二支目*白玉(未)

白夜を封印から解いた翌日。雪はいつものように起きると、着替えの準備を始めた。

パジャマのボタンを全て外した所ではたと気付く。

雪が全身鏡の前に立っている後ろで、白夜が立ったままじっとこちらを見ていた。

 

「……っ!! へ、変態!! 見ないでよ!!」



 「変態とは失敬な。ただ見守っているだけなのですが。我は貴方のような貧弱体型に興味はありませぬ。着替えるならさっさと着替えてください」


 急いで前を隠す雪に興味が無さそうに、白夜は欠伸をしながら着替えを促す。ムッとしながら、雪は後ろを向いていろと白夜に命令すると、意外にも素直に従ってくれた。内心ホッとしつつも急いで着替える。


  朝食を食べ、身支度を整えると、昨日白夜も学校に付いて行くと言っていた事を思い出した。


「付いて来てもいいけど、絶対変な事しないでよ??」


「変な事とは?」


「一般人に被害が被る事とか、公共物を盗んだり壊したりとか、だよ!!」


「我の姿は誰にも見えないと言ったでありましょう? それに、盗みを働いた事など一度もないですよ。少し気になる事があるので、御一緒したいのです」


「わかったわよ。て、早く行かないと、遅刻しちゃう!! 走れる?!」


「何故わざわざ走らねばならぬのです? 我に乗って頂ければ、学校とやらへひとっ飛びですよ」


そう言うと、白夜は大きな蛇の姿になり、雪に早く背中に乗れと促した。蛇の大きさも自在に変化出来るらしい。


「こ、こんな所で乗って行ったら、不審に思われるじゃない!! 白夜って、他の人には見えないんでしょう?」


「安心して下さい。我に触れれば貴方も見えなくなる術をかけます。さあ、どうぞ」


「ちょ、ちょっと待って!」


成る程と思うが、念のため辺りを見回し、誰もいない事を確認する。突然消える所を誰かに見られでもしたら、一大事だ。


「誰もいないみたいね。よい、しょ」


白夜の背中に跨ると、ふわりと宙に浮く感覚がした。掴まる所がなくて、首にしがみ付くが少し怖い。

初めて自分から蛇に触れてみたが、ヌルヌルとしたイメージとは違った。ツルツルとした鱗で、よく見ると輝いていて、素直に綺麗だと思えた。


「それでは行きますよ。しっかりしがみ付いていて下さい。」


白夜はそう言うと、ぐわりと起き上がり、雪の案内で学校へと向かった。

予想外に空の旅は気持ちが良かった。人気のない校舎裏に降りると、まだ足が浮わついている気がする。


「ありがとう! 本当に早く着いちゃった!!」


「だから言ったでしょう。それでは行きますか」


人型に戻ると、初めての場所に白夜は興味津々なようで、辺りをキョロキョロと見渡している。


「白夜! こっちだよ!」


用心深く誰もいない事を確かめながら、コソコソと話しかけ、校内へと向かう。


「私は授業があるから、貴方の側へは居れないけど、何処か行きたい場所でもあるの?」


「ええ。仲間の気配がするのです」


「え?! それって、白夜を見つけたように、この学校の何処かに巻物があるって事?!」


「そういう事になりますね。ですが、何処にあるのか探さなくてはなりませぬ。我は好きに探索させて頂きます」


「ま、まあ、誰にも迷惑かけないようにしてくれるなら、私も何も言わないわ。じゃあ、先に行ってるから、また後でね!」


雪は何食わぬ顔で教室へと向かい、授業を受け始めたのだった。


一方白夜は図書室の本棚を調べていた。奥の本棚へ向かうと、ある場所で立ち止まり、一冊の本に目が止まった。


「……この本から、仲間の気配がする。しかし、巻物に封印されている筈なのだが……はて」


 不思議に思いながら、その本を開いて見ると、中から漆黒の煙が立ち込めてきて、辺り一面を覆った。が、白夜は動じなかった。何故なら、この煙には見覚えがあったからだ。それは昔白夜が仕えていた主と共に、倒して来た悪霊と同じ物だった。


