17 衝突

 葵と神門は中華街に駆けつけた。既に本部と署轄の捜査員が現場検証に来ていた。その中に洸二の姿もあった。

(げっ……何で来てるの?)途端に表情を曇らせた葵は、神門に

「……すみません課長。私目立たないようにじっとしててもいいですか?」

と小声で話しかけた。何かを察したのか、神門は

「わかった。僕の後ろにいなさい」

と穏やかな口調で返した。

 しかしその瞬間、洸二がたまたま神門のいる方向に目を向けてしまったため、葵の存在がバレてしまったのだ。ペアルックのような2人を目の当たりにして、非番だと知り幾度となく電話をかけたにも拘らず葵に徹底的にスルーされたことを思い出し、鬼の形相で洸二は2人の下に歩み寄った。

「神門さん、何しにいらっしゃったんですか」

洸二は刺々しい言葉で、まず神門を責め始めた。

「署轄から応援要請がありましたので駆けつけた次第です、深谷検事」

神門はこう返事し、更にこう付け加えた。

「今日は非番だったのですが、事件が起こってしまっては仕方ありませんね。折角の彼女とのデートだったんですが……」

「「はあ!?」」

洸二は勿論のこと、葵も思わず真っ赤な顔で声を上げてしまった。

(えっ?課長何言ってるのっ!?潜入捜査だったでしょう、私たちが行ったのは!!デートでも何でもないでしょう?しかもその潜入捜査すらできてなかったし!!もぉ何なのよぉ……訳分かんないわぁ!!!!!)想定外の発言に、葵はまたもや頭の中がグルグルになってしまった。その様子を見て、洸二はますます怒りがこみ上げてきた。

「おい菱峰!!おまえどういうつもりだ!?」

今度は葵に詰め寄った。

「えーっと、どちら様でしたっけ」

我に返りつつも、まだ許す気がない葵は、洸二の態度にイラっとしたのか、面識がないかの如くつーんと振る舞った。それが更に洸二の怒りを助長させたのだ。

「ふざけるなよおまえ!!昨日から電話にも全然出ないし、今日に至っては電源までオフってただろうが!!俺の電話には出るんじゃなかったのかよ!?」

事件現場で無駄吠えする洸二。

「見ず知らずの人からかかってきた電話に出なければならない義務はないと思いますけど」

と、洸二とは対照に、至って冷静沈着な回答をする葵。

「てめ……しっかり知り合いだろうが!!俺のこと好きなんじゃないのかー!?」

頭に血が上りすぎて、事件現場で恥ずかしいことを言い出す洸二。

「はあ?仰ってる意味が解んないんですけど」

飽くまでも冷静さを保つ葵。更に

「私には彼氏がちゃんといるんですけど。どうして私が人のプライベートにスパイクでズカズカ踏み込んでくるデリカシーのない男を好きになるんですか。私が好きな人は、そんな無粋な輩とは全くもって違いますけど」

と、止めの一撃を喰らわせた。飽くまでも冷静に。

 現場は、業務に関係のない2人のやり取りに半ば苛つきながらも、着々と検証を進めていた。が、最後まで空気の読めない、暴走モードの男がこう叫んだ。

「だってノアールのマスターが!!」

これには葵も辟易した。そしてこう切り返した。

「マスターが話した方は全くもって別の方です。勘違いさせてしまってすみません。先輩のことは尊敬はしていましたが、これまで1度たりとも男性として好きになったことはありませんので、悪しからず。マスターにもきちんと話して誤解を解いておきます」

決定的な宣告を受けた洸二は、一気に血の気が引き、その場でぺたっと座り込んでしまった。そんな状態の先輩に、葵は更に追い討ちをかけた。

「あなたのことは今後一切許しませんから」

ショックのあまり言葉すら発することのできない洸二を尻目に、

「課長失礼しました!検証の手伝いしましょう!」

と、葵は手袋と靴用のビニル袋をはめ、規制線を越えて走っていった。

「ちょっ、待ちたまえ菱峰君!」

神門は少し慌てて現場に入ろうとした。しかし一歩止まって、

「深谷検事、あなたこそ何しにいらっしゃったんですか?検事ならば我々の指揮監督のみに徹底なさってください。でないと仕事の邪魔です」

と、両手をついて俯いている洸二に向かって、珍しく厳しい口調で放ち、規制線を越えて葵の後について行った。その様子を見ていた本部1課所属の門脇刑事(28歳男性)は、

「課長カッコよすぎ……」

とこっそり呟いていた。

 現場は既に人型のテープが張られている状態であった。被害者は辛うじて一命をとり止めたものの、出血量が多く、未だ吐き気を誘発するような生臭い空気が立ちこめていた。

 葵は署轄の刑事から情報を聞き出した。被害者は東京都北区の渋谷栄治(しぶたに·えいじ)39歳。刃渡り20センチのサバイバルナイフで右腹部を刺されたものの、急所を外していたため、現在は搬送先の病院で輸血を受けながら、刺創箇所の縫合手術を受けている。

 対して加害者と目される重要参考人は……何とあの「鈴村純」こと鈴村純代であった。またもや鈴村は「正当防衛だ」と主張しながら署に連行され、取り調べを受けることになったのであった。

「被害者は兎も角何であの鈴村がまた……」

葵は立て続けに起こった事件に、一層のこと連続性を感じ取っていた。とは言え今回の被害者は東京在住の人間だ。たまたま事件を起こしたのが、最初の事件の元容疑者だったということであろう。少々時間がかかるが、直に鏑木監察医の検死の結果が出る筈である。

 それまで待とう。

 葵ははめていた手袋を取り、神門の下に歩み寄った。そして

「課長、今からならまだ間に合います。サロンに行きましょう」

と声を掛けた。

「あ、ああそうだね。時間大丈夫かい?」

神門は尋ねた。

「はい課長。少しでも早い方がいいと思います。さ、行きましょう!」

今度は逆に葵が神門の手を取った。

 第2ラウンド開始。サロンは午後5時に閉店となる。2人は急いで元来た道を引き返したのであった。

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