迷い迷える十二支と

一支目*白夜(巳)

 どうしてこうなってしまったのか。目の前の人物を見やりながら、自分に何度問いかけても何も解決しなかった。

白石 雪16歳。都立の高校に通い、今年で2年になる普通の高校生だった。そう、昨日までは。

あの巻物に触れていなければ、平和でいられたのに……。

 

 桜が舞う4月。始業式のため学校へ来ていた。

春の陽気に眠くなりながら、校長先生の立派なお話しを聞く……フリをしながら、体育館の外を眺める。

丁度雪のいる位置から、ドアが開いていて、校庭が見える。

校庭の周りに桜が咲いているので、いい気晴らしとなった。

雪は桜が好きだ。すぐ散ってしまって儚いけれど、花びらが舞う様はとても綺麗だからだ。

 

退屈な始業式も無事終わり、クラス替えで決まった教室へと戻る。

一年の時一緒だった友達がいたので、雪は喜んだ。

 「香澄!」

 「雪! また一緒だね! よろしくね」


 --藤堂 香澄。髪は肩より下くらいの長さで、艶やかな黒髪が綺麗にセットされている。綺麗な顔立ちで、どこか儚げな印象がある。

一方雪は、元々の色素が薄く、栗色の髪と瞳が特徴的だ。

やはり目立つので、一年の時はこの髪で何度も先生に呼び止められた思い出がある。

今では誤解も解け、先生も何も言わなくなった。

尤も、2年になり脱色しだす生徒もちらほら現れ、雪も気にする心配は無くなったが。


 明日から普通通りの授業になるので、先生から予定表を貰い、必要な教材を受け取る。

新しいロッカーに荷物を預けると、下校の時刻となり、香澄と帰る。


 「いつもこのくらいの時間に終わるといいのに」


 「雪ってば、前もそんなこと言ってたよね」


香澄とクスクスと笑い合い、桜並木の道を歩いた。

途中で香澄と別れ、雪は自分の家へと辿り着いた。

 「ただいまー」


家に帰ると、自室に戻り、普段着に着替える。

すると、ノックの音が聞こえ、祖父の権蔵が入って来た。

 

