第3話 櫃野風斗は60歳まで生きる

「ははは。それは怖いなあ。気をつけるよ」


教室に戻った私は、念のため例のクラスメイト――櫃野風斗ひつのふうとに、さりげなく警告をした。

そしたらこのリアクション。完全にホラ吹き女だと思われているに違いない。


「あのね、あんたね……」

「大丈夫。僕、この間占い師のおじさんに『60歳までは大した事件もなく長生きする』って言われたから」

「そんな理由で!?」

「うん。じゃあ僕、用事あるから。また明日」


開いた口がふさがらない。

この特に目立った特徴もない一般モブ生徒は、超絶美少女同級生のこの私よりも胡散臭い占い師のオッサンを信用するというのだ。

呆然とする私を尻目に、彼は颯爽と教室を後にした。


「……ふふふ、いい度胸じゃない……私の未来視が確実だってこと、思い知らせてあげるわ……」


遠巻きに見るクラスメイト達の目を意に介せず、私は決心を新たにした。

そこに雨音れいんから携帯のメッセージ機能で連絡が入る。


[そんじゃ、あたしは先に彼を尾行してるよ(^o^)]

[あと、マシェの未来視が確実だってこと、今回は思い知らせちゃダメだよ!(。>﹏<。)]


それは確かにそうだ、と思い、あのいまいち印象の薄い男子生徒にどうやって恩を着せようか考えながら、私も教室を後にするのであった。


---


……結論から言うと、私達が街の地方銀行に入ったところで銀行強盗に襲われた。


「う……動くなよ!動いたら……撃つぞ!本気だぞ!」


たまたま犯人の近くに居た私は拘束され、銃を突きつけられている。

客入りも少ない地方銀行で、ヤンキー風女子高生、普通の男子高生、可憐な女子高生の3人から誰を人質にするかということを考えれば当然の帰結であった。

この犯人に見る目があることを評価すると同時に、これが場当たり的犯行で後先考えていないことも理解できた。

この犯人は本当に撃つ気があるのか?という疑問を浮かべると同時に雨音を見る。

雨音れいんは静かに首を横に振った。


思った通りだ。この犯人は撃つ気はない。


「こ、このバッグに!入るだけ金を詰めろ!」


犯人はカウンターにかばんを置くが、他の職員が警察へ通報するためのボタンを押していることにも気づいていないだろう。

雨音れいんの方を見る。

あの子なら隙を見てこの男を拘束するくらいはできるだろう。

喧嘩慣れしている上に心を読む雨音れいんに一対一で勝てる人間はそうそういるものではない。

雨音れいんが静かに頷き、ゆっくりと動く。


「あ、あの……!人質にするなら、僕を……!」


声を上げたのは櫃野ひつのだった。

ゆっくりと手を上げ、こちらに歩いてくる。


「う、動くなと言っただろ!」


犯人が銃を向ける。

撃つつもりなど無かったはずの引き金が、震えた指で握られる。


「馬鹿――!」


乾いた音。


視界が赤い。倒れたクラスメイト。穴の空いたセーター。床には赤く、染みが――

教室で見た光景が、こんなにもあっけなく繰り返された。

犯人は狼狽し、うわ言のように「俺じゃない……俺のせいじゃない……」などと繰り返している。


胸にお守りが入っていたわけでもなく、

漫画本を胸に仕舞っていたわけでもなく、

弾がかすめたわけでもなく、


ほんの偶然の事故で、クラスメイトは死んでしまった。


「何で……何してるのよ、馬鹿――」


涙を零しながら倒れたクラスメイトに掴みかかり、わたしは次の未来を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る