第14話 考えただけで震えがくるんだよ

スカイハウンドの後席をたたむとカーゴ用のフラット架台をセットする。

2+2の4人が定員のスカイハウンドの乗員スペースは、リッターカーや軽自動車と殆ど変わらない。

そして、エンジンが車体後部にある関係でトランクルームが存在しない。

代わりに後席後部にカーゴスペースが存在する。

ゴルフバッグ2つが並べて収まる程度のスペースであるが、手荷物の収容くらいは可能だ。

そして、積載貨物を増やす必要が出来た場合、後席を足元スペースに畳む事でフラットに近い空間を用意出来る。

とはいえ、厳密には座席固定用フックや収まりきれない座席の飛び出しがある。

その為、フラットにする専用の架台が用意されている。

空を飛ぶ以上貨物の固定は厳密に行われなければならない。

地上を走るだけの車では無いからには必要な事だった。

そう、スカイハウンドは空飛ぶ自動車として開発された機体だった。



ベースは2000年代にカーターアヴィエーションテクノロジー社が提唱したオートジャイロだ。

その使用モデルの1つとして空飛ぶ自動車としての民間利用があった。

格納庫のある自宅からジャンプ離陸で離陸。

目的地付近まで飛行。

オートローテーションによりヘリポートレベルの空間に着陸。

その後、自走にて移動して目的地に到着。

こういった流れでの民間利用をうたったのだ。

ちなみにジャンプ離陸とは、地上で揚力を生むメインロータをピッチ(翼の迎え角。これが大きい程抵抗が増すが揚力も増す)をゼロで高速で回し、その後クラッチを切って勢いだけで空転する状態にする。

その状態でメインローターのピッチを起こして飛び上がるというものだ。

動力を繋いだままだと浮いたとたんローターの反力で機体がスピンしてしまう。

それを防ぐ為ヘリコプターにはテールローターや逆回転する別のローターが存在する。

オートジャイロにはこれが無い為クラッチを切って惰性で揚力を生んで飛び上がる。

勿論そのままでは勢いを失って墜落してしまう。

すぐに加速して揚力を得なければならない。

そこがヘリコプターとの違いだ。

また、オートローテーションとはヘリコプターでも緊急時に行われる着陸方法だ。

クラッチを切ってメインロータを空転状態にする。

当然、回転速度が落ち揚力が弱くなる。

そうすると高度が落ちる。

その際、高度低下による下方からの風を受けてメインロータが回転を増す。

増した回転で揚力が発生して降下速度にブレーキがかかる。

これにより降下速度を一定に保てるのだ。

そうして垂直着陸に近い着陸が行えるのだ。

これによって、滑走路の要らない空飛ぶ車を現実にというのがカーターアヴィエーションテクノロジーのモデルであった。

それをDATのゲーム内で採用されたのがスカイハウンドだった。

冒険者にとって飛行場を利用しなければならない通常の飛行機は不便だ。

かと言ってヘリコプターも空以外の移動が迫られると放棄せざる得ない。

ガレージコマンドの使用できない危険地域でこうなると最悪だ。

その為スカイハウンドの様な機体は一定の需要がある。

ちなみに飛行機型の空飛ぶ車や二重反転ローターを採用した空飛ぶ車もDATでは存在し、使用しているプレイヤーも存在している。



流線型のボディに前1後ろ2の三輪の自動車がスカイハウンドだ。

天井の上には折りたたまれた4枚のメインロータがある。

そして、後部座席のドア後方、カーゴスペースの表に折りたたまれた補助翼がある。

展開すればその長さは2メートルになる。

その後方にエンジンと折りたたまれた推進用プロペラがある。

また、そのすぐ外側には垂直尾翼が左右1枚ずつ存在する。

今は車体後部側面にあるが飛行時には1.5メートル程後部にフレームが延びて車体から離れた位置に来る。

飛行状態になるとかなり大きくなる事になる。

いや、むしろ自動車として一般道を走れる様にコンパクトに畳まれていると言ったほうが正しいのだろう。



「ケイちゃん、フラットベースのセットが終わったよ。

ドローンのプラットフォームのセットにかかってくれる?」


大西が声をかけると傍らにいた景子が肯いて答える。


「わかった。

搭載まで10分もらえるかな」


「了解、じゃあその間に飛行用展開とフライト前点検にかかるよ。

補助翼の展開は後にした方が良いかな」


景子は少し考えて言った。


「プラットフォームのセットまでは待って欲しいかな。

ドローンの積み込みには問題無いから5分まって」


「了解。

じゃあ、セットが終わったら声かけて」


「うん、御願いね」


大西と景子はスカイハウンドの離陸の準備にかかっていた。

現状把握の一環として航空偵察を行う事にしたのだ。

この二人に決まるまで一悶着あった。

最初、佐藤は大西と高久に行かせるつもりだった。

操縦手の大西は当然だ。

一人で行かせるのも手だが、現地の状態によっては陸戦要員もいた方が選択肢が増える。

しかし、スカイハウンドの積載能力では武装の選択が限られる。

そこで、後部座席をカーゴルームにして武装を積み、一人だけ乗せて行こうと考えたのだ。

そう考えた処、元々単独行動の多い狙撃手の高久を行かせるのが良いと思ったのだ。

この考えはメンバーの内一人を除き同意を得られた。

異論を唱えたのが寄りによって高久本人であった。


「カールも大西もシモンだって知ってんだろ。

俺は高所恐怖症だ。

高い所が駄目なんだよ」


その一言にそれを知るメンバーがそう言えばと肯く。


「でもゲーム内じゃ普通に乗ってなかったか」


佐藤が疑問に思って聞く。

ゲーム内では単独行動の移動にスカイハウンドで送ってもらう事も多かった。

その際は問題なく行動していたのだ。


「いや、サトさん、いくらリアルでも所詮VRゲームだろ。

最初はどうかと思ったけど、ゲームと割り切れるせいかそれ程怖いと感じなかったんだよ。

でも、これは現実だろ。

考えただけで震えがくるんだよ」


本気で泣きそうな表情で言う高久に何も言えなくなる佐藤だった。

そこで、情報収集を優先する事に方針を変えネットランナーを同乗させる事にしたのだった。

ネットランナーなら携帯型サーバを通じて現地でも複数のドローンを同時に制御して多角的な偵察が可能だ。

欠点はドローンの航続距離の短さだがスカイハウンドに積んでいくなら問題にはならない。

また、多少ならドローンに武装出来るので戦闘力も無くは無い。

結果、景子が同乗する事に本人達以外全員の賛成で決定した。

ただ、このせいで緊張感は空気の様に消えてしまった。

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