「雪よ。おかえり。お前に頼みたい事があるんじゃが」


権蔵は齢90になるおじいちゃんだ。最近足腰が痛いらしく、何かと雪に頼み事をしてくる。

 「はーい。今日は何?」


もはや慣れっこの望はいつものように返事をする。


「そろそろわしの部屋の模様替えをしたくてのう。死んだ婆さんの形見が倉庫にあるはずなんじゃが、探してもらえんか」


権蔵の妻、梅は昨年亡くなったばかりで、祖父は何かと祖母の遺品を飾りたがる。やはり寂しいのだろうか。


「わかったよ。何を取ってくればいいの?」


「確か婆さんが大事にしとった巻物があるはずなんじゃ。それを持って来てくれんか」


「了解。ちょっと待ってて」


言われるがまま、雪は目的の倉庫へ向かった。


---ガタガタッ。ゴトン。ガサガサ。埃まみれになりながら、巻物を探すが、中々見つからない。

「本当に巻物なんてあるのかな。さすがに疲れた……」


雪は伸びをしながら一息つくと、ふと足元の小さな葛籠に目が留まった。


「なんか、この中怪しいな」


気になったので、開けてみる。すると、中から巻物らしき物が出てきた。


「お! あった。何が書いてあるのかなー」


興味本位でクルクルと巻物を解いてみると、中には白蛇の絵が描かれていた。他には何も書いていなかった。


「え、これだけ? もっと凄い絵とか文字が書いてあると思ったのに。お宝にはならなそうだな」


残念そうに元に戻そうとすると、突然巻物が光り始めた。


「?!」


訳も分からず巻物を投げ出すと、先程の絵から体長一メートル程の、本物の白蛇が出てきたではないか。

一体何なのだと思い、まじまじと白蛇を見るとなんと喋り出した。


「そなたが我の封印を解いてくれたのか。ようやく出会えた。我があるじよ」


何の事だかさっぱり分からず、雪はただ呆然と白蛇を見つめていた。


「……我が主は状況が分からぬようだ。しっかりせい」


にゅるにゅると雪の足から這い上がり、顔の辺りまで来ると、チロチロと頬を舐めあげた。瞬間雪は悲鳴をあげる。


「いやー!!!!! へ、蛇!! 蛇がいるー!!!」


咄嗟に逃げようとするが、白蛇は巻き付いたまま中々離れない。仕方なくそのまま祖父の元へと戻り、退治して貰おうと部屋へ駆け込む。


「お、お、お、お爺ちゃん!!! 助けて!!! へ、蛇が巻き付いて離れないの!!」


必死に訴えるが、祖父は雪が何を言っているのか、いまいち分からない様子だった。


「何言っとるんじゃ。何も巻き付いてなどおらんではないか。春の陽気にボケとるんじゃないか」


権蔵はふぉっふぉと笑いながら飲みかけのお茶を飲む。


「な、何言ってるの!! こ、こんな大きな白蛇なのに、見えないの?!」


涙目になりながら、訴えても権蔵の態度は変わらず、雪はどうすることも出来なかった。


「主よ。普通の者には我の姿は見えなくて当然だ。我の姿が見えるのは、特別な人間のみ。主には特別な霊気が宿っておるのだよ」


「と、特別な……霊気?」


「左様。貴方は先祖から受け継がれてきた霊力の中でも、かなり凄い力を持っている」


「そ、そんなの信じられる訳ない!だって、今まで幽霊とか見たことないし!」


「我をそのような者達と一緒にされては困ります。我は十二支の六番目、白蛇の“白夜びゃくや”と申す。以後、お見知りおきを」


白夜と名乗る白蛇は雪の目線に合う高さまで来ると、お辞儀をした。


「と、突然そんなこと言われても分からないよ!! 第一、十二支って干支のこと?! 言ってる意味がよくわからないんだけど」


「これ!雪。お前はさっきからブツブツと一人で何を喋っておるんじゃ!! 早く婆さんの形見を持ってこんか!」


権蔵に怒られ、雪は白夜の声が聞こえないのかと抗議する。


「我の声は、普通の人間には聞こえませぬ」


付け加えるように白夜は答え、一先ずここを出

ようと提案してくる。

雪も渋々ながら、これ以上祖父の部屋にいても仕方がないと思い、自室へと移動した。


「と、とりあえず離れて! この感触気持ち悪い!」


感触まで嫌という程分かるのに、他の人には見えないと言うのだから、驚きだ。


「やれやれ、失礼なお方だ」


白夜は溜め息を吐くと、にゅるにゅると雪の体から離れていった。


「で、話の続きだけど、十二支って干支のことでしょ? どうして、あの巻物から突然出てきたの?」


とりあえず話を聞くだけ聞いてみる事にする。


「左様。我ら十二支は何者かに封印されてしまったのです。主には我らを解き放つ力がある。我の他に後十一支が、この国のどこかにいるはず。そこで主に封印を解いてもらいたいのです」


「なんとなく分かったけど、封印を解くとどうなるの?」


「我も解せぬ。気付けば何百年と巻物の中に閉じ込められていたのです。ただ一つ 言える事は、我らを邪魔と思う者の仕業に違いない。きっと封印を解けば奴は動き出すであろう。その時が勝負でございます」


白夜が怒りに満ちているのがなんとなくわかった。

きっと雪には想像出来ない過去があったのだろう。何故だか放って置けなかった。

 

「わかった。とにかく貴方の仲間を探せばいいのね。私、雪って言うの。よろしくね」


そっと手を出そうとしたが我に返る。人ではなく、蛇なのだ。あまり身近でこんなに大きな蛇に出くわす事のなかった雪はかなり戸惑った。


 「有り難き幸せ。……如何致した?」


戸惑いを隠せない雪に気付いた白夜が問いかける。

 「い、いや。蛇に握手を求めても仕方ないなと思って」

途中まで出しかけた手を引っ込めると、白夜はそんな事かと言いい、雪の前で姿勢を正した。

 「要は人型になれと言う事でございましょう。少々お待ちを」


そう言うと、たちまち眩い光が白夜を包んだ。

 雪は目が開けられず、しばらく目を閉じていたが、次第に光が収まり目も段々と慣れてきた。すると目の前に見知らぬ男の人が立っていた。きっと間違いなく白夜だろう。

 

「……やだ。イケメン」


雪は呆然と白夜を見つめた。髪の毛の色は白蛇の時と同様真っ白だった。

髪の長さは肩にかかるくらいで、無造作に伸びている。

顔立ちはキリッとした眉に少し釣り目だ。鼻筋も通っていて、誰が見てもかっこいいと言うだろう。格好はやはり和服だった。


「いけめんとは何です?」


「う、き、気にしないで。大した意味はないわ」


悔しい気がして意味を教えなかった。白夜も別段気にする様子はなく、顎に手を添える。


「ふむ。こちらの方がしっくりきますね。昔もこうして人型で過ごしてきましたから」


「え? そうなの?!」


「ええ。貴方の前の主。つまり貴方のご先祖様ですね。その方にお仕えしていた時はずっと人型でしたよ。我の仲間も皆人の姿をしておりました。あの時は皆仲睦まじく生活していたのですが……。どうして封印されたのか原因を突き止めなければなりません」


