第5話 呪いのビデオ
高校三年生で僕の部活動における先輩である宵闇黄昏さん。
彼女は突然突拍子も無いことを言い出すことに定評がある。
今日も今日とて僕を部室に呼び出すと、突然自らのカバンから大量のブルーレイディスクを取り出し、満面の笑みで宣言した。
「竜胆くん。一緒にビデオを見ようじゃあないか」
「ビデオ……ああ、ブルーレイですか。何借りてきたんですか珍しい」
「いちいち訂正するとは細かい奴だなぁ。まぁいい、ほうら、これだ!」
黄昏先輩が映画を見るなんてあんまり雰囲気とは違うが、人の趣味はそれぞれだ。
それにいつもみたいに訳の分からない曰くつきの小物を見せつけられるよりはよっぽど良い。
プレイヤーのコードを手際よく部室のブラウン管テレビに繋いだ彼女は、満足気に額の汗を拭うしぐさをすると早速とばかりにブルーレイを突っ込み、リモコンの再生ボタンを押下する。
ご機嫌の彼女がわざわざ部室のゴミ山からプレイヤーを取り出して再生した作品は、B級臭がこれでもかとする陳腐という表現がぴったりなものだった。
「本当にあった恐怖映像集? ――実録凶悪心霊特集! 貴方は今宵本物の恐怖に出会う……なんですかこれ?」
「怖いビデオだ――おっと、怖いブルーレイディスクだ」
よくある心霊特集の映像作品だ。視聴者から寄せられた恐怖映像をまとめ、説明を加えたいかにも低予算で作られたであろう作品。
流れ出た映像はおどろおどろしいもので、バックミュージックも相まっていかにも怖がらせようと雰囲気を出している。
ともあれ、雰囲気はあるものの実際に怖さを感じるかどうかと言われると首を傾げてしまうのがこの種の作品の定番だ。
「またミーハーなもの借りてきましたね。というかこれって作り物でしょう? 面白いんですか?」
「面白いぞ。凄く面白い。ただ一人で見るのは多少つまらないから君を誘ったんだ。どうせ暇だろう?」
「否定出来ないのが悔しいですが……いいでしょう」
まぁ黄昏先輩と一緒にいられる口実ができたと思えばそう悪くはないか……。
陳腐な心霊映像にいちいち歓喜の声をあげる黄昏さんをチラチラと横目で窺いながら、そんな感想を抱く。
「おお!」
「これはヤバイぞ!」
「見ろ、竜胆くん。実に衝撃的だ!」
映像は陳腐、演出は低レベル、肝心の幽霊は――ひと目で作り物と見抜ける程だ。
暇つぶしと黄昏先輩目的で視聴を始めたとは言え、流石にここまで興味を惹かれない内容だと僕もだんだんと退屈を持て余してしまう。
黄昏先輩はこんな作品のどこが面白いのだろうか? ふとそんなことを考えていると視線を感じる。
先程までニコニコと心霊映像を楽しんでいた先輩は、何故か僕の方をじぃっと見つめていた。
「――なんだ、実につまらなさそうだな。退屈がうつってきそうだ。ほら、これとか最強に怖いぞ、危険ランクSクラスだぞ?」
「なんですかその危険度Sランクって……。ってか黄昏先輩、こういうの真っ向から否定する人だと思っていましたよ」
「むしろ私は心霊現象を信じている方だよ」
「じゃなくって、これが作り物だって言ってるんですよ。こんなのあからさま過ぎて本物だとしても全然怖くはないです」
「むぅ……。なんだ君は、純粋に物事を信じるという気持ちを忘れた悲しき現代人か? そんなことばかり言ってるとつまらない人間になるぞ? ほら、これなんていい感じに雰囲気出てて怖いじゃないか!」
手を大きく広げてわざとらしくアピールする先輩。若干鬱陶しいその態度に辟易しながらも、彼女の機嫌を損ねないためにテレビに映った映像へと視線を移す。
スッと、何故か唐突に肌寒さを感じた。
現在流れている映像は深夜の山道を映したものだ。バックからはおそらく大学生であろう男女の騒ぐ声が流れてきている。
肝試しでもしているのだろうか? 特別なにもない映像だが、どうやら同行者がふざけて撮影者を押したりしたようで、画面が急に揺れて林立する樹木の奥へと向く。
瞬間――明らかにおかしい何かが写った。
黒くて、輪郭がぼやけた。人のような何かだ。
映像は唐突に終わってしまった。
「まぁ確かにこれは少し怖いですね。なんだか他にはない不気味さがあります。けど黄昏先輩、ここ、止めて下さい。あった、これだ」
「ん? ――ほら、止めてやったぞ。これでいいのかい?」
だがそれだけだ。一瞬、ほんの一瞬だけ感じた悪寒を隠しつつリモコンを持つ先輩へと巻き戻しと一時停止を願い出る。
止まった映像は確かに先ほど見たよく分からないものが映っている。
だが反面、それは明らかに周りの景色に比べて浮いていた。
