第03話 やらない後悔よりもやって後悔
暇だ。
塾に行っているわけでもなければ、部活に所属しているわけでもない。
趣味なし。
友人もいない。
時間がありあまっている。
何かしたいことがあるわけでもなく、放課後は暇過ぎて死にそうだった。
……そういえば。
と思って、校舎の外の花壇へと俺は歩いていく。
掃除時間にたまたま見つけた花壇。
どうやら使われていないようだった。
植物は別に好きでも嫌いでもない。
だが、ぼーと眺めるのは暇つぶしになると思った。
小学生の時か。
夏休みの宿題でアサガオを育てて、さらに絵日記をつけろという面倒なやつがあったのを思い出す。
持続力のない俺は、三日坊主で育てられず。
絵日記も続かず。
そのままずるずると夏休みを過ごし、気がつけば夏休み最終日。
徹夜で適当にでっちあげていた。
なんで、あの時真面目にやらなかったんだろう。
他のクラスメイトはしっかりと育てて、自分のように枯らせることはしなかった。特に女子は真面目にやっていたと思う。
そんなマメさは持ち合わせていない。
そんな小さな後悔がいっぱいある。
数えきれないほどあって、だからこそ、そんな小さなことにこだわるべきじゃない。一々気にしていたらきりがない。
なのに、どうしてだろう。
手が勝手に動いていた。
俺はいつの間にか花壇に生えていた草を抜き始めていた。
意味なんてない。
それなのに一心不乱。
とにかく無心になって雑草を一掃。
それだけでは飽き足らず、地面を素手で掘り返す。
軍手なんて持ってきていないし、家に取り戻る時間がもったいない。
とにかく、手を動かしていたかった。
こんなところで、こんな奇行をしていれば変人扱いされる。
誰かが通りかかったら、なに、こいつ。きもいんだけど、と小声で揶揄されるだろう。そうじゃなくとも胸中で言っていそうだ。
だが、そんなものどうでもいい。
いい汗をかきたかった。
充実感のある疲れを感じたかった。
もっと柔らかくすれば、花でも植えられるかもしれない。
百円均一ショップに行けば、適当な草花の種とか、肥料とかありそうだ。
スコップも必要だ。
園芸部なんてものは確かこの高校にはなかったし、この花壇は荒れ放題だった。
勝手に使ってもいいだろう。
「あれ? どうしたの? こんなところで」
ブワッ、と汗が噴き出る。
誰かに見つかったから驚いたわけじゃない。
眼にしていなくても、声で分かる。
朝倉さん。
彼女に見つかってしまったから焦っているのだ。
なんで、この時間。
こんな場所にいるんだ。
ゆっくりと、まるで後ろに宇宙人でもいるかのように恐々と振り返ると、やはり彼女だった。
「あなたって、もしかして園芸部か何かだったの?」
「いや、俺は、その……帰宅部で……」
「帰宅部? じゃあ、どうして……?」
「それは……その……なんとなく……かな?」
なんだ、なんとなくって。
最悪だ。
気持ち悪い男だと思われた。
きょとん、と朝倉さんだって、小首を傾げている。
なんでもいいから、言ってこの空気を変えないと。
「『やらなくて後悔するよりも、やって後悔したほうがいい』って思ったんだ」
なんか、全然会話の流れに沿っていない気が。
自己完結していて、きっと朝倉さんには意味不明だろう。
俺も、よく分からないまま発言してしまった。
だけど、
「……うん、そうだね。私も、そう思うよ」
彼女は、そう言ってくれた。
すると、ストンと何か胸の中で何かが落ちた気がした。
朝倉さんがそう首肯してくれるのならば、そうなのかもしれない。
「それで、これからどうするの?」
スカートがめくれないよう。手でおさえながら屈伸。
こちらに顔を寄せてくる。
近い。
近すぎる。
心臓が口からはみ出ているんじゃないかってぐらい、ど緊張しはじめた。
「そ、そうですねぇ。と、とりあえず、土はならしたんで花とか草でも植えようかなって……」
いや、草はないか。
草植えてどうするんだ。
「なんで敬語? あなたって話してみると面白いんだね。――意外」
お、面白い?
そんな面白いこと言えたつもりは全くないんだが。
「いや、ちょっと緊張して……。朝倉さんの後ろに後光が差しているように――いや、ごめんっ! 何言ってんだ俺!」
「…………後光?」
「ごめん、ほんとうになんでもないから!」
「いいから、何が見えたのか教えて?」
「うぐっ……」
普段他人と話していないせいか。
建前とか嘘とか、そういうものが咄嗟に出てこない。
心に思い描いたセリフがそのままでてしまう。
「えっ……と、その、さっき言った通り……光が……」
もじもじしながら、毒を喰らわば皿までを実行する。
「朝倉さんの後ろに、女神というか神がかった強烈な光が見えた気がして……。正直、一緒にいるだけで倒れそうなぐらい……」
「…………!」
朝倉さんは目を見開く。
もしかして、いや、もしかしなくとも。
ドン引きしている。
もういやだ。
せっかく千載一遇のチャンスに巡り合えた。
会話して、それから……なんだ、チャンスって? 何がしたかったんだ。
俺は朝倉さんと話して――
「――お――か」
と、朝倉さんが何か言った。
「え?」
聞き取れなかったから聞き返すと、
「手伝おうか?」
「ええっ!?」
どうして、そんなことに!?
「毎日は無理だけど、たまにだったら放課後……ここで花を育てるの手伝ってもいいよ」
そう笑う朝倉さんはいつも通り、クラスメイトにいつもしている親切の振る舞い。
自分にだけ優しいんじゃない。
朝倉さんは、みんなに優しいのだ。
だから勘違いしてはならない。
誰もが奇人変人の涼宮ハルヒとの交流を諦めているというのに、未だに諦めていない数少ない人間の一人。
それほどまでの人格者が、手を差し伸べてくれただけなのだ。
そういう中途半端な気遣いが一番辛い。
でも。
それでも。
これから二人きりの時間と空間を共有する。
その事実だけはきっと、もう俺の意志では変えることなどできない。
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