第2話 田中 有紀(たなか ゆうき)

突然、家の電話が鳴った。

普段であれば家族の誰か、強いて挙げるなら母親がそれに応対するのだが、いま生憎あいにくと家には私しか居ない。


「家の電話」と叙述したのは、私自身が小型の端末機を持っており、田中有紀に連絡したいのであれば、大抵はそちらが鳴るのであった。


「家の電話」にかかってくる事柄といば、親戚か、セールスか、はたまた宗教の勧誘か、いずれにせよ私にとっては有意義でない内容が予想される。


なるべく電話に出たくなかった。


しかし性格上、一度気になってしまったものは片付けないとわずらわしく感じる質であり

それが今回の件では幸いだったと言えるかもしれない。


「もしもし、田中です」

私は、月並みの科白せりふを口にしながら受話器を耳に当てた。


「あー…有紀さんのクラスメートで、高橋と云います。」

胸がドキンとねた。電話の相手は私が好意を寄せている男性からであった。

なぜ?どうして?

「有紀さんは、いらっしゃいますか?」

タカハシ君はどうやら、私の声に気付いてない様子で間の抜けた発言をした。

「私ですけど」

何ともそっけない返事をしたモノだと、自分でも思う。

「お…あ…」タカハシ君は一度、たじらう様子を見せながら

「田中さんだったか」と安堵を含んだ微笑みを見せたようだった。

『有紀さん』から『田中さん』に呼び方が戻ってしまったのは少し残念だ。


「どうしたの?」もっと他に声の掛け方は無かっただろうかと、言葉を吐いた後で脳を全力で回転させる。

受話器をもった手が若干震えているのが自分でもわかる。


そこから語られたタカハシ君の言葉は、緊張のせいでところどころ聞きそびれていたけれど

同じクラスの男子が亡くなった事と、その告別式の日程であることは理解した。


「いま名前の順で連絡を回してるところ。 田中さん、次の人だれか分かる?」

タカハシ君にそう言われて、別のことばかり考えていた頭がハッとする。

「わかる。ナイトウさんだね。トモダチだから携帯番号知ってるし」

なんだかぎこちない返事になってしまってる気がする。

「そっかそっか。じゃぁ内藤さんに連絡お願いするね。」

「わかった。」


ガチャリと電話を一方的に切ってしまった。

しまった!さようならも、またねも、言えてない!

今の流れなら連絡先も聞けたかもしれない!

自分のこういうところが嫌いだ!と私は誰に向けてでもない科白を、心のなかで叫びながら頭を掻きむしった。

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連絡網 ヒトデ無太郎 @m_0224

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