第2章 災厄の巫女 2
ホール内は、さざ波のような喧噪が満ちていた。
値が張りそうな鎧や
「強そうな人たちが一杯で、何だか怖いです」
フードの奥から金色の瞳を覗かせつつ、フィリスはリオンを見上げた。購入した、青みがかったフード付きローブに身を包まれるフィリスは、ぱっと見修道女のようで似合っていた。
フィリスの言葉は、リオンの気持ちを代弁していた。正直、リオンも怖く感じている。ここにいる者たちは、人間を越えた身体能力を有する闘魔種たちだ。リオンも闘魔種になったとはいえ、まだまだ駆け出しだ。ここにいる誰か一人と戦闘になったら、勝てる気がしない。そうリオンに思わせてしまう雰囲気を皆纏っていた。
「は、ははは――は」
リオンは、笑おうとして顔が引き攣るのを感じた。
自分も同じ闘魔種であるのに、フィリスの前でみっともない態度を見せてしまったと、リオンが落ち込みそうになっているとき、「次の方」と呼びかける声が聞こえた。そちらを見遣ると、前に並んでいた闘魔種が帰って行くところだった。
「行こう。僕らの番だ」
「はい」
リオンは、受付へと歩いて行く。
受付には、何人もの受付嬢が座って闘魔種やギルドの者に応対していた。
「ご用件は、何でしょう」
受付に座る女性が、尋ねてきた。
鋭さを宿した美人顔に、座っていても分かる十全な起伏を有した全身は匂い立つような色香を感じさせた。くすんだ金髪を結った知的な雰囲気を持つ女性だった。その女性が、一瞬、リオンを探るような目で見た。リオンの風体を、訝しんだのだろう。
「あ、あの、闘魔種の登録を」
年上の女性の魅力に当てられながら、まごつきリオンは答える。
「でしたら、この用紙に記入をしてください」
美人の受付嬢は、一枚の洋紙と羽ペンとインクを差し出した。
リオンは、それに必要な事柄を記入していく。住所蘭でペンが止まった。
「あの、住むところはこれから探すところなんです」
「でしたら、無記入で。住所が決まったら、またお越しください」
リオンの問いに、あっさり受付の女性は答えた。
グランターの姓名を記入する蘭があった。フィリス・ルノアとリオンは羽ペンを走らせる。
「フィリス?」
受付嬢から、疑問の呟きが漏れる。
「はい?」
リオンは、手を止めて受付嬢を見遣った。
「何でもありません」
受付嬢は、すぐさまそう返事をした。だが、彼女はリオンを見ていなかった。背後でフードを目深に被り顔を隠すフィリスを、じっと見詰めていた。
リオンは、その様子に洋紙へさっさと記入を済ませる。
自分の契約するグランターの名前を、目の前の女性に知られてしまっている。警戒感が、リオンに湧き上がる。フィリスは、不名誉なグランターとして知れ渡っていた。王太子殺しをした、闇墜ちした元闘魔種の契約者。
よけいな波風が立たぬうちにとっととここから立ち去るべきだと、リオンは目の前の受付嬢の様子で感じた。
「フォトンポットを後払いで購入したいとありますが、それだけで構いませんか? 装備も用意できますが」
ちらちらフィリスの方を見ながら、受付嬢は問いかけてくる。自分の身なりのことを言っているのかと、チクチクと羞恥心をリオンは刺激される。が、借金を必要以上する気がなかったのと、ここからすぐに離れたかった。女性のフィリスを見る視線が、リオンは気になった。
「取り敢えず、それだけで構いません」
「分かりました」
一度、受付嬢は席から離れると、ガラス瓶のようなものをリオンの前に置いた。それを、リオンは下げていた鞄にしまう。
そのあと、よけいなことを喋らず闘魔種の登録を、リオンは済ませた。
「住む場所を探さないと」
リオンは、すぐにしなければならないことに、考えをめぐらす。
背後には、黒に金色をあしらった闘魔種会館の大きな建物があった。リオンとフィリスは、会館を出たところだった。
「済みません」
フィリスは、申し訳なさそうに謝り、
「わたしのせいで、リオンが拠点にしていた宿屋は追い出されてしまいました」
しゅんとうなだれる。
「気にすることはないよ。ずっと、宿屋に泊まっているわけにはいかなかったし。闘魔種をやっていくんなら、ちゃんとした自分たちの住む場所を探さないと」
できるだけ元気に、リオンは振る舞う。
宿屋での一件、先ほど闘魔種会館で受付の女性が見せた態度。フィリスは、かなり切迫した状況にあるのではと、リオンは再認識させられた。王太子殺しをした元闘魔種と契約していたグランター。
殺害されたベルトナン王子が、七二年間攻略不可能だった一一層の市門を陥落させた英雄であることが、フィリスを追い詰めている。今朝の宿屋で罵る人々を思い出す。下手をすれば、フィリスに危害を加えかねない雰囲気があった。
フィリスの安全のために、リオンは人目に付かない場所を探したかった。
サウスは、賑わっている都市だ。そのような場所があるだろうかと、リオンは思った。
「少し歩いて探してみよう」
「はい」
リオンの言葉に、フィリスは小さく頷く。
昼を挟み、サウスの街を二人は歩き回った。
その甲斐あってか、丁度いい場所を見付けることができた。貸家で周囲に民家がない。市壁が一日中陽光を遮る立地であるためだ。その周辺は、ぽっかりと空いていた。リオンだけで家主に会いに行くと、店賃は後払いでもいいと言われた。誰も借り手がおらず、放置しておいたそうだ。
リオンは、その家を借りることにした。
「日当たりは悪いっていうより、全くないけど平気?」
「大丈夫です。いい家です」
洒落た木造の貸家を見て、フィリスは口元を綻ばせた。
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