第02話 ルーティンティーン
衝撃の自己紹介から数週間が過ぎた。
そして全てを悟った。
高校生活は退屈の極みだ。
朝起きて、学校に来て勉強をする。
学校が終わったら、寄り道もせずに帰宅。
宿題を終えたら寝る。
その繰り返し。
あまりにも決まりきった日常に辟易する。
中学を卒業し、少しは高校生というものに期待感があったのは否定しない。
だが、何一つ変わってなどいない。
もしも……宇宙人や未来人や、超能力者、あと、涼宮が言っていたのはなんだったか。
……忘れたが、そういう超常の存在がいれば、もっと楽しい毎日を送れるはずだ。
なのに。
この世界には特別なことなど何もない。
そんなの分かりきっている。
「あいつは……馬鹿だ」
涼宮は頭がおかしい。
それこそ、フランス料理とかに被せる銀色の蓋みたいなUFOに乗ってる宇宙人に捕まって、脳内を掻きまわされたのではないかというぐらいには。
この世界に楽しいことなんてない。
異常なことなんてなにもなくて、ただ緩慢に時間が過ぎていく。
生まれてきて、高校生になって、何か一つでもいい。
何か一つでも特別なことがあっただろうか。
そんなもの、なかった。
何もないから、印象に残ることなど一つもないから。
記憶がとびとびだ。
時間の連なりを感じない。
数年前のことすら、昨日のことのように感じるぐらいルーティン化された日常を――
「ふん」
「いっ――て――」
ガン、といきなり机に突進される。
教室。
胸中で高校生らしく人生について憂いていたというのに、いったい誰だ。
立ち上がろうとしていた時に、かなりの勢いで机にぶつかられた。
そのせいで、押し出されたように移動した机が、運悪くみぞ辺りに直撃した。
患部を手で押さえながら、半眼で犯人を睨み付ける。
そいつは、涼宮ハルヒだった。
「――なに? 何か用?」
「よ、用って言うか……」
涼宮は全く興味のない色をした瞳で、俺の顔を見やる。
路傍の石でももうちょっとましな見方をするんじゃないかってぐらいだ。
人間扱いさえされていない。
というか、なんでこいつにこんな高圧的な物言いされなきゃいけないんだ。
「あんた、もしかして宇宙人?」
「そ、そんなわけないだろ」
「ああ、そう。私忙しいんだけど」
こいつ、本当にただの人間に興味がないんだな。
言葉だけじゃなくて、心の底からそう思っているような態度だ。
こんな奴が他人に心を開くところを想像なんてできない。
いつまでも視線を交わらせる俺に、何が起きたのか悟ったのか、
「もしかして、私のせいでぶつけた? 悪いわね」
まるで悪いと思っていない口調で謝罪してきた。
そっぽを向いて、涼宮は教室の外へと出ていった。
あの性格じゃなければ、涼宮はもっとモテるはずだ。
涼宮はかなりの美人なのだ。
中学時代、それはもうモテた。
告白する奴はたくさんいたし、意外にも涼宮はそれを断らずに男と付き合った。
だがまあ、例外なく涼宮から振ったらしいが。
ただの人間だったのが気に喰わなかったのか。
高校に入学してからもその奇行は減らない。
噂によると、運動部だろうが文化部だろうが、見境なく入部と退部を繰り返しているらしい。
抜群の運動神経を持つ涼宮は運動部から引き止められるらしいが、どれも頑として首を縦にふらない。
頭はおかしいが、その並外れた行動力だけは少し羨ましくはある。
「――大丈夫?」
声をかけられる。
しかも、声をかけてきたのは朝倉涼子だった。
「あ、ああ」
彼女は涼宮と同じく美人だ。
だが、その性格には天と地ほども差がある。
親しくない俺のことを心配して声をかけてくれる彼女は、とても優しい。
他人を退ける涼宮に懸命に声をかけている、今となっては数少ない世話好きな一人。話しかけても無視されるのが普通の涼宮は、クラスでは浮いている。
それを憂いる彼女は、何度も女子の輪に入れようとしているのだ。
ある意味おせっかい女だが、何故か彼女には批難めいた感情は生まれない。
委員長のような振る舞いがとても似合っている。
「涼宮さんって休み時間いつも教室から出ていくけど、何しているのかしら?」
「さあ。宇宙人でも探しているんじゃないのか?」
ピクッ、と俺の冗談に、朝倉さんの眉が微かに動く。
おや、と違和感を覚えたのが一瞬。
「ふふっ。涼宮さんならありえるわね」
そう言い終えると、いつもの朝倉さんの笑顔が見られる。
今の一瞬の間はなんだったのだろう。
やっぱり、冗談を言うべきではなかった。
涼宮のような変人と思われなくない。
「…………」
「…………」
重苦しい沈黙の間。
もう二度と変なことを口走りたくがないために口を噤んでいたが、逆効果だ。
なにか。
なにか話題を振れないだろうか。
普段、クラスメイトと歓談しないから、こういう時に何から話せばいいのか分からない。
二人の共通項がいい。
涼宮のことを話すか。
いや、その話は一度終わった。
蒸し返すと、また変な空気が流れるかもしれない。
なにより、あまり涼宮のことに触れたくない。
となると、次の授業のことについて聞くのはどうだろう。
数学の宿題やった? あれ難しかったよね? ……これだ。これならば自然だ。
あまりがっついてプライベートの話を訊くのもおかしい。
勉強の話なら、優等生である朝倉もそれなりにくいついてくれるだろう。
成績の良さなら、普段の授業態度。
それから、先生に指名された時の受け答えで分かる。と――
「じゃあね」
沈黙に耐えきれなくなったのか、朝倉さんは手を振る。
そんな負の感情を微塵も見せない彼女は本当に女神のようだったが、少し虚しい。
一言二言の会話すらまともにできない自分が恥ずかしい。
そして、会話することを期待した自分の気持ちがもっと恥ずかしい。
「……ああ、じゃあね」
俺は力なく手を振りかえした。
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