第十六話 店長という人
ゲストアーティストが突然出演出来なくなるっていうとんでもない非常事態を乗り越え、マスダ楽器のクリコンは成功裏に終わった。CP4のCDも二百枚以上売れたらしい。その割に大山さんと沢田さんの表情が冴えないのが気になったけど。
ホールからの撤収の直後、店長が軽く反省会やろうよって、わたしたちスタッフとCP4の二人を誘った。エバホールのすぐ近くに店長お気に入りのピザ屋さんがあり、クリコンの後はいつもそこで即席ご苦労さん会らしい。店長が直接打ち上げを仕切るって、珍しいよね。
お店のお任せで焼きたてのピザを並べてもらい、店長がジュースのグラスを高く掲げた。
「みなさん! お疲れ様でした! 乾杯!」
ういーっす! かんぱーい!
ちんちんとグラスがぶつかる音が聞こえて、緊張が解れたみんなが焼きたてあつあつのピザに手を伸ばす。
「最初に、ちょい挨拶させてください。あ、食べてる人は、そのまんまでいいよー」
店長らしい無礼講宣言が出て、さっと立った店長がわたしたちに向かってひょいと頭を下げた。
「段取り悪くてごめんね。来年は、もうちょい詰めてからやりましょう。特にピンチヒッターを頼んだ佐竹さん。いきなりプレッシャーかけてすんません」
今更文句言っても始まらないし、わたしは苦笑するしかない。
「でも、店長」
「なに?」
「店長だけで、ソロコン出来るんじゃないですか? あの演奏、鳥肌立ちましたよー!」
そうだそうだっていう声がいくつも響いた。大山さんも沢田さんも、驚いてる。
「いや、冗談抜きですげーと思いました。スコア見てすぐ弾けるってだけじゃない。トシより腕ぇいいのに、上手に空気作ってました。信じられなかったっす」
そう言って、沢田さんが店長をじっと見つめる。
「ははは。俺もプロを目指してたからね。今の店で働き始めるまでは、ギターのことしか考えたことなかったよ」
「どの分野ですか?」
大山さんも興味津々で身を乗り出す。その気持ちはよくわかるわ。田手さんもいい腕だったけど、店長の演奏技術はそういう次元じゃなかったもの。
「クラギ。セゴビアとか、そっち系さ」
「うわ……」
「でも、練習に熱ぅ上げすぎてね」
店長が両手を胸の前でだらんと下げて、幽霊みたいなポーズを取った。
「両手首を重度の腱鞘炎にしちゃったんだ。そりゃそうだよな。メシ食ってる時と寝てる間以外はずーっと弾いてたからね。やり過ぎ」
ぎょえええええっ! 全員、のけぞった。
さ、さすが店長。はんぱねー。わたしもボーカルレッスンにはがっつり突っ込んでたけど、そんなのはまだまだ序の口って感じだなあ。
「あの、今は?」
聞いていいものかどうか分からなかったけど、あえて聞いてみる。
「今日くらいの演奏時間なら保つかな。でも、準備してがっちりやろうとしたら、どうしても病気が出るんだ」
「病気って、手首のですか?」
「違う。熱が入り過ぎちゃう。他のことが何も目に入らなくなるんだよ」
「うわ!」
「今でもギターを弾くのは好きだし、余興でやるくらいならいいけど、プロにはなれないね。俺の性格だと、また体壊すまで根詰めちゃうから。それじゃ音を楽しめない。音楽じゃなくなる」
ちらっとわたしを見て、わずかに微笑む。
「自己満じゃだめなんだよ。聞いた人がいいと思ってくれなきゃ、音楽なんかなんの意味もないんだから」
ぽんとテーブルをタップした店長が、CP4の二人をよいしょした。
「そういう意味じゃ、アクシデントに腐らないでステージをきちんと盛り上げたお二人は、立派なプロです。これからもがんばってくださいね」
大げさに照れる二人。着席した店長と入れ替わりで立った大山さんが、お礼を言った。
「ありがとうございます。俺も、今日のコンサートのことは一生忘れないと思う。でも」
隣にいた沢田さんと顔を見合わせた大山さんが、衝撃的な言葉を吐き出した。
「俺とサワは、もうCP4を抜けます」
「やっぱりね」
店長があっさり頷いたのを見て、場がしんと静まった。
「なあ、大山さん。CP4は、田手さんのワンマンバンドなんだろ?」
「そうっす。てか、うちはものすごく特殊なんです」
「どういうこと?」
「トシはみわが好きなんすよ」
「ほう」
「みわの声に惚れたっていうより、惚れたみわのいいところが声だった。それをなんとか生かしたい。それがCP4の原点なんです」
「なるほどね。それで納得だ」
へ? 納得って?
