14 本懐
ノアールの駐車場で暫く洸二は考え事をしていた。
葵と一磨の事だ。
一磨がイギリスのチームに移籍するという事は、即ち神奈川県警で働く葵とは離れ離れになるという事だ。葵が一磨のプロポーズをオーケーしたところで、何れにしても、一旦は遠距離になる。ならば敢えて2人を別れさせなくてもいい訳だ。その間に破談になる事も十分に有り得る。俺はずっと葵のそばにくっついていればいい。葵が警察を辞める筈がない。
よし決まった。
俺はひとまず葵に正式に告ろう。そう考えを纏め、洸二はおもむろに携帯で電話を架けた。架けた先は話中だった。
「誰と話してるんだ葵!?」
その頃葵は神門と話していたのだった。
タイミングの悪い男、深谷洸二。
「くそ……。明日にしてやるぜ」
そう捨て台詞を吐き、洸二は車を自宅のある横浜へと走らせたのだった。
その直後、葵は話中に架かってきた電話番号のショートメールを見ていた。
「……。何なのよ一体……」
葵に先程の怒りが再びこみ上げてきた。
「……あ、ご飯食べなきゃ!お肉が硬くなっちゃう!」
花より団子、色気より食い気を地で行く菱峰葵だった。
「でもやっぱ、1人で食べるご飯って味気ないよね……」
殊の外ジューシーに焼きあがった鶏胸ソティを頬張りながらも、今の心境を思わず口走る葵がいた。美味しくできた筈なのに、今夜のご飯は何故か複雑な味がしたのだった。
やがて夜が明け、葵にとって前日の代休となる非番の日になった。
「お呼ばれだけど、こんな服でよかったのかしら……?」
葵は白無地のシャツにデニムのブーツカットのパンツという、色気もなにもない格好で川崎駅東口のタクシー乗り場の近くで壁に寄りかかりながら、待ち合わせの相手が来るのを待っていた。
そんな折、葵の携帯電話がワルキューレを奏でだした。洸二からだった。
「んーと……。暫く許す気はないから」
と一言放って、葵は携帯電話の赤いボタンを押した。
「あれ?今日は非番だろアイツ?」
前以て県警本部に電話で確認していた洸二は、もう1度葵の携帯電話を呼び出した。再び切られる電話。
「なっ……!?何で出ないんだよアイツ……!!」
「自分からの電話だったら必ず出るだろう」と、昨晩のノアールのマスターの話から、葵が自分のことを好きだと決めてかかっていた洸二には、どうにも合点がいかなかった。
「しつこいのよ、全く……!!」
明らかに苛立っていた葵だったが、次に鳴ったワルキューレの主の名前を見て、途端にその相好を崩した。そしてその相手からの電話に口角を上げながら出たのだった。
「あ、こんにちは。どうしました?……」
その間にも洸二は3度目の電話を架けていたが、話中になっていた。
「何なんだよ一体……。お前が好きなのは俺じゃないのか葵……!?」
葵の本懐につき、洸二は疑問を感じざるを得なかった。
一方葵が3分ほどでその電話を終わらせた直後、またワルキューレが鳴り出した。
「今日はよく電話が鳴るわね」
と携帯電話の画面を見た。発信者は神門だったので、葵はすぐに通話ボタンを押した。
「お疲れ様です」
「お疲れ。今、すぐ近くの交差点で信号待ちしてる。もうすぐ着くから、そのまま東口のタクシー乗り場のそばで待っててくれ」
「はい、了解です!お気をつけて」
2分後、後部座席の右側に黒のスーツをビシッと着こなした神門を乗せたタクシーが、指定の場所に到着した。
「さ、乗って」
「はい、失礼します」
神門に促され、葵はそのタクシーに乗り込んだ。葵はすぐさま携帯電話の電源を切った。
それから5分後、再び懲りずに電話を架ける洸二がいた。
『こちらは○○○○です。お架けになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為、架かりません』
洸二の耳許に、携帯電話会社のメッセージが空しく響き渡ったのであった。
「……今日は諦めるか……」
洸二は両肩をがくんと落としながら、とぼとぼと横浜地検庁舎に入って行った。
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