「私のご先祖様って、どんな人だったの?なんで私以外白夜の姿は見えないの?」


色んな話をされ過ぎて、疑問だらけだ。


「そうですね。彼は陰陽師でした。お前達がいないと、日付けや時刻が分からなくなってしまうと言って、とても我らを大切にしてくれました。貴方の一族は陰陽師の血が何百年もの歳月が経ち、薄れてきている。なので並大抵の力しか持ち合わせていない。そんな中、貴方は特別色濃く、陰陽師の血を受け継ぐ事が出来たのでしょう」


「それって、ただ利用されてただけじゃないの?っていうか、先祖に陰陽師がいたなんて信じられないんだけど」


「失礼な方ですね。彼は我らを必要としてくれた。我らは陰陽道の為に作り出された十二支なのです。陰陽師の方々は様々な争いに巻き込まれて、血縁は薄れて行きました。しかし貴方は間違いなく陰陽師の末裔です。」


白夜は雪の部屋の窓から遠くを見つめる。夕日が沈みかけていた。


「白夜って、作り出されたの? 普通に触れるよ?蛇だったときも凄く生々しかったし」


思い出すだけで鳥肌が立ったが、今の白夜を見ると気味は悪くない。


「彼は巻物に十二支の絵を描き、命を吹き込んだ。そこで我らは生まれたのだ」


「待って! さっき巻物に誰かが封印したって言ってたじゃない。ってことは、前の主が封印したって事も考えられるんじゃないの?」



「意外と頭が回るようですね。我も最初はそう考えた。しかし、それはあり得ない。我らが封印される前に、主は死んでいたのだから。我らもその後何者かに封印され、今に至るのです」


「そんなっ!! それじゃあ私のご先祖様って、誰かに殺されちゃったって事?どうして?!」



「左様。我らが駆けつけた時には息絶えて居られた。無念でなりませんでした。何故殺されたのかは分かりませぬ。だから貴方に一刻も早く我の仲間を助けてもらい、真相を知りたいのです」

白夜は悲しそうに雪を見て、懇願した。


「私もご先祖様がどうして殺されなくちゃいけなかったのか、知りたい。でも貴方の仲間が何処にいるのか見当もつかないんじゃ、どうしようもないわよ?」


「ご安心を。一支は何処にいるのか大体見当はついて居りますので」


白夜は仲間を“支”で数えるらしい。雪は呆れながらも、白夜の話を聞く。


「じゃあ、今度の土日に探しに行こう」


「出来れば早い方が良いのですが」


「無茶言わないでよ。平日は学校に行かなきゃいけないの。巻物から出れただけでも良かったでしょ!」

雪は恩着せがましく話したが、白夜は確かにと言い、納得した様だった。


「ところでその学校とやらに我も行ってもよろしいですか?」


「いいけど、邪魔しないでよ?」


他の人には姿が見えない事は立証済みなので、別段気にする事もなく了承する。


こうして雪と白夜は不思議な出会いを果たし、奇妙な生活が始まったのだった。

 結局権蔵には、巻物は見つからなかったと説明し、権蔵も納得しようだ。

 夕ご飯の時間になり、雪は居間へと向かうと、白夜も付いてくる。


家族構成は祖父・父・母・雪の四人家族だ。

食事中も雪の後ろでジッと家族の様子を見ていた。やはり家族は誰も白夜の姿が見えていないようだった。

雪がお風呂に入ろうとすれば、白夜も一緒に風呂場にやって来た。さすがに思春期真っ盛りの雪にこれは恥ずかしかった。入ってくるなと怒鳴り、風呂場の鍵を閉めた。


就寝時間になり、雪は白夜が近くにいる事がどうしても気になり中々寝付けずにいた。


「ねえ、ベッドの隣に立たれると、寝れないんだけど」


「ですが、前の主の時はいつもこうして見守っていたのですが」


「昔の主と一緒にしないで! 布団用意してあげるから、せめて横になって下さい!」


急いで来客用の布団を持ち出し、ベッドの隣にひいた。


「ほら! 好きに寝ていいから、私の邪魔はしないでね!」


雪はそそくさとベッドに潜り込むと、白夜のいる逆方向を向き、布団を頭まで被り目を閉じた。

「ありがたき幸せ」


後ろで白夜がお礼を言うのが聞こえたが、恥ずかしさもあり寝たふりをした。しかし、その内深い眠りに入っていったのだった。

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