第2章 災厄の巫女 3

 サウスの街の朝は、活気に満ちていた。

 朝まだきの大通りには、店の準備をする者、これから仕事へ出かける者、鎧を纏った恐らく闘魔種だろうと思える者が大勢いた。爽やかな空気に、サウスは包まれていた。

 リオンは、魔都フェリオスへ向かうため早起きして家を出た。服装は、戦闘用の強化衣インナーに鞣した革の胸当てに小手、ブーツといった格好だった。プレートアーマーに憧れていたリオンだったが、まだ手を出すには財政的に厳しかった。それに、自分がそのような大層な格好をするのは、気恥ずかしかった。

 腰には、フィリスから渡されたダマスカス鋼製の幅広の剣ブロードソードを佩いている。リオンが持っていた通常の鋼で作られた長剣とは、格が違った。以前のものは、闘魔種となったリオンの力で魔物に斬り付けて折れてしまった。だが、この幅広の剣ブロードソードはそのようなことはなく、魔物の硬い体皮を易々と切り裂いた。目利きでないリオンでもそれと分かるような、業物だった。これを買うには、リオンの全財産をはたいても全く足りない。

 リオンは、サウス北門を出た。まっすぐフェリオスへと続く道を歩いて行く。今日は、快晴だった。東の空から、陽はもう大分昇っている。春先で季候がいい。こんな日に、草原でピクニックでもすれば気持ちがいいだろうなと、リオンはふと思った。フィリスを連れて行けば、喜ぶだろうか、と。人目に付かないといった条件をクリアした貸家を見付けることができて、ひとまずフィリスの安全は確保されている。が、ずっと屋内にいるのは辛いだろう。

 最近分かってきたことだが、フィリスは決してリオンにまだ打ち解けているわけではなかった。ときおり、思い詰めたような顔をしていることがある。きっと、闇墜ちした元契約闘魔種のことを考えているに、違いなかった。リオンは、少々歯がゆい。ずけずけと、フィリスに尋ねることは憚られた。

「僕が探すって、フィリスに言ってみようか」

 そうリオンは、独りごちた。

 そろそろ、フィリスが抱える問題に踏み込んでもいいのでは、と。

 あれこれ考えているうちに、フェリオス南門に到着した。眼前に、大城塞のような市門が構えていた。監視塔が右側に見える。

 フィリスと出会った夜を除けば、リオンは今日で魔物を討伐に来るのは四日目だ。初日、ゴブリンを中心に魔物を狩りお金を得、今の装備を揃えた。

 リオンたちが拠点としているサウスのように、魔都フェリオス近くの都市が別にもある。抗魔四都市と呼ばれている。イースト、ウェスト、サウス、ノースの四つの都市だ。魔都フェリオスの東西南北に位置し、方位からそう名付けられた。

 この四つの都市は、ロクサーヌ王国内にありながらも、施政権は王国にはない。次元秩序崩壊以降設立された大陸会議が権限を有している。エヌキア大陸の国々の投資によって作られた大都市だ。魔都フェリオスをぐるりと囲むように作られていることでも分かるとおり、魔物の流出を防ぐための都市でもある。

 大陸会議が行われるのは、王都ロクスだ。エヌキア大陸中の代表が訪れる。首座をつとめるのは、ロクサーヌ王国ではなく大陸で一、二を争う大国であるエリオット帝国だ。次元秩序崩壊を解決するための会合を会議では行う。大陸会議自体、国々の枠を越えた組織として存在していた。

 リオンは、市門をくぐった。

 離れた場所に、また市壁がある。直径三〇ルーニア以上ある魔都フェリオスは、一五層からなる市壁に囲まれている。中心地の一五層には、〝魔神〟が住むと言われている城が聳え立っていた。リオンたち闘魔種は、その市壁一つ一つを攻略していき、〝魔神〟を討滅することを目的としている。この魔の都をこの世から消し去り、次元秩序崩壊を終わらせることを。

 現在攻略されているのは一一層までだ。殺害された英雄ロクサーヌ王国王太子ベルトナン・デューク・ロクサーヌが攻略したばかりだ。攻略されている層域にも、ランダムに出現する小ゲートから魔物はやって来る。出現する小ゲートは、魔物の序列と呼応しているらしく、奥の層域になるほど魔物は強くなる。一層に出てくるのは、低級な魔物だ。

