思ってみた、妻のことを

 時久は規模のでかい本屋へとやってきた。普段の自分ならば絶対に行かないであろう料理本売り場へとやってきた。

「案外、種類が多いんだな――」

 思わず独り言を呟いていた。すると、長身の時久を、小さな少女が見上げていた。

「わあ、おじさん、料理するんだ」

「お、おじさんって……」

 時久は何も言えなかった。時久はまだ30を過ぎたばかりである。だが、少女から見れば、”立派なおじさん”としか見られない年齢だろう。その言葉に時久は表情を変えず、

「ま、まあ料理は……するよ。妻に料理を作ってあげるんだ」

 すると少女は目を丸くする。

「おじさんが料理をするんだ。で、何を作るの?」

 深く聞いてきた。随分とませた子供なんだなあ、と素直に時久は思った。すると母親らしき女性が、頭を下げつつ、時久のもとへやってきた。

「す、すみません! うちの子がご迷惑をおかけしてしまい……!」

 時久は営業用スマイルで、

「いえいえ。迷惑などかかっていませんよ」

 と短く言うのだった。

「じゃ、俺はこれで」

 時久も軽く頭を下げると、その場を去った。数分待って、母子がいなくなったことを確認すると、再び時久は料理本売り場へとやってきた。スイーツ系の本は意外と多かった。とある本が目に入った。それは、「ショートケーキの作り方」というムックであった。以前、吉乃がショートケーキを笑顔で食べていたのを時久は思い出した。

「(これならば吉乃は喜ぶかもしれない――!)」

 時久はムックを手に取ると、レジへと持っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お前がいるから キヨ @Kiyo-1231

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