amuse-bouche1(アミューズ) 猫蛙

あれは蛙だ。

見た目は猫だが。

どこの星の生き物だか見当もつかないし、なぜコレがここに置いてあるのか甚だ疑問だ。


ゲロ

ゲロ

ゲロ


どうしてこんなに食欲を減退させるような声をした生き物が、レストランの入り口で客を迎えているのだろうか。


猫蛙の声が終わると、奥から何かが動く気配がした。

猫蛙は呼び鈴の役割を果たしているのかもしれない。

こちらに近づいてくるのは、背の高いグリーゼ人だ。

黒服を着て、いかにもレセプションスタッフという様子で、凛としている。

グリーゼ人特有のすらりとした体型は厳粛とした雰囲気に一役買っている。

姿勢がよく、まっすぐに歩いてくる。


「ようこそライブ・ナ・ライブへ、ご予約はありますか」


張りのある声だ。


「いえ、予約はないのですが……」


話を続けようとするも、張りのある声で遮られた。


「席は空いておりますので、すぐにご案内します。私、レセプションスタッフの入江いりえと申します。お名前を伺ってもよろしいですか」


「えっと、星名ほしなです」


入江の目が吊り上がった。

星名という名前に少し、反応したようだ。


そんな素振りを隠すように、


「星名様ですね、ご案内します」


と他人行儀過ぎるくらい冷静な声のトーンで、事務的な言葉を置いた。


入江は、くるりと踵を返した。

星名は客ではないと呼び止めようとしたが、ふいに中断してしまった。

星名の意識が、背を向けた入江のある一点に向けられたからだ。


尻の部分である。


黒いズボン縫い付けられた茶色いパッチワーク。

縫い目はほつれ、下着らしき紫色の生地が見え隠れする。


星名は見てはいけないものを見た気がして、目を逸らした。

すると、猫蛙に目が合った。


ゲロ


星名が客だったら、この段階で後悔したに違いない。

このレストランを選んだことを。


星名は客ではなかった。

だが、星名は猫蛙と目を合わせて決めた。

ここは客を演じて、このレストランを評論する気持ちで、最後のデザートまで堪能してみようと決めた。


あの猫蛙と、入江のパンティーがそうさせた。

それは人が、お化け屋敷に入る前の気持ちに近かった。

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