13 衝撃

 程なくして葵はぐったりしながら自宅マンションに帰り着いた。

「今日は何だか色んなことがあり過ぎだわ。明日が代休になってよかった」

思わず本音が葵の口から飛び出した。

「ごはん食べ損ねたわね……」

そう言いながら冷蔵庫の扉を開け、中から今日が消費期限の鶏胸肉を取り出した。

「ここのへぼ作者みたく、鶏胸ソティでも作るか」

うるさいな、鶏胸ソティ、ヘルシーだし上手く焼けばももよりジューシーなんだぜ。

 次に野菜室からキャベツを取り出し、手で3cm×3cmくらいに千切って耐熱皿の上に葉っぱ3枚分を均等に乗せた。それにラップをかけ、700Wのレンジに3分間かける準備をした。そして鶏胸肉1枚をまな板の上に乗せ、フォークでぐさぐさ刺して細かい穴を両面に開け、軽く塩コショウを振り、再びラップに包んで冷蔵庫に10分ほどしまい直した。

「ああ、嫁が欲しい……」

葵は無意識に呟いた。同時に、先程の一磨のプロポーズの言葉を思い出した。

「何で断れなかったのよ」

一磨に対する気持ちがまだ完全に冷め切っていなかった自分に、未だ気づけずにいる葵だった。

「♪」

 葵の携帯電話が「ワルキューレの騎行」を奏で始めた。

 誰かからの着信だ。バッグに入ったままの携帯電話を取り出し、電話に出た。

「はい、菱峰です」

『神門です』

「あ、課長。お疲れ様です」

『君こそ、今日は非番だったのにお疲れ様。今大丈夫かい?』

神門は物腰が柔らかく、礼儀もしっかりした大人の男だ。

「はい、大丈夫です。何か用があったんですよね」

葵は尋ねた。

『あ、いや、特に用があるって訳ではなかったんだが……』

「そうなんですか?」

『あ、いやそうでもないかな……』

「どうしました課長?」

『明日は僕も非番でね、もしよかったらうちに遊びに来ないか?』

「えっ?」

『……実は相談したい事があるんだ。明日は僕の手料理も振る舞うから』

「えっ、手料理?伺います!」

食いしん坊万歳を地で行く葵。しっかりと食べ物につられていた。

『よし、お昼前に川崎駅前まで来てくれ。タクシーで迎えに行くから』

「了解です!よろしくお願いします」

『こちらこそよろしく。それじゃ、おやすみ』

「はい、おやすみなさい」

終話した葵は、

「そろそろお肉焼くか」

と、早々に今日の晩御飯へと気持ちを切り替えていた。

 一方その頃、再びノアールに入り直し、カウンターで濃く淹れてもらったグアテマラの3杯目を飲みながら荒れている洸二がいた。

「お客さん、大丈夫ですか?」

マスターは声を掛けた。

「……大丈夫じゃないですよ。目の前であんな光景見せつけられたら……」

洸二には相当堪えていたのだ。

「あなた……ひょっとして、葵ちゃんのお知り合いですか?」

「……はい……」

「そうか、なら話してもいいか」

「何か?」

「ええ、葵ちゃんね、このところずっと滅入ってたんだよ。さっきの日下部君と会えないからって」

「はあ……」

「で、今日お昼過ぎに葵ちゃんから連絡があって、『今日夜7時にお邪魔します。彼も来るから……別れようと思います』って」

「はあ……」

「僕も、誰か他に好きな人ができたのか、と尋ねたら『はい』って言っててね」

「えっ?」

「それ、あなたの事じゃないですか?」

「ええっ!?アイツそんな素振りなんて1度も見せた事ないですよ!」

「あれ、あなたかと思ったんですがね。以前『素敵な人がいる』って教えてくれた人の特徴があなたにすごく似ていたから」

「そうなんですか?」

「うん」

マスターは更に続けた。

「でも日下部君がねえ……プロポーズ受けるのかねえ葵ちゃん……?」

「さあ……」

そう返事しながら、今日受けた衝撃を忘れられる訳もなく、洸二は凹んでいた。

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