▼調査開始ですっ!

 ▼▼▼



 さてと。無理を言ってお兄さんのお仕事についてきた私ですが、何故か物凄くお兄さんに睨まれている気がします。

 お兄さんの前を歩く私は内心『?』マークを浮かべながらも手掛かりを得に周りを見渡しました。

 嘘つきおじさんとの話を終えたお兄さんと私は、アスレンの西地区に来ています。

 まずハッキリさせておくべき事は、この事件は西地区を治めるグリミナルアスラが単体で起こした事件ではないという事です。


「お兄さん、ここで合ってますか?」

「……ああ、この学校で間違いねえよ」


 お兄さんは小さなメモ帳を見て言いました。

 私たちは、西地区の中心に近い場所にある学校の前に来ていました。

 お兄さんは私と話した後、私のお願いでおじさんに電話をして貰いました。聞いて欲しい事があったのです。その聞いて欲しいことがお兄さんが持っているメモに書いてあるのです。

 それは〈娘が通っていた学校〉〈娘の名前と年齢〉の二つをお兄さんに聞いて貰いました。娘の名前はメアリ。歳は私より二つ上の十二歳。との事でした。おじさんの名前やどんな仕事をしているのかは態と聞きませんでした。理由としては……。


「おい、ガキ」

「はっ、はい?」


 思考を巡らせていると、後ろに立っていたお兄さんが眉を吊り上げて声を掛けてきました。


「用事があるならさっさと済ませろ。ここに長居すると……」


 そう言いながらお兄さんは周囲を気まずそうに見渡しました。つられて私も周りを見渡すと、視界の端々でおばさん達がひそひそと会話しているのが見えました。

 気にしていませんでしたが、今は平日のお昼時です。そんな日に、小学校の前でスーツ姿の男の人と、所々赤い染みが残るワンピースを着た少女が居れば、怪しむのは当然でした。

 こうなっては仕方ありません。この状況を打開できる最終手段を行使する他ありません。私は覚悟を決めてーーお兄さんの懐にました。


「ーーお兄ちゃんお兄ちゃん!」

「おに……ッッ!?」


 お兄ちゃ……お兄さんが驚愕した表情を浮かべます。そんなに驚かれるとかなりショックです……ですがこの場はこの方法で押し通すしかありません。


「私怖い……知らない人たちがいっぱいの学校なんて行きたくないの……」

「あぁ? お前何……ってッッ!?」


 話を合わせてください! 焦った私は思わずお兄さんのお腹に爪を立てます。


「だから……お兄ちゃんも着いてきて……?」

「ッ……分かったよ……(後で覚えてろよテメェ)」

「ありがとうお兄ちゃん!(ごめんなさいっ!)」


 お兄さんと出会って二日も経っていないのにもう会話なしでお兄さんの思っている事が手に取るように分かりました。実際には私にしか聞こえないような声で囁いたのですが……目が本気マジでした……。

 とっ、ともあれひそひそと話していたおばさん達は騙せたようで、穏やかな笑みを浮かべこちらを見ていました。お兄さんとハグ出来たのは役得ですが、こんな肝が冷えるようなやり方は二度としないと心に固く誓いました。

 こうして私とお兄さんは周囲に違和感を与える事なく学校に潜入する事が出来ました。



 ▼▼▼



 さてさて、学校に潜入した私とお兄さんですが、今はどうやら休み時間の様です。小さな子供から私と近い歳の子供が沢山校庭で遊んでいます。

 この学校は生徒が私服なので私は完璧に紛れ込めるのですが……その、はっきり言って、お兄さんが滅茶苦茶浮いてます。


「お兄さん……」

「………二十分で終わらせろ。さっきの場所で待ってる」


 ごめんなさいお兄さん……あの、目が怖いです……絶対後から説教は受けますので……。

 お兄さんは怪しまれる為退散。独りとなった私は聞き込みを始めました。と言っても生徒数はとても多いです。その一人ひとりに聞いて回るのは時間的に見て不可能です。

 あのおじさんが言うには、メアリさんは誘拐された時、車に乗せられた。そして、その車は西に向かっていった。そして、その現場を見ていた友人……。

 おそらく、私の予想ではメアリさんの友人さんは、まだ現場に居ると思います。あくまで私の推論ですが、おじさんは友人さんの事を知っていました。お兄さんと会話している様子からして友人さんと直接会話した様でしたし。