 「どうやら外れを引いてしまったようじゃのう。我もまだまだ修行不足のようだ」


 溜め息を吐くと、本の中から出て来た悪霊を見る。


 「運の良い事に、まだ誰にも憑りついていないようじゃのう。我が極楽浄土へ送ってやる。大人しく言うことを聞け」


 当然ながら、言う事を聞く訳が無い。悪霊は白夜に向かって、黒い炎を放ち攻撃してくる。


しかし白夜は、慣れた様子で印を結び、呪文を唱えた。するとたちまち悪霊は苦しみだし、攻撃が途絶えると、白夜は白蛇の姿に戻り、悪霊をとぐろを巻いて締め付ける。


 「ぎぇぇぇええええええ!!!!!」


 悪霊は雄叫びを上げると、そのまま消滅した。白夜も人型へと戻る。


 「餓鬼が。我の力に敵う訳があるまい。無駄足をとらせおって。しかし、仲間の匂いを着けておいて、おびき寄せるとは、敵も姑息な手を使う。覚えておれ」


 折角仲間を見つけたと思ったのに、出鼻を挫かれた気分だ。腹が立ち、雪とまた改めて出直そうかと思った時だった。ふと隣の部屋でも仲間の気配を感じ取った。扉には『資料室』と書いてあり、鍵がかかっていた。


 「ふむ。錠がかかっていては、開けられない。壊すなと主に釘を刺されてしまったしのう。やはり主と来るしかないの」


 早々に諦めて、雪の元へと向かう白夜なのであった。


 --新しい教室で、真新しい教科書で、まだ見慣れない生徒達と授業を受けていた雪は、白夜の事が気がかりで仕方がなかった。


 お昼近くになり、授業も佳境を迎える時だった。雪のクラスを覗いている白夜がいた。どうやら探索が終わったらしい。雪を見つけ、にこやかに手を振っている。


 (手を振ったって、見えないんだから答えられないよ……。って、入って来た!!)


 どうやらすり抜けることも可能らしい。便利な体だと思いながら、白夜を見ていると、雪の座っている机までやって来た。


 「主よ。書庫で我の仲間の気配がする。早く封印を解いてやりたいのだが、錠がかかっていて、入れぬのです。何とかしてあそこの扉を開けて頂きたいのですが」


 突然授業中にそんな事を頼まれても、雪は答えることなど出来なかった。ただでさえクラス替えをしたばかりなのだ。今話せば、傍から見ればおかしな奴だと思われる。


 (あと少しで終わるから、ちょっと待っててよ!!)


 必死に黙っていろと目で訴える。が、白夜には何を伝えたいのか分かっていないようだ。

 

「主? 我の声が聞こえぬのですか? 早く書庫の鍵を手に入れてほしいのですが」


 雪は完全に無視をする。そんな雪を白夜は不機嫌そうに見ていたが、状況を把握したのか、授業が終わるまで雪の側で、じっと先生の話を聞いていた。

 

 ようやくつまらない授業も終わり、教科書をしまい、白夜の話していた通り職員室に鍵を貰いに行くことにした。


 「あの者の話は、とても面白いですね。また聞きたくなりました」


 廊下を歩きながら、白夜は嬉しそうに話しかける。


 「え? ただの現代文だよ? 文章読んでただけじゃん。しかもあの先生の授業めちゃめちゃつまらないって皆言ってるし」


 「何を言うのです。文章を読む姿から、楽しそうな気配が出ていたではありませんか。それなのに、貴方達は真面目に取り組まず、全く話を聞いていなかった。そんな貴方達の方が、つまらない人間なのではないですか?」

 

「そこまで言わなくても……。貴方って、真面目に生きてきたのね。っていうか、白夜なんて人ですらないじゃない」


 雪は小声で反論する。


 「我が主は本当に失礼な方だ。我は確かに人とは言えないかもしれぬ。しかし、前の主は我々を人と同じように扱ってくれた。必要としてくれた。貴方には一生わかるまい」


 「別にわからなくって結構です。そんなこと言ってると、仲間の封印解いてあげないんだから」


 「ええ。そうですね。ですから我も別に貴方を恨んだり、理解してもらおうとも思いませんのでお気になさらず」


 少し喧嘩っぽくなってしまったが、雪は自分から謝ることが出来なかった。白夜と知り合って、まだ一日しか経っていない。十二支達の前の主が、どんな人だったのかわかる訳がない。でも白夜の話す様子を見れば、きっと心の優しい人だったのだろうと思う。想像すると、胸の辺りがなんだかざわざわした。


 (なんだろう……。なんかムカムカする)


