amuse-bouche2(アミューズ) 食無

入江に案内されたテーブルは片付いていた。

ただ、たんまり埃が積もっていた。

少なく見積もって一週間、このテーブルに案内された客はいなさそうだ。


テーブルに座るなり、頭上から声が飛んできた。


「いらっしゃいませ星名様。テーブルを担当させていただきます忽那こつなと申します」


若い地球の女性だ。

元気があることは、声のトーンからして疑う余地はない。

ただ、高級レストランの給仕係に元気が必要かと言うと、そうでもない。


その上、彼女の目の下にはくっきりと目立つ隈があった。

若さに任せた薄化粧ではまるっきし隠せていない。


ありえない話だが、今、起きてきたのかもしれない。

毛先ははねているし、スーツのボタンの掛け違いもある。


「本日のメニューです」


忽那が星名に渡したのは、カフェメニューだった。

今は、銀河座標準時でちょうど19時になった所だった。

この時間に、レストランでコーヒーを一杯飲む客がいるのだろうか。


星名は確信した。

忽那はついさっきまで寝ていたと。


「食事をしたいんだが」


忽那は自分が渡したメニューを引っ込めた。


「本当ですか?お食事ですか?」


忽那の表情は驚きを隠していなかった。

なんとなく、先ほどまで出ていた寝惚けた感じが一切無くなった。

客に接客する時に給仕係が持つある種の緊張感が、ようやく芽生えたようだった。


「しょっ、少々お待ちを」


語尾が少しおかしくなっている。

客に使う敬語ではなく、上司や殿に使う言葉になっている。


忽那は慌てて奥に引っ込んでいった。

奥にある、厨房らしき場所と客席を隔てる小さな扉を開き、厨房に飛び込んだ。

驚いたことに、厨房の明かりは忽那が飛び込んでから点いた。


この店、ディナータイムに食事を出す気がないらしい。

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