 静かな部屋で大人に色々なことを聞かれるという事は、それだけで子供にとってはかなりのストレスになるものです。そして、それを忘れたくても忘れられないのが子供です。

 メアリさんの友人さんは、メアリさんが誘拐されている所を実際に見ていながらも何も出来なかったと思います。当然、大人に連れ去られているのですから子供がどうこう出来る訳もありません。

 ですが、子供は純粋なものです。メアリさんを助けられなかった自分を責めるでしょう。何も出来なかった自分に罪悪感を感じるかもしれません。

 そんな思考を巡らせながら、私は校庭を渡り西に向かいました。すると、


「……? あなたは……誰?」


 西側の校門に、黒いワンピースにベレー帽を被った少女が黄昏ていました。どうやらビンゴのようです。


「貴女がメアリさんの友人ですか?」

「ッッ……! 誰、なの?」


 一瞬焦ったような表情を浮かべましたが、意外と冷静に返事をしてきました。私的にはここでヒステリックに叫び出すか泣き出すか覚悟していたのですが、どうやらクールな子のようです。


「いきなりごめんなさい。貴女に聞きたい事があるんです。お時間、貰えませんか?」

「っ、もう……もういっぱいの人に話しましたっ! 何度も、何度も同じ事聞かれて、」


 ああ、何度か事情聴取をさせられているみたいですね。誘拐事件ともなれば警察も動くでしょうし、その現場に居合わせたとあれば聴取を受けるのは当然ですかね……。それにしても、小さな女の子をこんなに怯えさせるなんて、大人はどんな取り調べ方をしたのでしょう?


「私はもう話す事は話しました! だからもう許し――――」


 どうやら堰が外れた様で、友人さんは耳を塞ぎ、何も聞きたくないと身体で表してしまいました。仕方ありません。ここは話を聞くためにも一役演じましょうか……。


「――落ち着いて。私は貴女を責めないから。ね?」


 優しく、語りかけるように、私は少女を抱きしめました。歳は私より上ですが、少女の身体は私より小さく、弱々しい印象を与えました。


「うっ……ううっ………」


 私の腕に抱かれた少女は、私のワンピースを握りしめ、胸に顔を押し付けながら呻き声を上げています。


「ずっと我慢してたんだね……辛かったね……頑張ったね」

「っ……うわああぁぁぁぁん!!!」


 あらら、号泣しちゃいました。さて、どうしましょう……このまま大声で泣き叫び続けられたら否が応でも人が集まってきてしまいます。


「うーん……あっ、そうだ!」

「ふぇ?」


 どうするべきかと考えていると、一つ名案を思い付きました。突然声を上げた私に驚いたのか友人さんが素っ頓狂な声を上げました。そんな友人さんに、私は優しく言いました。


「ごめんね。貴女の為にも、一芝居打ってもらえないかな?」

「どういう、事ですか?」


 溜め込んでいたモノを少しだけ吐き出せた様で、友人さんの顔色は少し良くなっていました。


「貴女に会って欲しい人が居るんです。その人は私の知り合いで、メアリさんの誘拐事件を解決しようとしているんです」

「会って……欲しい人……」


 ここでお兄さんが殺し屋だという事は言わない方がいいでしょうか。お兄さんはあくまで殺し屋で、お兄さんにメアリさんを助けるという選択肢は無いでしょう。依頼内容はメアリさんを誘拐、殺害した犯人の殺害なのですから。