「これ、見てください。ここの画像です。明らかに切れている。それに色合いもおかしいしスローで再生すると明らかにカメラの手ブレに幽霊がついてきていない。作り物ですよ」
ふむふむと何故か僕の言葉に真剣な様子で聞き入る先輩へと説明する。
大抵の心霊現象映像は実は編集が甘い。よってこのように一時停止したりスローにしたりすると粗が見えてしまう。
あとは無駄に手ブレが激しくフェードインやフェードアウトしたり、一瞬だけ映ったり。
とにかく勢いをつけてごまかそうとしてくる。
稚拙な技術で、人を騙そうという気持ちが微塵も見られないが、別にこのような作品を見る側も本物とは思っていないので問題ないのだろう。
そう、全ては偽物だ。見る人も偽物と知りながら、雰囲気を楽しんでいるんだ。
「――ってな感じで、この映像も偽物なんですよ」
確かに先ほどの映像は不気味だったがそれまでだ。
僕はなぜかこの映像を否定することに躍起になり、黄昏先輩を否定するかのように言葉を続ける。
その言葉が素直に映像を楽しむ彼女の機嫌を損ねてしまうものだと不意に思いだし、慌てて自らの口を閉じる。
だが時はすでに遅し、吐いた言葉は戻せない。
しまった、僕はなんてことをしてしまったんだ。これは面倒くさくなるぞ。
「ふーん、なるほどねぇ。確かにそうかもねぇ」
「……? どうしたんですか? やけに嬉しそうですね」
憮然とした表情を予測した。
だが、僕の考えとは裏腹に、黄昏先輩の表情は本日一番楽しそうなものだった。
つつと、首筋を冷や汗が流れる。
彼女がこのような笑顔を見せる場面を僕は知っていたから……。
それは僕にとって、何か非常に面倒な事実を突きつけられる時だ。
「巷にあふれる心霊現象のビデオには、一つだけ知られていない役割がある――」
居住まいを正し僕へと向き直る先輩。
その表情の種明かしをする奇術師のようで、同時に審判を下す裁判長のようにも見えた。僕に聞かぬ選択肢は与えられていない。
「これらはね、供養なんだ。この情報社会だからこそできるね」
「供養? どういう意味ですか?」
供養といえば、イメージできるのは読経するお坊さんだ。
ありがたいお経を読み、死者が黄泉路の途中で迷わぬよう支え、尽くす。
供養という言葉とこの陳腐なビデオが繋がるとはどうにも思えない。
「時折さ、撮れるんだよ。誰にもどうしようもない本物の心霊ビデオが。明らかに凶悪で、手の施しようがなくて、見るだけで危険。そんなビデオがさ……」
ゴクリと息を呑む。
黄昏先輩は「映画であったろ? 呪いのビデオ、再生すると髪の長い女がぐわ~って出てくるさ」などと、昔流行ったテレビから這い出てくる幽霊の真似をしながら、おどろおどろしくふざけながら語る。
「どうしようもないけど、どうにかしないといけない。放置していては誰にどんな影響があるかわからない。そんなビデオが実在するんだ」
再度、息を呑んだ。
何故か先ほどの映像が頭のなかで繰り返され、背筋を何かが這うような気持ち悪さがこみ上げてくる。
「だから本物の呪いを、偽物にするんだ」
先輩は、ぐいっとこちらに顔を近づけてそう言った。
「わざと微妙に修正をかけて、作り物のようにみせかけてね。沢山の偽物の中に埋没させて、他の偽物と同じく陳腐な作り物だと思わせて。多くの人びとの思いで呪いを薄めていく」
どくんどくんと心臓が高鳴り、消し去ろう消し去ろうとしてもあの映像が流れては消えていく。
得体のしれない、肝試し中の大学生が遭遇した何かが……。
「私が今日借りてきたビデオは、そんなどうしようもない映像が紛れ込んでいる、偽物として作られた本物の呪われたビデオなのさ」
ニヤリと不気味に嗤う先輩。
彼女はゆっくりとリモコンに手を伸ばすと、巻き戻しのボタンを押す。
キュルキュルと逆回しになる映像が流れ……。
「さっきのこれ、ほらこれ。大学生が遭遇した、見たら絶対呪われているという映像。スタッフが何人も死んだり怪我をしたりという、不気味な得体のしれない存在が映った一場面。その道で有名な高名なお坊さんが血相を変えて匙を投げたっていう作品。……実に鋭いなぁ、竜胆くん」
やがて僕の頭にこびりついたあの場面で止まり……。
「――大当たりだよ」
ニヤニヤと楽しそうに映像を見続ける先輩とは裏腹に、僕は何か知ってはならない事実を知ってしまったかのような焦りを覚える。
黄昏先輩の通学カバンには、まだまだ大量のブルーレイディスクが顔を覗かせていた。
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