全く気付かなかった。

「龍刻印の武器は龍駆りりゅうがりの証……いつのさん……いつの間にモノノフから龍駆りになったんですか……フヒヒ」

「なってないから。だいたい龍駆りって世界に二人しかいないんでしょ?」

「日本に一人、ドイツに一人……らしいですねえ……フヒッ」

 龍駆りはその名の通り龍を駆る者。龍と心を通わせ、その背に乗って戦う者のことである。前述した通り、世界に二人しかいない、極めて希少な役職であり、その戦闘力の高さゆえ、龍駆りは国宝職とまで呼ばれている。就職条件が、龍と心を通わせられるもの、その龍に騎乗することを許されたもの、とか常人なら天地がひっくり返ってもできないことだ。

 この龍刻印の槍も国のお偉いさんから、直接授与される。龍駆りという役職は、国にとってもそれくらいの価値があるものなのだろう。

「まぁ……赤絵の見立てでは……近いうちに三人目が誕生するでしょうねえ……他の二人は所詮ですし……フヒヒ」

 何やら意味深なことを呟く変人。いつものことだから深くは突っ込まない。

 というかこんな槍を持ってたってことは、あの爺さん、元は龍駆りだったのかね?

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