◆面倒くせえ仕事

 少女ガキが奥の部屋に入ったのを確認して、俺は爺さんに視線を向けた。


「では、依頼内容を聞こうじゃねえか」

「………三日前、私の孫が謎の組織に攫われた」


 静かに語りだす爺さんに、俺は顎を動かしてつづきを促す。爺さんは手のひらを摩りながら話し始めた。


「その後の連絡で娘を返して欲しければ、一億五千万ユーロ約一八八億円用意しろと電話をしてきた……」

「……水を差すようで悪いが、」


 どうやらこの爺さんは何か勘違いをしているらしい。後々恥をかかないよう、早めに教えてやろう。


「悪いが爺さん、ここは『殺し屋』だ。ガキの捜索や誘拐なんか、警察サツの仕事だぜ? 悪いが他を」


 俺の言葉を遮り、爺さんが口を挟んだ。


「そして先日、写真が送られてきた……」


 目を伏せ頭を抱える爺さん。爺さんが少し動く度、何か薬品の様な匂いが鼻を擽る。消臭剤か何かだろうか。手のひらを摩りながら爺さんは続ける。


「私が依頼するのは、娘を誘拐し、殺した人間の暗殺だ」


 俺の目を真っ直ぐに見つめながら、爺さんは依頼内容を口にした。娘を誘拐、殺害した犯人を殺害か……しかもマフィア絡み。厄介な仕事が転がり込んできたもんだ。


「……そういう事なら、依頼を引き受ける。そいつらの場所は?」


 だが断る理由も無い。俺が依頼を受けると言うと爺さんは伏せていた目を涙で濡らし感謝の言葉を漏らす。そして、饒舌に語り始めた。


「恐らく、西地区だと思う。娘が通う小学校の友人が、偶然娘を誘拐する現場を見ていたそうだ。その娘を乗せた車が西に向かっていくのを見たらしい……娘の友人の話を聞く限りでは、間違いないと思う」

「西……グリミナルアスラがシメてる地区か……」


 俺は内心盛大に舌打ちをした。グリミナルアスラは麻薬や違法薬物に手を出す連中だ。罪の意識が無い分、窃盗、強盗、強姦など、下っ端の奴らが好き勝手やりやがる猿以下が集まった集団だ。

 だが分からねえ。奴らが誘拐にまで手を出していたなんて話は聞いた事がねえ。新人がやるにしちゃ肝が座り過ぎてる行為だ。

 何より、上の連中が下っ端の横着を見逃す訳がねえ。上の連中は下っ端よりも周到に犯罪を犯す奴らだ。下っ端が勝手に誘拐をやってると知れば殺されるだけじゃ済まないはずだ。


「あの………」

「………あ、ああ悪い。報酬は前金が五十万ユーロ約五千万円。後払いで百万ユーロ約一億円でいいか?」

「…………………」

「おい?」

「………あっ、はい。それで構いません」


 一瞬惚けてたように見えたが、歳か? 爺さんは頷いて五十万ユーロの札束をテーブルに置いて席を立った。喉元を摩りながら爺さんは家を後にした。

マジか……五十万、即金で置いて行きやがった……。

爺さんの背中を見送って、俺は愛銃のベレッタM92をテーブルから取り出し、腰のホルスターに差し込んだ。


「さて、仕事するとしますか……」

「お兄さん、少し待ってください」


 俺が欠伸をしながらそう言うと、いつの間にか部屋から出てきていた少女が俺を見上げていた。



 ▼▼▼



 あのおじさん、嘘を吐いてますね。

 お兄さんに奥に行っていろと言われ入った部屋の扉の隙間から、私は二人の会話を覗いていました。

 あの依頼主のおじさん、顔や首、頭を頻りに触っています。何より、聞かれた事以上の事をペラペラと喋っています。これはよく嘘を吐く人が無意識に行う行動の一つです。そして突然無言になる。これも嘘を吐く人にはよく見られる行動の一つです。汚い大人や嘘を吐く大人に囲まれて育った私はこう言う事が自然と分かるようになってしまいました。

 ですがお兄さんは一切気付いていませんね。この手の仕事を請け負っているのだから、当然気付くものだと思っていました。それとも、分かった上で隠しているのでしょうか?

 しかし、相手が何かを隠している限り、この事件はキナ臭い感じがします。

 私は部屋を出るとお兄さんに駆け寄り声を掛けました。


「お兄さん、少し待ってください」


 欠伸交じりに私を見たお兄さんが冷たい視線を放ってきます。二重だけど少し猫目気味なお兄さんの黒い瞳が私を睨んでいました。


「……何だ。ガキは引っ込んでろ」

「いいえ、お断りします。このお仕事、私も一緒に――」


 尻込みしまいそうになりますが、お兄さんには危険な目にあって欲しくないので、私は――

 直後、物凄い銃声が耳を劈きました。余りに急な出来事に、私は口を開けたまま呆然としてしまいます。


「聞こえなかったか……?」


 呆然とする私に、お兄さんが銃口を向けながら言いました。


「ガキが関わっていい仕事じゃねえんだ。引っ込んでろ」

「っ……!」


 なんて冷たい目でしょうか。お兄さんの瞳はまるで……まるで、冷凍庫に入れられた鉄のように冷たい目でした。余談ですが冷凍庫でキンキンに冷やされた鉄を肌に当てられるととても痛いです。父の機嫌が悪い時、八つ当たりでよくやられました。

 ですが、そんな冷たい瞳の中にも、小さな優しさがありました。私の勘違いかもしれませんが、お兄さんは私を気遣ってこんな事をしたのかもしれません。

 でも、だからこそ、そんな優しいお兄さん一人では、今回の依頼は解決できないと私は思いました。だから、脅されようと私は折れません!


「ッッ、取引です、お兄さん!」

「あぁ?」

「この依頼、私にも手伝わせて下さい! その代わり、私が足手纏いや邪魔になったら捨てて貰っても構いません!」

「…………」


 お兄さんは銃口を向けたまま私を見下ろしています。取引と言ったものの、お兄さんにとっては難癖付けて私を追い出すチャンスです。私にとってのメリットは、お兄さんに話を聞いてもらう事と、一緒に依頼を受ける事ぐらいです。下手をすれば、依頼完了後にあっさり捨てられるかもしれません。

 でも、それでも私は構いません。少しでも幸せな時間をくれたお兄さんに恩返しができるのなら、私は捨てられても……。


「……分かった。但し、俺が邪魔だと感じたらさっさと出て行ってもらう。それでいいな?」

「っ、はい!」


 何はともあれ、依頼に同行できるようになりました。

 この依頼、私を家に置いて貰う為にも、何としても頑張って解決しなければなりません。

 そう、です。

 この事件にはまだ裏があります。


「ではお兄さん、さっそく行きましょう」

「行くって、何処へ」


 頭を掻きながらお兄さんが心底不思議な様子で尋ねてきます。

 おじさんが吐いた嘘。この事件に関わった組織。誘拐された娘。その手掛かりを探しに行くのです。

 私はお兄さんの方を向いて、指をさしながら言いました。


「それはズバリ! ――――聞き込み調査、ですっ!」

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