第13話 しかし、正しい物の見方だ

足元に転がる自分の左足だった物体を見て大西は呟いた。


「ああ、現実かよ、クソッタレが」


VRゲームには医学的見地から幾つかの規制がある。

身長の変更制限やバイタルモニター機能もそうだ。

そしてプレイヤーの身体における部位欠損の禁止も厳しく規制されている。

これも身長同様ログイン、アウト時の影響を考慮してのものだ。

敵キャラや兵器、モンスター側では、ある程度の部位ごとのヒットポイントや防御力が設定されている。

これにより特定部位の破壊が出来る。

しかし、プレイヤー側は安全の為部位破壊が出来なくなっている。

死ぬまで5体満足になっているのが全てのゲームに共通している。


「そのようだな。

ステージ『リアル』なら死に戻りも出来そうだが、これではな」


佐藤が苦々しい表情で大西に言った。

そう、リアルなゲームなら現実に死ぬ事は無い。

しかし、現実なら死は紛れも無く死だ。

言葉を失う二人。

再び沈黙に包まれた。

数秒後、沈黙は破られた。


「何やってんの、あんたはー」


そんな怒声と共に走って来た女性に大西は頬を引っ叩かれた。

油断していた大西はそのまま倒れる。


「おい、何すんだ木綿子」


あせる佐藤に女性は怒鳴る。


「マサクンもマサクンだよ。

何、感心してんのさ。

ここは馬鹿な事は止めろって止めるべきでしょ。

どうかしてるよ」


女性の名は田代木綿子(たしろ ゆうこ)。

佐藤の幼馴染だ。

同じ学年で同じ大学の法学部にかよっている。

母親同士が古い友人で家が近所な事も有り、物心つく前からの知り合いだ。

身長は170センチ強と女性にしては少し高め。

気の強そうな顔立ちでポニーテールの髪型とあいまってスポーティな印象を受ける。

事実、スポーツ万能で何故ゲーム研なんぞに関わっていると周りには思われている。

佐藤は木綿子に怒鳴られて初めて周りを見渡した。

皆、言葉を失っている様だが、恐らく佐藤と大西とは違う理由だろう。

あせりながら木綿子に弁解を試みる佐藤。


「ま、まて木綿子。

これは正気を失ったとかそういうのじゃ無いんだ。

状況を確認するのにだな」


佐藤の言葉をさえぎり木綿子が言う。


「今の状況が異常だって事なら皆解ってるさ。

でも、自分の足切り落とすのも、それを止めないのもそれ以上に異常だよ」


頬をさすりながら困ったような表情で大西が言う。


「いや、僕の足は機械ですから予備に交換するだけで困りませんから。

それに別に正気は失っていませんよ。

プレイヤーの部位欠損規制を利用してゲームか現実か確認しただけです」


そして声を落として付け加える。


「どうやら現実のようです、残念ながら」


そんな大西を睨みながら強い口調で木綿子が言う。


「だからって普通、自分の足を簡単に切り落とす奴があるか、現状が良く解らんのに。

もし交換出来なかったらどうすんだ。

もし切り落とす事で本当の生身の足まで切り落とした事になったらどうすんだよ。

何が起るか、何が起っているか判んないだよ」


途中から涙交じりになっているのを見て佐藤も大西も反論する気を失った。

そうしていると、いつの間にか明美と元がこちらに来ていた。

明美が木綿子をなだめながら連れて行くと、元が佐藤に話しかけた。


「マサヤン、ちょっと暴走したね」


「元」


「まあ、大西もマサヤンも自分なりに冷静で採算の合う行動しているのは解るよ。

でも、人間は感情の動物なんだ。

理屈で正しければそれで全て良しとはいかないんだ」


静かに話す元にうなずく佐藤。


「正しい判断でも、感情的に納得いかなければ万人には受入られない。

それは解るよね」


更に肯く佐藤。


「ま、一言ことわってから行動してくれれば泣かせる事にはならなかったよ、たぶん」


「そうだな」


「だから、後でちゃんとゆうちゃんに謝りなよ」


ここで、佐藤が少し不満気に言う。


「一応、説明が無かったかもしれんが、間違った行動はしとらんのだがなぁ」


すると元が軽く笑いながら言う。


「気の強い女性とつき合うコツはまずこちらから謝る事だよ。

その上でこちらの言い分をちゃんと説明する。

言い訳じゃなく説明ね」


「カンちゃんも気が強いもんな」


「そういう事さ」


一方、大西のところでは努が切り落とした足を拾って渡しながら話かけていた。


「とり合えずガレージで足、交換して来い。

それからケイちゃんに心配かけてごめんと謝れ」


足を受け取って言う。


「いや、その必要は認めるが、なんか納得がいかんな」


憮然とした表情で地面に落ちていたブレードを拾い回収しながら努が言う。


「確かに驚いたが、アイデアは正しい。

それに現実だと解った事も収穫だ」


そこで間を空けて続ける。


「でも、独断専行が過ぎるだろ。

理屈が正しくても納得できない奴はいる。

そうなれば、そんな理屈ーって反対される」


「しかし、正しい物の見方だ」


「うん、そうなんだがな」


とここで少し笑う努。


「しかし、全然池田さんに似てないぞ」


「ほっとけ」


そして少し笑みを浮べて言う。


「じゃあ、ちょっくら交換してくら。

コマンド、ガレージイン、修理モード、マーク」


大西は光に包まれた。

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