 そう、はですが。

 この友人さんの証言によっては、この事件、相当後味の悪い解決になるかもしれないと私は予想しています。

 ですが、私が立てたのはあくまで仮説です。仮説は証拠、証言などを組み立て、証明して初めて本説なるのです。だから、今のままではまだ足りません。


「今から学校を早退して貰いたいの。私は正門の前で待ってるから、一人で出来る?」

「うん……だい、丈夫。頑張る」

「ありがとう。じゃあ、また後でね」


 彼女は小さな声でそう言って校舎へと入っていきました。その背中を見送る形で私は小さく手を振って、小さな背中が見えなくなるのを見送ってから、お兄さんが待つ正門前に校庭を突っ切って戻っていきます。

 制限時間の二十分までには間に合いそうです。お兄さんにはもう少し待ってもらう事になってしまいましたが……。


「やっぱり怒られますよね……」


 一歩一歩進む度に近づくお説教に心臓を鷲掴みされた様な感覚を覚えながら、私はお兄さんの元へと急ぎました。



 ◆◆◆



 ああ、面倒くせえ。

 少女ガキと一旦別れた俺は、正門を出てすぐ近くにあるカフェでコーヒーを飲んで少女の帰りを待っていた。

 まずこの待つという行為が面倒くせえ。いつも独りで仕事をしていたし、全部自分のペースで事を進められた。

 だがあの少女が何故か仕事に同行したいだの、これは事件だのと言い張り結局着いてきて……思い出すだけでも頭が痛くなってきた。

 ともあれだ、俺もこの依頼に関しちゃ少し違和感を覚えたのは事実だ。

 まず依頼主のあの爺。名前を名乗らなかったのはまあ良しとしてだ、あの歳で娘と言っていた。どう見てもあの爺は五十から六十の外見だった。そんな枯れ果てた爺に女を孕ませる程の元気な子種が残ってるとは思い難い。

 嘘をつく必要があった? だが実際に娘という可能性も捨てられない。再婚相手の連れ子だという可能性もあるし……クソ、だからこういう依頼は断ってたのに。

 あれもこれも、全部あの少女が悪い。悪いんだが……どうしても追い出す気になれねえのは何でだ……。銃で脅しゃ諦めるかと思ってたら取引とか言いやがって、どんだけ肝が座ってんだあの少女。

 だがまあ、片足突っ込んじまったのは事実だ。ここで諦めたら今後の俺の仕事にも少なからず影響が出る。仕事というからには絶対に成功させなければ、殺し屋という職業は成り立たない。一度仕事で失敗すれば、信頼は地に落ち、名声は批判に変わる。

 名声とかは正直どうでもいいんだが、仕事が無くなると俺が死ぬ。仕事を任せられない殺し屋はただの無職だ。

 この依頼、何としても達成しなければならなくなった。


「……ハァ」


 煙草を吸い煙を吐く。灰色の煙が空高く上がりやがて霧散する。

 さて、一度考えを整理しようか。

 まず、依頼主の爺について。これはあの少女も言っていたが、どうもあの爺は信用しきれない。あの場で尋ねなかった俺のミスだが、名前を聞けなかったのは少々辛い。だが、あの爺との会話で一つ分かったこともある。

 あの爺は仕事に対する報酬の前金である五十万ユーロを現金で軽々渡して行きやがった。そして後金である百万ユーロ。ぱっぱと済ませられる額じゃないはずだ。マフィアが絡んでるから総額百五十万の報酬金を提示したが、まさか俺も軽々通るとは思ってもいなかった。

