第17話 手槍か細身の槍
「ちっ、のんびりしすぎたか。
ケイちゃん、ちょっと揺れる」
慌てた様に口早に叫ぶ大西。
景子はすぐに肯く。
以前の経験でしゃべると舌を噛んでしまう事があると解っているからだ。
すぐさま大西は緩やかな右旋回をしていたスカイハウンドを左の急旋回に切り替える。
「どうした、大西」
佐藤がすかさず聞いて来る。
更に右急旋回に切り替えながら大西が叫ぶ。
「ペガサスだ、ペガサスナイトだよ」
その返答に一時沈黙が落ちる。
その間にもスカイハウンドは急旋回を繰り返す。
「しかも反則だよ、これは。
手槍か細身の槍だろ、ペガサスナイトは。
弓なんか装備してんじゃねえよ」
大西の言葉に大声で突っ込む佐藤。
「そんな古いゲームネタ、ウチじゃ俺くらいだぞ、解るのは」
「解るんだマサくん」
思わず声が出た木綿子だった。
「でも、避ける必要あんの、弓でしょ。
スカイハウンドって防弾仕様だよね」
続けて疑問の声を上げる木綿子。
「ああ、チタン製外板に高分子量ポリエチレンのプレートを裏打ちしている。
30口径(7.65mm)以下ならストップできるな」
佐藤が説明する。
「じゃあ、避ける必要ないんじゃあない」
木綿子の言葉に佐藤が答える。
「ペガサスなんてモノがいる様な世界だぞ、油断できるか。
それに、ウチのシノさんの弓ならローンレンジャーの装甲すら貫くぞ。
試しに当るなんて分の悪い賭けにも程がある」
「えっ、あれそんなに物騒なしろものだったの」
木綿子が驚きの声を上げる。
「機装兵用に張力を市販のハンティングボウの4倍以上に強化している。
弦からして特殊な専用ワイヤーを用意した位だ。
見かけのみ普通のアーチェリー用のコンパウンドボウだけど実質は対装甲兵器だ。
大西が面白がってHE榴弾(対戦車榴弾)の鏃や通常榴弾の鏃も作ってたしな。
なんでも元グリーンベレーの英雄的兵士が活躍する映画で弓を使って無双していたのを見て作っちまったらしい」
佐藤の説明に更に大西が加える。
「タングステンカーバイト鋼製の通常の徹甲鏃もありますよ。
シノさん的にはこれが一番だそうです」
それに対し佐藤が言う。
「なんだよ、余裕が有りそうだな」
それに大西が答える。
「いいニュースと悪いニュースが有ります。
どっちから聞きます」
「ホント余裕が有りそうだな。
悪いニュースからだ、こういう場合」
大西の態度に佐藤がようやく落着いた感じで聞く。
「こいつらプロですね。
かなり錬度が高いです」
「いや、ペガサスなんかに乗ってんだ、プロの軍人なのは当然だろ」
「猟犬と狩人のフォーメーションを使ってきました。
きちんと役割分担をした上で編隊を組んで攻撃してきましたよ」
「馬鹿、最悪じゃねえか。
何を余裕ぶっこいてんだ」
思わず声を荒げる佐藤。
それに対し冷静に答える大西。
「そこでいいニュースです。
ペガサスも所詮馬だって事ですね。
最高速が維持出来ません。
見た感じ百キロ以上の最高速度が出せますけど、それを長時間維持出来ません。
十秒ちょっとで速度を落としてます。
そして攻撃を別の編隊に譲ってます。
そんな感じで波状攻撃を仕掛けて来てます」
「それで大丈夫なのか、そっちは」
声のトーンを戻した佐藤が聞いてくる。
「おかげで何とかかわせているんですが、いかんせん、4騎編隊が4つですからね。
包囲を突破できません。
しかも、スキルや魔法の様な攻撃も確認しました」
「くそっ、マジかよ。
どんなのだ」
「1つは矢が分裂しました。
1本の矢が10本位に飛行中に増えました。
『ソーズ・ファンタズム』のアローレインや『マギカ・クロニクル』のショット・アローみたいな感じでした。
もう1つは矢が爆発しました。
これはボムアローみたいな感じでしたね。
榴弾みたいに破片で殺傷する感じではなく、球状に炎が燃え広がる感じです。
ただ、術者が最初に設定した所で爆発する様で、大きくかわせていたので被害無しです。
VT信管みたいに出来るんであれば最悪のスキルになるんですがね」
『ソーズ・ファンタズム』や『マギカ・クロニクル』はファンタジー系のVRゲームである。
そのプレイヤースキルに攻撃を例えて説明する大西だった。
ちなみに、VT信管とは近接信管のことである。
信管とは起爆装置であり、近接信管とは対象に触れなくても近づいただけで起爆する信管である。
対空砲の砲弾に取り付けられたVT信管は、命中しなくても殺傷範囲に対象が入ったのをレーダで感知すると起爆する。
そしてその破片で対象を破壊するのである。
航空機の天敵の1つである。
「そんなわけでお互いに手詰まりですね。
逃げるにしても攻撃しないで逃げるのは難しいです。
まあ、このままの状態が続けばスタミナ切れで向こうの負けは見えていますが、こっちもキツイですね、精神的に」
いよいよ追い込まれた様であった。
そして、その時スカイハウンドとローンレンジャーの車内にメールの着信音がなり響いた。
普通にCMソングなんかを設定していた佐藤達に対し、大西の設定は往年の迷曲『金太の大冒険』だった。
微妙な空気に包まれた一行だった。
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