「店長、どういうことですか?」
「浜草さん、すっごく線が細いんだよ。ボーカルとしてというより、人として、ね。繊細なのはいいけど、いろんな意味で弱すぎるんだ」
そうか……。
「だから彼女をプロデュースしてる田手さんは、彼女より強いものを周りに置けないの。バンドの構成もそうでしょ。メロディーラインが際立つ鍵盤楽器や主張がはっきりしてる電子楽器を入れないで、彼女の声以外は背景に下げやすい楽器構成にしてある。アコユニにしたのは、そういうことでしょ?」
沢田さんに目をやって、店長が確認する。
「あはは。そうだと思います。トシはもっとがりがり弾けるやつですよ。でも、それをぎりぎりまで抑えちゃってるんで」
「やっぱりなあ」
店長が、ふうっと溜息をついた。
「それじゃあ、バンマスの田手さんはともかく、サポの二人は保たないさ。脱退はしょうがないよなあ」
「俺たちに単独でやってけるくらい腕があれば、アレなんですけど。俺たちレベルのパーカスや管は、どこでやってもやっぱサポなんですよ。でもそのサポすらこそっとやれって言われるのは」
「今日みたいなことがあるとしんどいよね」
「はい」
そうか。じゃあ、もしかして。
わたしは、最初からずっと抱えていた疑問を大山さんにぶつけてみた。
「あのー、大山さん」
「なんすか?」
「もし違ってたらごめんなさい。CP4の作詞や作曲は、浜草さんじゃなく、本当は田手さんがやってたんじゃないですか?」
黙り込んじゃった二人。でも、諦めたように沢田さんがそれを認めた。
「みわは歌う以外何も出来ないっす。あいつはネットの歌い手上がり。カバーオンリーでやってきて、アレンジをトシが受け持ってた。そこからデュオから始まったんです」
「なんでそのままデュオで行かなかったん?」
「みわがネットから出たがらなかったからっす」
ぽん! 思わず手を打っちゃった。
「そっかあ! それでかあ」
「あいつのルーズなのは、癖じゃないっす。人がだめなんすよ」
「対人恐怖症?」
「もろ、です」
「ええー? それなのになんでメジャーと契約?」
「トシが博打を打ったんです。やってみて、なんだこんなもんかと思えれば次のステップに行けるって」
あーあ。くっそ腹立つ女だったけど、そういう背景があれば別だ。浜草さんより、むしろキャパの小さい彼女を無理やり大舞台に引っ張り出しちゃった田手さんの罪の方が大きい。でも、それだって田手さんの成功願望が強いからじゃないと思う。薄暗いところに引っ込んでないで、もっと明るいところでのびのび歌おうよ。そういうポジティブな動機だろう。だけど、悲しいくらいお互いの想いが噛み合ってない。
「はあ、そういうことだったのかあ」
今回浜草さんに目一杯振り回されて強い恨みの感情を抱えちゃった串田さんまで、あーあっていう顔をしてる。店長が皿からがばっとピザを取って、豪快に口の中に放り込んだ。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ。だから二重、三重に保険を掛けたんだ」
「てか、店長。それ知ってて」
「しゃあないさ」
わたしの抗議はあっさり却下された。
「ギャラを考えると、うちが出演交渉出来るのは駆け出しの人たちだけだよ。でも正式興行なら社名が出るから、俺らの勝手には出来ないんだ。社を介して誰か紹介してもらうしかないし、社の方から彼らをお願いって推されたら俺は断れないよ」
そうかあ。店長の一存じゃなかったんだな。
「でも芸プロだって売る気のない人は紹介しないさ。CP4をプッシュするつもりだったから、俺らに推したんだ」
店長が、まだ足りないとばかりにピザを口に押し込んだ。
「佐竹さんにも言ったろ? 誰にでもチャンスはあるし、チャンスを活かせるかどうかは蓋を開けてみるまで分かんない。それだけだよ」
チャンスか。CP4にだけってことじゃないね。本当は歌えるのに、歌えないって自分で自分を縛り付けてたわたしにも、か。店長は、いつか呪縛を解くチャンスが来るって考えてくれてたんだろう。いきなり代役を振ったんじゃなく、周到に準備してたんだ。スコアのコピー取ったことも、サンタ衣装も千賀さんのダンスも、準備のうち。
そして、チャンスは千賀さんにも用意されていた。千賀さんを引き込んだのは、わたしの心理的負担を減らすためだけじゃないね。キャパの大きいステージでの経験を積み増しする。サポに回った時の歌い方を考えさせる。アドリブの重要性を体感させる。千賀さんの訓練を兼ねてたんだ。それだけじゃない。専門教育を受けたわたしと組ませることで、読譜や曲解釈の重要性、ハモりやアドリブの入れ方をそれとなく教え込めるってことか。
店長ってば本当に抜け目ない。どこまでも冷静でしたたかだ。もっくん以上の超大物じゃん。こりゃあ、逆立ちしてもかなわないわ。とほほ。
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