 つまり、奴はかなりの資産家か大富豪という事だ。このアスレンじゃその類の連中は珍しくはないが、これで爺の身元はかなり絞り込める。

 そしてもう一つ手掛かりがある。それは奴から香ってきた匂いだ。

 奴が身体を動かす度に香ってきた香り。最初は消臭剤か何かの匂いかとも思ったが、仄かに甘い香りがした。俺はその香りに覚えがあった。

 よくドラマで人を眠らせる時にハンカチやらに染み込ませる薬品、そう、クロロホルムだ。

 まあ、ハンカチに染み込ませたクロロホルムで人を眠らせるには五分以上抑えつけなきゃいけねえし、下手すりゃ死ぬ可能性の方が高い。

 クロロホルムで綺麗に失神させるって事は実質不可能に近いが、クロロホルムを使って、激しい頭痛や眩暈は意図的に起こせる。その隙に誘拐したり手足を縛って拘束したり何て容易いだろう。

 これはあくまで推論だが、あの爺は俺に会う前に誰かにクロロホルムを使っている。その際に手のひらに付着したクロロホルムのせいで皮膚が爛れたのだろう。奴は手のひらを異常に摩っていた。焦って俺の所へ来た分、付着したクロロホルムを落としている暇がなかったのだろう。それが匂いの正体だ。

 さて、これであの爺が何か重大な事を隠しているって事は分かったが、何を隠しているのかはさっぱりわからねえ。こればかりは専門家に頼む他無い。

 俺は煙草の火を消してスマホを操作する。電話帳を開き登録された番号に電話を掛ける。数回の呼び出しコールの後、電話は繋がった。


「情報屋か、俺だ」

「断る」

「まだ何も言ってねえだろうが」

「お前が俺に頼るって事は相当な厄介事って身を以て知ってんだよ」


 正直こいつは余り頼りたくは無いが、腕だけは一流の情報屋だ。腕だけは。


「いいから調べろ。金は言い値でいい」

「……用件は」

「話が早くて助かる。ここ最近起きた誘拐事件について調べて欲しい。場所は西地区。誘拐されたのは十二歳の少女、名前はメアリだ」

「それだけか?」

「……いいや、ここからが本題だ」


 スマホを耳に押し当てたまま、俺は二本目の煙草に火をつける。


「西地区在住の資産家の裏取引を探って欲しい」

「ああ!? 資産家だあ!?」


 スマホから情報屋の悲鳴に近い声が聞こえてくる。一々高い声が耳に障る。


「取引内容はクロロホルム。ここら一帯では余り市場に出回る事がない薬品だ。案外簡単に見つかるかもな」

「そういう問題じゃねえだろ! 資産家の野郎どもの情報網洗うのがどれだけ命懸けかテメェ知らねえだろ!!」

「知ってるさ。だから言っただろうが、報酬は言い値だって。明日までに出来るだろ?」

「クソ野郎………チッ、わーったよ。情報が手に入ったらまた連絡する」


 相変わらず金に目がない奴だ。通話が終了したスマホをポケットに仕舞って指に挟んだ煙草を口に咥え煙を吸う。

 コーヒーは温くなって飲めたもんじゃ無かったが、残すのも勿体無い為一気に飲み干した。


「さて、これからどうするか………」

「ーーぃ…んーーーーおにーさーーん!!」


 これからどうしようか考えようとしていると、誘拐された少女メアリが通っていた学校の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。学校の正門とカフェまでの距離はそれ程離れてはいない為ハッキリと聞こえてしまった。思いっきり忘れてた。

 少女ガキは真っ白な髪を楽しそうに風に揺らしながらこちらに走って来た。


「はあっ、はあっ……お待たせ、しました」

「………ああ。で、何か分かったのか?」


 正直期待など一切していなかったが、息を切らせて走って来た少女に俺がそう聞くと、少女は華でも咲いたのかと錯覚するほどの笑顔で言った。


「はい! メアリさんが誘拐された現場を見た子に話を聞けることになりました!」

「………ちょっと待て、聞けるだと?」

「はい! 後数分で来ると思います!」

「っ、このクソガキが!」

「ふぁ、いたたたたたたたたたた!? ど、どうしてぇ!?」


 どうやらこの少女はまたしても厄介事を運んで来たようだ。俺は拳骨で少女頭をグリグリと締め上げながら深くため息を零した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺し屋と少女 花火太 @hanabita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