第15話 訓練されたメーデー民

「ローンレンジャー管制、スカイハウンド各部チェック完了。

離陸許可願います」


メインローターと推進用プロペラを空転させたスカイハウンドの中から大西が無線で交信する。


「スカイハウンド、クリアフォーテイクオフ。

って、何で日本語なの」


ローンレンジャーの車内のダイブシートにいる文香が思わず叫ぶ。


「いや、緊急時だし日本語でOKって感じかな」


あっさり答える大西。


「何よそれ。

サト君と大西がシツコク言うから管制用英語、がんばって覚えたのに。

ひどくない、それ」


ゲーム内の空気にこだわる処のある佐藤達の要望で、無線交信の一部は英語が使用されていた。

航空管制無線もチーム内では英語が基本だった。

レイドなどでは相手と相談だが、ミリオタ率の高いDATでは多くのプレイヤーが同様であった。

その為、ゲームの為だけに英語の管制用語を勉強させられた文香だった。

ちなみに他のメンバーはそれなりに英会話できるので特に勉強したりはしていない。

文香が特別英語が苦手なだけであった。


「ゲーム内ならこだわりを優先しますけど、現実の行動となれば安全第一ですよ。

単語の聞き違いや受け取りのミスで墜落した飛行機もあるんです。

訓練されたメーデー民なら当然の判断です。

フィクションじゃないんですから」


ちなみにメーデーとは海外のドキュメンタリー番組の名前である。

エアクラッシュという別タイトルで放映されている国もある。

現実にあった航空機事故を事故調査の結果を基に、再現ドラマや当事者の証言でまとめた番組で一部のオタクには根強い人気がある。

大西や佐藤も当然メーデー民であった。


「ケイちゃん、あんたの旦那がいじめるよー」


文香の発言に思わず答える景子。


「旦那じゃないでしょ、フミ姉ちゃん。

それに言っている事は正しいと思うよ」


「ひどい、友情より男をとるのね。

これだから女の友情ってのは。

カンちゃん、カンちゃんだけだよ、私には」


「フミ、一応私も男はいるんだが」


文香に小さく答える明美。

だが文香は続ける。


「カンちゃんは私を見捨て無いよね、無いよね」


明美はため息をつくと言った。


「あー、はいはい、見捨て無い、見捨て無いよ。

何年のつき合いだと思ってるのよ」


そう言ってダイブシートの文香の頭をなでる明美だった。


「HC(ヘッドコマンダー)より各員。

漫才はそれ位にしてくれ。

それからリア充のスカイハウンドはとっとと離陸して偵察でもデートでも行って来い」


佐藤が疲れた口調で場を纏める。


「色々ツッコミたいが了解。

スカイハウンド、離陸する」


大西は交信後、助手席の景子を見る。

小さく肯いたのを確認すると右手を天井にやる。

天井にあるメインローターのクラッチレバーをリリース側にする。

そしてサイドスティックをにぎると左手で握っていたスロットルと一体化したピッチレバーを引いてメインローターのピッチを上げた。

すぐに浮かび上がるスカイハウンド。

その急な浮遊感に助手席の景子から小さな悲鳴が上がる。

すかさず大西はスロットルの端に付いた推進用プロペラのピッチレバーを推進側に操作する。

負荷の増大で回転数の落ちたエンジンの音が小さくなるがすぐに徐々に大きくなる。

それにあわせ前進加速していく。

同時に高度も徐々に上がっていく。



今回の偵察は最も近いと地図データにあったケルシャー村へのものだ。

現在位置から街道に沿って約12キロ南下した場所にある。

逆方向に街道に沿って西にずれながら北上すると約5キロで自然国境であるメコナ川という川にぶつかる。

そこから先は隣国ブルームラント帝国となっている。

シモンこと下之園純也が転移されたのはこちらの方角だった。

地図データを更新された後、彼はメコナ川付近まで偵察していた。

ランドブラスターである彼の愛車はフェネックスという偵察車両だ。

かなり小型の軽装甲車両だが、運動性と偵察能力には定評のある車両である。

屋根から潜望鏡の様に伸ばせるセンサーマストに取り付けられたセンサーユニットが特徴で、下手をすればただ速いだけという偵察車両の多い中、ガチ中のガチな偵察能力を持つ車両であった。

軍用車にしては低い車高から走行安定性も高く、現実でも車好きの彼のお気に入りである。

その偵察行動により街道及び街道沿いに人影は無い。

メコナ川は橋の部分で川幅約20メートル。

橋は幅4メートルの木製。

シモンのフェネックスやシノこと篠崎裕也のフォックスハウンドはともかく、ローンレンジャーの重量では危険と思われた。

ただ、人影が無いのは朗報でもあった。

通常、航空機にとって最も危険なのは離陸と着陸時である。

離陸直後は一部の例外を除けば高度をすぐには上げられないし、下手な進路変更をすれば即墜落の危機でもある。

高度と速度を上げるまでの安全の確保が必要であった。

そう考えると、人のいない北に進路をとって高度と速度を確保。

その後に反転して村に進路をとれば良いと考えられた。



「ケイちゃん、そろそろメコナ川だ。

反転するから偵察ポッドの動作確認をお願い」


そう大西が言う。


「了解。

データリンクも開始してローンレンジャーに送信するね」


すぐに偵察ポッドのカメラやレーザー側遠機、地形レーダー等の機器の動作チェックに入る。

しかし、景子の手は何のスイッチも操作していない。

ネットランナーのスキルである。

ハーフダイブと呼ばれる状態で、意識の一部を機器に連結して思考で操作するのである。

これにより高レベルのネットランナーは複数の機器を指一本動かさず操作できる。

専用のダイブベットを使用したフルダイブなら更にその規模は増える。

景子と文香クラスだとAI搭載型ドローンだとフルダイブで8機まで同時操作できる。

スタート時に不遇でもネットランナーのプレイヤーがいるのはこの為である。

ネット環境の無い都市外環境であっても、サーバを用意しローカルなネット環境を用意できればその能力は絶大であった。

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