第3話 自殺未遂の少女【問題提起編】
━━屋上のフェンスを乗り越え、一歩踏み出せば、落下する位置にいる少女━━
……様子のおかしい同級生がいた。クラスは違えど、毎日通う学校だ。顔くらいは見たことがある。隣のクラスの、
今日は、いつもに増して、思い詰めた顔をしていた。クラスメイトでもないのに話し掛ける理由はない。だが、嫌な予感がして、尾行した。腐っても探偵。お金にならなくても、事件は嗅ぎ分ける。
烏丸は人目を避けて、使用頻度の低い階段を登っていく。………確か、屋上に繋がる階段だ。あまり人は立ち寄らない。お昼休みならば、お弁当を持った女子が穴場にしているくらい。しかし、今の校舎は人も疎ら。帰宅する生徒は校門、部活動の生徒は部室棟にいるはずだ。では、何のために?
色々と考えている間に、屋上の扉を開けて中に入っていく。すぐ下の踊り場から、見えないように覗いていたが、やっぱり気になるのでかけ上がった。ゆっくりと開けた先には………………。
丁は駆け出した。
「……待て!烏丸!!」
彼女は、フェンスを乗り越えた先で、躊躇なく、一歩踏み出そうとしていた。間一髪、腕を乱暴に引いて引き留めた。
「……え?柏原くん?」
人が来るとは思わなかったのだろう。ビックリしていた。しかも、有名な少年探偵。知らないはずがなかった。
「何してんだよ!落ちるぞ?!」
目を見開いていたが、すぐに反らす。
「邪魔……しないで。」
か細い声でそれだけ呟く。
「危なかったら止めるのが、当たり前だろ?!」
烏丸は、訴えるような瞳で丁を睨み付ける。
「……あなたにはわからない。あたしの気持ちなんて。」
「ああ!わかんねぇよ!死にたいヤツのことなんて!」
瞳を反らしながら、悔しそうに唇を噛み締める。
「……アイツらに復讐するチャンスだったのに。」
彼女の瞳は、遥か下を見ていた。……そこには、彼女のクラスメイトが三人。楽しそうに笑いながら、校門を出るところだった。
「真上から、アイツら巻き込んで落ちてやるつもりだった……。」
虚ろな瞳で、彼女たちを睨んでいる。
「……差詰め、イジメにでも合って、無理心中紛いでもするつもりだったか?」
烏丸は、振り向かずに頷いた。
「んなことして、虚しくねぇか?」
「だから、あなた何かにわからないわ。人気者の探偵さんには。……そうね、だったら、あたしを救って見てよ。あなたの口八丁手八丁で。」
自嘲気味に笑う。
「……依頼、承りました。」
仰々しく、お辞儀をする。これこそが、彼の真骨頂。人の心を救う探偵。ただ解決するだけでは、悔恨が残る。心理学に惹かれた理由がここにある。
「出せるお金なんて、あまりないけどね。」
「同級生にお金を請求するほど、落ちぶれちゃいねぇよ。ま、何かの際に協力してくれたらいい。」
「出来ることなんて、さしてないと思うわよ?」
「そこは、俺が考えるの。……じゃあ、聞かせてもらおうか。事の発端を。」
◆◇◆◇◆◇◆
烏丸柚希がイジメに合い始めたのは、4月くらいから。クラス替え直後になる。
高校生にしては、お小遣いが多いことをたまたま知ったクラスメイトが、からかったのだ。
「あたし、欲しいヤツあるんだけどー、お小遣いじゃ足りなくてー。烏丸さん、貸してよー?お小遣いいっぱいもらってるんでしょー?」
本当に欲しいわけではないはずだ。しかし……。
「欲しいものがあるなら、貯めて買えばいいじゃない。」
正論だが、火に油を注いでしまった。
気に食わないという理由だけで、数々のベタな嫌がらせをされたという。それだけなら、耐えられると語る。しかし、本題はこれからだ。
SNSにありもしないことを書いては、拡散。最初は、他愛もない話だった。だが、烏丸があまりに反応を見せないから、徐々にエスカレートしていった。
『烏丸柚希は援助交際をしている』
根も葉もないホラだと、誰もがわかるもの。けれど、書き込んだ場所は、不特定ネットワークのSNSだ。知らない人もみる。更に念入りに彼女になりすましたアカウントまで作り、あたかも、真実のように語り始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
よくある話。でっち上げた話を、作り込めば作り込むほど、書いた本人が本当だと思い込む。自己暗示の一種。一歩間違えば、人格まで出来上がる。
◆◇◆◇◆◇◆
それが最悪の事態をもたらした。そのアカウントを利用し、援助交際相手を募集。すぐに食いつかれた。怖いのは、彼女の通学ルートが知られていたという。
「烏丸柚希ちゃんだね?初めまして。」
SNSの存在を知らなかった烏丸は、最初はわけがわからなかったらしい。父親の部下かと勘違いし、ついていってしまったそうだ。……ついた場所は、ラブホテル。察しがついた彼女は、慌てて逃げようとしたが、大の大人に敵うわけがない。
「君から誘っておいて、逃げるの?それとも、そういうプレイが流行ってるのかな?AVにもあったよ。逃げてヤられて、喜んでるヤツ。好きなの?」
厭らしい笑いをしながら、ガッチリと後ろから片腕を掴まれ、胸を鷲掴みにされる。逃がさないとでも言うように。
「……ヤらなきゃ、俺帰れない。」
囁き声に気持ち悪さを感じたが、絶望しかない。…………そのまま烏丸は、抵抗虚しく、連れ込まれた。
……次の日、ショックを引き摺りながら学校に行くと、皆が振り返った。………………黒板に、ホテルに連れ込まれた烏丸が映った写真と、ホントにエンコーしてた!!!の文字を目の当たりにしたという。
◆◇◆◇◆◇◆
丁自身も、隣のクラスに援助交際している女子がいるという話は、小耳に挟んでいた。一生徒が騒ぐことではないし、隣のクラスはあまり交流がなかったから。イマドキ、珍しくもない。良いことではないが、本人が理由を持って行為に及んでいるのならば、口を出すわけにはいかない。要するに、邪見にしているわけではなく、問題にするなら担任や親、本人間で話し合わなければならない話だってことだ。探偵は、職業認定されていないのだから。
◆◇◆◇◆◇◆
黒板をみた瞬間、どれだけ悪質な嫌がらせをされたかを理解した烏丸は、教室を飛び出した。それで耐えられたら、常識を疑ってしまうだろう。しかし、トラップはそれだけではなかった。犯人は今だからこそ、あの三人だと解る。その内の一人が、駆け出した直後に何かを書き込んだと思われるもので、通学ルートに新たな援助交際相手が待っていたと……。
それから幾日も、烏丸をどこからか監視し、ピンポイントで援助交際相手を配置。常軌を逸した嫌がらせが続いたという。
◇◆◇◆◇◆◇
烏丸がお小遣いをたくさんもらっている件は、家庭環境にあったという。仕事人間の父親に愛想をつかせて出ていった母親。父親と烏丸は、料理をしない。だから父親は、毎朝お金だけ置いて仕事に向かっていたらしい。高校生には多い、一万円札を一枚。烏丸は少食らしく、1日千円もあればいいという。通帳の使い方が分からず、財布に入れっぱなしが原因のようだ。だからといって、交流もないクラスメイトに貸す理由はない。断って当然と言える。
まぁ、話だけならよくある話だ。しかし、そんなことは、相手にはどうでもいい。ターゲットになれば。
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