第6話 危険な言葉

次の日、俺はいつも通り家を出た。

あれからは何も起こらなかった。ボールは、やはりただの偶然だったに違いない。そう思いながら歩いていると、

『行ってきます!』

横から元気のいい女の子の声が聞こえてきた。佐久野の声だ。


そして俺と佐久野の目が合った。

『あっ』

互いに声が出た。佐久野は驚いた顔をしていた。俺はニコッと笑い、

『佐久野さん、おはよう』

そう言うと佐久野もニコッと笑い、

『おはよう』

と言った。しかし、すぐにその顔が不安そうな顔に変わった。

『昨日、あれから何もなかった?』

『うん。変わったことは何もなかったよ』

ボールの事は言わなかった。あれはただの偶然だ。しかし佐久野は、

『それならいいんだけど…』

まだ心配しているような顔をしていた。とにかく話を反らさないといけないと思ったので、

『一緒に学校行く?』

そう佐久野に提案した。

『で、でも…』

佐久野は返答を濁らせた。だから俺は、

『じゃあとりあえず一緒に行って何もないってことを証明してあげるよ。それならいいだろ?』

『…う、うん…わかった』

佐久野は渋々返事をした感じだった。そして、俺と佐久野は学校に向かって歩き出した。


やはり佐久野は黙ったままであった。俺は話しかけようとしたが、佐久野の過去に触れてはいけないと思いなかなか言葉が出なかった。

そして、やっと思い付いた言葉が、

『佐久野さんって兄弟いるの?』

だった。

佐久野は首を横に振った。

『いないよ。新瀬君は?』

『弟がいるんだ。今、小学2年生でさ、やんちゃなやつで毎日困ってるんだよ』

『大変だね』

佐久野はクスクス笑っていた。俺は嬉しかった。


その後も望の話で盛り上がった。佐久野の笑顔は消えることはなかった。その笑顔を見ていると自分が段々と佐久野のことを好きになっているのがわかった。


しかし、しばらくすると佐久野が、

『いいなぁ、羨ましいよ。私も兄弟ほしかったな…』

ちょっと寂しそうな顔になった。

『そんなことないって』

俺はすぐに否定した。

『ホント?』

『ホントだって!面倒見なきゃなんないし、いろいろちょっかいもかけてくるから大変だよ。昨日だって部屋でボール投げてて、窓から外に出ちゃって、たまたま外にいた俺の顔に当たってさ』

そう言った瞬間、佐久野の表情が険しくなった。

『偶然?』

佐久野が急にその表情のまま質問してきた。俺は心の中でしまったと思い、

『う、うん…』

自分で言葉に元気がないことがわかった。

『変わったことあったじゃない!』

佐久野が急に怒った口調になった。

『いや、だ、だって偶然だし』

『それが危険なの!』

俺は何も言い返せなくなって一言『ごめん』と言った。


佐久野は下を向き、

『やっぱり呪いが始まってる…』

『で、でも…まだわからないだろ?本当にただの偶然かもしれないし』

俺は恐る恐る言って歩き出したその時、

『危ない!!』

急に腕を引っ張られた。そして、すぐに目の前をトラックが走り抜けていった。

『あ、ありがとう』

『やっぱり始まってるじゃない…これじゃまた…』

佐久野は俯きながら言った。


そして、しばらく俯いたまま立ち止まっていた。俺は佐久野に話しかけた。

『さ、佐久野さん?』

『…わらないで』

佐久野の声は震えていた。

そして急に顔を上げると、

『もう私に関わらないで!』

そう怒鳴ると、一人で走って先に行ってしまった。


俺は後を追えなかった。顔を上げた時の佐久野の目には僅かに涙が見えていた。これ以上彼女に心配かける訳にはいかないと思ったからだ。

しかし、俺は佐久野を助けたい。この気持ちに変わりはない。

『ちくしょう…』

でも、俺はただ拳を握って我慢することしか出来なかった。どうすればいいかわからない自分に腹が立った。


そして、俺はその拳を開くことなく学校に着いた。

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