 考えたくなくて、今やるべきことに集中する。足早に職員室に入ると、先生に資料室の鍵を貸してもらう。


 「お昼ご飯食べる時間あるのか? 放課後じゃ駄目なのか?」


 「ちょ、ちょっと、どうしても調べたい資料がありまして。す、すぐ済みますから」


 「……ふーん」


 体育教師の金本かねもと 真司しんじは、怪訝そうな顔で資料室の鍵を渡した。雪は慌てて受け取ると、職員室を後にした。


 図書室に入ると、奥の資料室の扉の前までやってくる。ガチャガチャと鍵を開け、資料室の中へと入る。ほのかに埃臭い匂いが鼻を突く。


 「で、どこ?」

 

「少しお待ちを」


 白夜は奥へ進むと、大きなファイルが並んでいる棚の隣に置いてある、箱の中を覗き込んだ。


 「やはり。この中に我の仲間が描いてある巻物がある筈です」


 雪も箱の中身を覗いてみると、沢山の巻物が仕舞われていた。


 「で、どれ?」


 「それは……。探してみないことには、わかりませぬ」


 「え。貴方の力で探せるんじゃないの?!」


 「そうしたいのは山々なのですが、如何いかんせん、何者かの力によって、仲間の匂いが拡散されているようなのです」


「ぇえ!! 何者かって、誰よ! 一体誰がこんなこと……」


最後まで言葉が出せなかった。何故なら、後ろから誰かに薙ぎ倒されて、床に叩きつけられてしまったからだ。


「ぅ、ぁあっ!!!」


「主!!」


雪は一瞬、自分の身に何が起こったのか、理解出来なかった。苦しさのあまり、床にうずくまる。薄っすらと目を開けると、あの体育教師の金本が立っていた。


「か、金本せんせぃ? ど、どうして?」


「まったく……。どんな奴が陰陽師の血を受け継いでいるのかと思っていたら、こんなか弱い女が末裔とはな」


どうして金本が、陰陽師の末裔を知っているのか、不思議に思っていると、金本の姿が見る見るうちに、変化していった。

ニョキニョキと生える角に、金色の目。鋭い牙に、筋肉質な身体は更に膨らみ、肌は真っ赤に染まってゆく。あっという間に、鬼の姿へと変わった。雪は恐怖のあまり、声にならない叫びをあげる。


「かっかっか。わしの姿を見ただけで震え上がるとは、なんとも頼りない主人だなぁ。なぁ、蛇よ」


「ふっ。我も有名になったものだな。こんな雑魚にまで知れ渡っているとは。それに、我が主は頼りなくなどない。ところで書庫の本棚も、お前の仕業だな? 誰に命令されたのだ」


「なっ!! 雑魚とは儂のことか!? 貴様なんぞなぶり殺しにしてくれる!!」


「冷静になれないのが、鬼の馬鹿なところよのう。どれどれ、早めに片付けるか」


最後の質問に答えず、怒りを露わにする鬼に、白夜は尋ねるのをやめた。この鬼はどうやら短気らしい。


白夜はたちまち蛇の姿になると、鬼の身体に巻き付いた。


 「主よ。今のうちに、我の仲間を探してくだされ!! きっと見つかる筈です!」


 「う、うん! わかった!」


 まだ体に痛みが走ったが、雪は言われるままに、箱の中の巻物を手あたり次第開いていく。


 「小娘がぁ!! 儂等の邪魔はさせんぞ!!!十二支の復活など、絶対にさせるものか!!」


 鬼は怒り狂い、手に黒い炎を集めると、棍棒こんぼうを作り出し、締め付けられているにも関わらず、雪のいる方へと向かって来た。


 「ちっ。中々しぶとい奴じゃのう」

 

白夜も今回の敵には手こずっているようだ。かなり強い力で締め付けているのに、それでも鬼は抵抗する力が残っている。


 「貴様の力はそんなものか!! こうしてくれる!!」


 鬼はにやりと笑うと、棍棒で白夜を叩き始めた。流石の白夜もこれには堪えたようで、締め付ける力が弱まっていく。


 「・・・くっ!!! 本来の我の力は・・・こんなものでは・・・」


 「がっはっは!!! 弱い弱い!! 所詮貴様らの力など、儂等には到底及ばんのだ!! 小娘よ。次はお前の番だ」


 ぎろりと睨まれ、雪は身じろぐ。まだ仲間の絵が描いてある巻物は見つからない。適当に3つ程巻物を取ると、鬼との間合いが取れる、隅の所までなんとか移動する。

 急いで一つ目の巻物の紐を解くと、中身を確認する。が、文字しか書かれておらず、外れてしまった。鬼はどんどん近づいてくる。続いて二本目。やはり駄目だった。最後の三本目を開こうとした時だった。


