第四話 フラッシュバック
そして、迎えた日曜日。集合場所のベルエア大スタは大入りだった。店長を筆頭に、スタッフは全員揃っている。
当日会場のエバホールはぎっしり予約が埋まっていて、会場でのリハが出来ない。今日ベルエアでやる二回目のリハが最終リハになるんだ。それなのに、ベルエア大スタの中はしーんと静まり返り、ついでに恐ろしく殺気立っていた。
店長も含めてうちのスタッフが全員勢ぞろいしているのに、前回と同じでボーカルの浜草さんだけがまだ来ていない。CP4バンマスの
迷惑を被るのは、わたしたちだけじゃないんだよ! 大スタは、わたしたちのリハの後にもぎっしり予約が入ってるの。それを仕切らないとならないベルエアのナベさんにも、すっごい迷惑をかけちゃう!
案の定、温厚さでは串田さんに引けを取らないナベさんが、額に青筋を立ててる。そりゃそうだよ。わたしなら速攻殴り倒すわ。何がクロスパッション、交差する情熱よ! 看板倒れのくそったれがっ!
でもぱりっぱりに乾いてる店長は、この時もさばけてた。おろおろしているCP4の三人に向かってつらっと言った。
「浜草さん待ってると時間が無駄になっちゃうから、抜きでリハやろう」
へっ? びっくりしたのはわたしや他のスタッフだけじゃない。CP4の三人も、おったまげてた。
「いや、ハマ抜きじゃ」
「田手さん、フルスコアあるんでしょ?」
「ありますけど」
「それ、ちょっと貸して」
自分たちのオリジナルスコアを渡すことには抵抗があったんだろう。でも、続けてリハに穴を空けてる浜草さんのことが負い目になって、断れない。田手さんが、店長に渋々楽譜を渡した。それを受け取った店長がさっと姿を消したと思ったら、五分もしないうちにコピーをいくつか取って戻ってきた。
いや、店長! スコアあったって看板抜きじゃリハにならんでしょう? 呆れてたのはわたしだけじゃなかったと思う。でも、まだほかほかのスコアを手早く束ねた店長は、マイクと楽器のセッティングでスタジオの中を走り回っていた音響助手の女の子に声を掛けた。
「ええと、
ああっ! そっかあっ! その手があったかあ!
そもそも今日も前回の時も、ベルエアの大スタはわたしの知り合いのタカが年末ジャムのリハ用に予約を入れてたんだ。わたしは、それを横取りする形になってる。タカがリハの日程を動かしたから、ジャムに参加する予定のボーカルの千賀さんとベースのりんちゃんの予定が急に空いちゃった。
二人とも進路は専門学校だから、高三女子って言っても受験の切迫感がない。でも、遊んでてもしょうがないってナベさんの手伝いをしてたんだ。CP4の音は、ハードロック好きの千賀さんやりんちゃんの好みじゃないと思うけど、セミプロの演奏なら絶対聞いといた方がいいぞってタカにそそのかされたんだろう。二人とも、もう高校卒業後のことが射程に入ってる。ボーカリスト志望の千賀さんも音響技師志望のりんちゃんも、卒業後にあるのは夢じゃない。現実だ。その二人が、こんな絶好の機会を逃すはずないもんね。
店長のいきなりの無茶振りにきょとんとしてた千賀さんだったけど、ビッグチャンス到来とばかり舌なめずりしながら大きく頷いた。
「はいっ! 喜んで!」
ったく。アマの千賀さんの方が、よっぽどプロ根性あるよ! ぶりぶり怒っていたわたしに向かって、店長がいきなり予想外の砲弾をぶっ放した。
「佐竹さんもサポに入って」
さっき店長がコピーして来たスコアを押し付けられて、頭の中が真っ白になってしまう。
げーっ! うっそお? ちょ、ちょっと。わたしは歌えないよう! 店長ってば、それ分かってるじゃん! 採用面接の時にあれっほど説明したじゃん! な、なんでよう?
きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるっ。
いやあな軋み音と共に。わたしの脳裏で、二度と思い出したくない日々が巻き戻されて再生モードに入った。もう忘れてしまいたいのに、いつまで経っても消えてくれない真っ黒な通奏低音。そのエンドレス再生が……また始まった。
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