 リオンの視界の端を、白いものが走った。

「早速……アングルラビットか?」

 リオンは、身構えた。

 腰に佩いた短めの幅広の剣ブロードソードに手をやり、慎重に辺りを見回す。

 タタタタタっと、駆ける足音が聞こえてくる。

「そこ!」

 足音が止まった場所で、リオンは幅広の剣ブロードソードを抜剣。

 一閃させる。

「ギャワッ――」

 鳴き声が、一つ上がる。

 リオンの幅広の剣ブロードソードは、角を生やしたウサギのような姿のアングルラビットの喉元を、見事に切り裂いた。

 格好こそは、文字通りウサギのように可愛いが、角に突き刺されれば命を落としかねない。

 またも、タタタタタという足音。

 もう一匹いるらしかった。

 落ち着き、リオンは幅広の剣ブロードソードを構える。

 視界に白いものが家屋と家屋の間を掠める。リオンは地を蹴った。人間離れした跳躍力で、路地裏の前に着地。

「キシャアアアアアアア」

 外見に似ず鋭く獰猛な叫びを上げつつ、アングルラビットが角を突き出しリオンに飛びかかってきた。

 思わぬ攻撃に、一瞬リオンはひやりとする。

 が、幅広の剣ブロードソードで角を跳ね上げた。

 勢いがついていたアングルラビットは、リオンを通り越す。

 透かさずリオンは振り返りつつ、幅広の剣ブロードソードで斬り付けた。

 切り裂かれたアングルラビットは、一度痙攣すると身体を淡い光に包まれ霧散し消失した。

 魔物は死ぬと、屍を残すことがない。

 存在が消えるのだ。

 あっさりと仕留めたリオンの剣の腕は、見事と言えた。

 小さな頃両親を魔物に殺されたリオンは、闘魔種となり魔物から人々を守り次元秩序崩壊を解決することを切望していた。師匠と仰ぐ人物から、剣や徒手格闘の手ほどきを受けた。基礎的な戦闘技術は身に付いている。それでも、一層に出てくる魔物相手にひやりとする場面が多々あった。訓練と実戦とはやはり違うと、リオンは思った。

 闘魔種となったからこそ、人間を越える身体能力で魔物と戦えている。フィリスと出会ったとき、ゴブリン一匹に全く敵わなかった。

 リオンは、この三日間一層で魔物を狩った。一通り一層の魔物を狩ったら、次の層に進もうと考えている。尤も、リオンの闘魔種としてのランクが上がらなければ、難しい。

 今のリオンの闘魔種ランクは、最低のNだ。層ごとに魔物の強さが増す魔都フェリオスで、層の数字と闘魔種のランクは比例している。Nは一層目。順々にアルファベットは若くなっていき、一四層でAランク。一五層でSランクといった具合だ。

 リオンは、周囲を見回し魔物がいないことを確認すると、腰に吊したガラス瓶を外し目の前に持ってきた。底の方に、紫色の粒子が溜まっている。今倒したアングルラビットから抽出された魔の欠片ダークフォトンだ。魔都フェリオスで魔物から得られる、基本的な収入源となる粒子だ。

 魔物を倒すごとに、今リオンが手にしているフォトンポットへ自動的に抽出される。闘魔種会館で後払いで購入したものだ。これがないことには、安定した収入を得ることができない。魔物を倒したとき、アイテムなどをドロップすることもあるが確実ではない。

 魔の欠片ダークフォトンは、それなりの金額で闘魔種会館などで買い取ってくれる。明かりや熱源、または航空艦などの推進力として使われる燐火粒なども、魔の欠片ダークフォトンから作られる。リオンが手にしている幅広の剣ブロードソードに使用されているダマスカス鋼などもそうだ。現在の人間にとって、なくてはならないものになっていて、需要が非常に高い。

 フォトンポットは、妖精族が作るマジックストレージで魔の欠片ダークフォトンを保存することができる。魔物が消失するとき発散されるそれを自動的に抽出する。ガラス瓶のような形をしていて、とても高価だ。リオンが持っているフォトンポットは、程度が低い方で保存量は弱い魔物を一日倒すと八分目以上になる。今はまだいいが、二層に入る頃には、買い換えないといけない。

 リオンは、フォトンポットを腰に戻す。

 ゴブリンが、群れて移動するのが見えた。

 今日も、リオンの狩りが始まった。

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