第二話 店長の提案

 営業時間終了後、レジ前に集められた店員のわたしたちは店長からの意外な報告を聞くことになった。個人的に声掛けして回ったってことは急な話なんだろう。

 わたし個人にってことじゃなくてスタッフ全員への話だったから、すごーくほっとする。叱られるようなへまはしてないと思うけど、それでも気になるからね。


 店長が、どうにも困ったという表情で話を切り出した。


「ええと、うちで毎年やってるクリスマスコンサート。エバホールの小さい方を借りて、音楽教室の生徒さんたちに楽しんでもらってたんですが、ちょっと厳しくなりました」


 えええっ? わたしだけでなくて、スタッフ全員が驚きの声を上げた。


「ホールのレンタル料が急に大幅値上げになってね。人気のあるところだから、設定を高くしてもいけるって判断なんでしょ。予約取ってからの値上げアナウンスはえげつないと思うけど、手付け打って契約してたわけじゃないから文句は言えない」

「それにしたって、ひどくないですか?」


 スタッフの一人が噛み付いたけど、店長マターじゃないからなあ。


「うちは利用者の一つにすぎない。いやなら他あたってと言われるだけだよ。工夫してなんとかするしかないでしょ」


 店長が、わたしたちに向けて試算表を掲げた。真っ赤っか、だ。


「出演者の生徒さんには、今でもかなり高額の登録料を負担してもらってます。それが倍以上になるんじゃ、どうやり繰りしてもこれまで通りの開催は無理です。とんとんで出来るならともかく、うちが大赤字になっちゃうからね」


 それは困る。赤字は即わたしたちの給料にバウンドしちゃう。スタッフの反発が困惑に変わったのを確かめてから、店長が話を進めた。


「うちのクリコンは、鑑賞じゃなくて生徒さんの演奏披露が主目的です。年に一度の晴れ舞台を楽しみにしてる生徒さんが多いので、中止という選択肢はありません。でも、手頃なホールは年末はどこも予約でいっぱい。これから他を押さえるのは難しいし。いろいろ考えてみたんですが、二部構成にしてプロを呼び、そっちで入場料を確保する方法を試してみることにしました」


 おおっ! それは一気に踏み込んだなあ。


「今まで通りの生徒さん主役のコンサートを第一部。第二部でプロの演奏を聞いてもらうことにして、第二部はチケットをおおやけに売ります」


 おっと、確認しておこう。


「店長!」

「なに? 佐竹さん」

「プロ呼ぶのはいいけど、ギャラは大丈夫なんですかー?」

「有名どころは無理さ。そんなのはとっても呼べないよ」


 なるほど。新人のプロモーションを兼ねて、その分出演料を安くあげようってことか。


「リピカプロから売り出し中の四人組アコースティックユニット、クロスパッションフォー、通称CP4シーピーフォーを招待することにしました。フルコンじゃなくて、ショーケースライブ。演奏時間は四十分くらい」


 へー。リピカなら大手じゃん。でも、知らんなー。出たばっかならそんなもんか。


「女性ボーカルとアコギ、パーカス、管楽器という編成で、売りはボーカル浜草みわさんのクリスタルボイス。本当に素晴らしい声です。これまで小さなライブハウス中心に活動をしてきたバンドなんで、ホールコンサートはこれが初めてになります。だからフルコンにはしません。まあ、慣らしってとこだね」


 ベース、鍵盤系抜きかあ。地味だなあ。アコ系なら、よほどはっきりした個性がないとホールじゃ音が薄くなってきついと思う。彼らにとってはチャレンジなんだろなあ。


「うちで宣伝を打ちます。プロモートするってことですね。その費用との相殺になるので、出演料はぎりぎりまで抑えてます」


 やっぱりな。問題は入場料の設定だ。


「店長、お客さんからいくら取るんですか?」

「五千円」

「出たばっかの新人に、五千円出して聞きに来る人がいるんですか?」


 ずけずけと聞いたわたしに、店長が平然と答えた。


「一部に出る生徒さんには、原則として二部のチケットを買っていただきます。自分たちだけで全部借り切れば登録料が倍以上になるって説明すれば、プロ演奏が聞けて元が取れるからいいかって思ってもらえます」


 そっか、なるほどー。やるなあ。


「一部の演奏を聞きに来られる出演者の家族さんにも、生徒さんを通してチケットをさばいてもらいます。あとCP4にはコアなファンが結構いるので、公開でやればチケットはだいたいはけると思います」


 店長が、手にしていた予定表をがさがさ広げた。それからぐるっとわたしたちを見回して、なにげに発破をかけた。


「当日は、一部終了のあと一度会場を空にします。お客さんに再入場してもらう際に、二部のチケットをチェックする形にします。みなさんには、当日のチケット管理とお客さんの誘導、会場とステージのセッティング、MCを割り振りますので、よろしくご協力ください。実際のところ、ポスターやネットでのアピールくらいじゃ立ち見が出るほどの集客にはなりませんが、この方式がうまく行けば来年以降も同じ方法を使えます。まあ、一回やってみましょう」


 さばっとそう言って解散にした。店長も動じないっていうか、物事を深刻に考えないんだよなあ。ウラヤマシイ。

 わたしは、正直フクザツだ。アマチュアの学芸会ならのんびりゆったり見てられるけど、かつて自分が目指したプロの世界を目の前で展開されるのはどうにもしんどい。インストならともかく、売りが女性ボーカルって言うのはなあ。もろに自分とかぶるじゃんかよー。うー。


 でも、今のわたしは楽器店のしがない店員だ。しんどいからやりたくないって、私情ぶちまかすわけにはいかない。なんとかこなすしかないよね。いや実際のところ、大学中退のぷー太郎がゲットした職としては破格の好条件だと思うもん。

 大手楽器メーカーの系列店でそこそこ規模があるから、潰れる心配はしなくていい。給料はちょぼちょぼだけど、試用期間が終わったらパートじゃなくて正社員で採用してくれた。経験があったから仕事はさくさくこなせるし、スタッフもみんなフランクな人ばかりでやりやすい。


 何と言ってもあらふぉの店長のさばけた姿勢がとてもありがたかった。ミスや細かいことをがちゃがちゃ言わないおおらかな人。でもわたしたちの仕事ぶりはしっかりチェックしていて、的確にアドバイスや警告を出してくれる。ちょい乾き過ぎのところはあるけど、すぐ感情に走られるよりはずーっといい。


 ぶつくさ不平不満を言うより、恵まれていることに感謝してこなしていかないと。うん。分かってる。分かってるんだけどさ。それでも、しんどいんだよね。まだ。


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