 「主よ……。逃げなさい……」


 消え入りそうな声で白夜は言った。でも雪は見捨てる事なんて出来なかった。知り合って間もないけれど、白夜は自分を必要とした。前の主の方が、白夜はよかったに違いない。だけど、それでも自分の事を頼りにしてくれている。その期待には応えてあげたかった。


 「貴方を置いて逃げるなんて出来ない!! 手伝うって言ったでしょう?! 仲間を集めないまま終わる訳にはいかない!! 私だって、力になりたいんだから!!」


 そう言いながら、雪は勢いよく最後の巻物を広げた。すると、眩い光が辺りを覆い始める。


 「ぐっ!! こ、この光は!!! 小娘めぇ!!」


 光を浴びて、鬼は怯んだ。雪も眩しくて目を閉じていたが、白夜が出てきた時と同様、次第に光が消え始め、慣れてきたので目を開けてみた。するとそこには、もふもふとした体毛に覆われた羊が浮いていた。


 「僕を眠りから醒ましてくれたのは、貴方ですかぁ? わぁ! 可愛い子ですねぇ、白夜殿!」



 雪を見るなり、嬉しそうに羊はフワフワと宙を舞う。


 「白玉!! 自己紹介は後だ!! こいつを何とかしてくれ!!!」


 必死に鬼を締め付けている白夜も限界らしく、声が掠れていた。


 「ちぃ!! 出てきちまった!! こうなりゃお前らまとめて食い殺してやる!!」


 鬼は白夜が白玉と呼んでいた羊に襲い掛かって行く。そんな鬼に対して羊は、えぃっと幾つかの体毛を千切ると、綿あめ位の大きさにまとめて、鬼の口の中へ放り込んだ。鬼は体毛を飲み込むと、忽ち苦しみだした。すると、次第に体が透けて行くではないか。


 「ぐぁあああ!!! おのれぇええ!!! 貴様らの好きにはさせん。あ、あのお方が、黙っておらんぞ!! 今に・・・今にみて・・・おれ」



 鬼はそれだけ言うと、消滅してしまったようで、白夜は力なくその場にぼとりと落下した。

 

「び、白夜!!! 大丈夫!? 白夜!!!」


 慌てて駆け寄ると、呼吸を確認する。息はしているようなので安心すると、その場に座り込む。


 「きっと力を使い過ぎたのでしょう。僕にお任せ下さい」


 羊はそう言うと、再び自分の体毛を千切り、白夜の口を無理矢理こじ開け、食べさせる。


 「僕の体毛には、敵を倒す力もあるけれど、仲間の治癒もできるのですよぅ!! 貴方もどうぞ!」


 ずいっと目の前に体毛を渡される。見た目は綿あめに見えなくもないが、羊の体毛と考えると、食べたくない。しかし羊はきらきらとした瞳で、雪が食べるのを待っている。取りあえず、口に含むだけはしてあげようと思い、思い切って体毛を口に押し込む。が、予想外に全く毛の感じがしなかった。むしろこれは。


 「わ、綿あめみたい。甘くて美味しい……」


 口の中に甘みが広がり、自然に溶けていった。


 「ね? 食べても害はないんですよぅ? 悪霊達には毒ですけど。あ! 申し遅れましたぁ! 僕は十二支の八番目、羊の白玉しらたまと申します。よろしくですぅ!!」


 もふんと雪に抱き着いている後ろで、声が聞こえた。


 「どさくさに紛れて何をしている。挨拶が済んだなら、さっさと離れろ。仮にも我らの主であるぞ」


 「白夜!! 怪我は?! 大丈夫なの?!」


 「主よ。心配をおかけて申し訳なかった。やはり昔の様な力は発揮できないようじゃのう。白玉のお陰で助かった」


 「僕は封印が解かれたばかりで、よくわからなかったんですけど、危機一髪だったようですねぇ。他の仲間はまだ見つかっていないのですかぁ?」


 首をかしげて尋ねる姿も愛くるしい。


 「我も封印が解かれて間もない。お前で二支目だ」


 「そうだったんですかぁ。早く皆に会いたいですぅ」


 しょんぼりとした様子の白玉に、雪はなんだか申し訳なくなってくる。


 「ご、ごめんね。なるべく早く見つける様にするから」


 「主もやる気が出てきたようで何よりです。焦らず確実に集めて行きましょう」


 白夜も甘えるように雪の膝に顎を乗せるのだった。

 こうして二匹目の十二支と出会う事ができた雪だったが、まだまだ問題は山積みなのだった……。



 

 



 


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