11 変化
怒りにまかせて、鶴見区をはじめとしてこの日6区分のデータ収集を遂行できた葵と聖子は、県警本部に戻る前に本牧署に立ち寄っていた。佐々木に、出頭してきた小山貴美江について訊く為だった。
宮川登とどういった関係なのかも含め、余りにも謎が多い小山。公園での第二の殺人との関連が未だ払拭できない中、思考の整理をする為に、どうしても葵は佐々木に頼んで小山の取り調べの様子を見せてもらわないといけないと考えていたのだ。
2人は署の1階廊下を歩きながら会話していた。
「で、葵はどう考えてんのよ?」
「うん、ここにきてなんだけど、最初に捕まってた鈴村純も出頭してきた小山貴美江も、ひょっとしたら知り合いなんじゃないかって」
「うーん、それも考えられるわねえ」
「それにね、出身地以外にもまだ共通点が残ってるのよ」
「ん?それって年の事?」
「そう!今まで出てきた全員が昭和51年4月から52年3月までの生まれなの。同級生なのよ」
「それは納得できるわよ。だけど小山は他の加害者や被害者とは出身が違うわ」
「だからどういった繋がりかを取り調べで把握しようと思って」
「なるほどね。佐々木さんかあ……久しぶりだなあ。私のこと判るかしら?」
「ぷっ。たぶん判らんでしょうね」
やがて2人は佐々木がいる取調室前まで到着した。
「佐々木さんお疲れ様です」
「おう新人!何か判ったか?」
「いや何も……。小田の取り調べ見させてください」
「そりゃいいんだが…。隣の別嬪さんは誰だ?」
佐々木は聖子を指さして尋ねた。
「別嬪さんって?」
首を傾げながら葵は訊き返した。
「お久しぶりです佐々木さん!伊藤聖です!」
聖子はきちんと立ち直して、佐々木に向かって敬礼した。
「は?伊藤……?」
首を傾げながら佐々木は訊き返した。
「ちょっ……佐々木さん!自分のこと忘れたんすか!?」
額に変な汗をかきながら聖子は尋ねた。
「……冗談じゃねえか。何で女装してるんだ伊藤?」
「じょ、女装じゃないっす!!自分女ですもん!!」
「……まだ付いてんだろ?なら男じゃねえか」
「……反論できない……」
「2人ともいいからっ!取り調べ見させてください!」
葵は佐々木と聖子のやり取りに軽く苛立ちを覚えながら呼びかけた。
『はいすみません』
佐々木と聖子は同時に返事した。
気を取り直して、取調室の中を覗いた葵と聖子。第2取調室の中にいる小山貴美江は、色白でスレンダーな美女だった。実年齢より10歳以上若く見えるほど、洗練されていた。若干下を見たまま約4時間黙秘を続けていた。
「あ、あれって読モのKIMMYじゃない?」
聖子はそう言った。
「えっ?読モ?」
葵は聖子に訊ねた。
「うん、私が読んでるファッション雑誌の読者モデル」
「あんたそんなの読んでんの?」
「もちろん!服見るの好きなのよ」
「へえ……。やっぱ女なのねあんた」
「失礼ね!最初から女だって言ってたでしょ!!」
「だって、まだ『付いてる』んでしょ?」
「あっ、葵!!あんた何てこと言ってんの!?女でしょ!?」
額に尋常でない汗をかきながら、聖子は葵を説教した。
その瞬間、聖子は小山に関するあることを思い出した。
「あれ、KIMMYって、金沢区出身だって話してたのよね?」
「うん、深谷さんはそう聞いたって話してたわ」
「違う!彼女のプロフィールにはそんなこと書いてなかったわ!」
「えっ?どういうこと?」
「彼女、結婚前は九州出身だって書いてたわよ、プロフィールに」
「何ですって!?」
「それは本当か伊藤!?」
佐々木も驚いていた。
「はいそうなんすよ。何処だったかなあ……確かM県って……」
聖子は残っていた記憶を絞り出した。
「何ですって!?」
「おい、それじゃあ本籍が金沢区ってのは……」
「結婚後の本籍って事かと……」
「繋がった……」
葵はそう呟くと、
「すみません佐々木さん。聴取担当の方に、鈴村純との関係を遠回しに訊いてもらってもいいですか?」
と佐々木にお願いした。
「ああ。必要事項だ。任せろ」
佐々木はそう答えると、取調室の扉を叩き、担当刑事にその旨を小声で伝えた。
刑事は取り調べを再開し、その件につき質問し始めた。その音声が、佐々木・葵・聖子のいる部屋に流れてきた。
「少し質問します。あなたのご結婚前の出身地はどちらですか?」
「……九州です……」
「九州の何県ですか?」
「……M県……」
「現在は金沢区が本籍地になっていますが、その前はM県に本籍があったという事で間違いありませんか?」
「……はい……」
「そうですか。横浜には同じM県出身のお友達はいますか?」
「……ええ、何人か……」
「その中に鈴村さんという女性はいますか?」
「……はい、親友の鈴村純代(すみよ)という子がいます……」
「鈴村純代さん、ですか?」
「……はい……」
「分かりました。一旦休憩しましょう」
これを聴いていた葵ははっとした。
「てことは、鈴村純こと鈴村純代は、住所不定でも何でもなかったってことじゃないですか!」
「ああ、そういうことになるな」
「……繋がった!!」
葵は拳をぐっと握りしめ、力を込めてそう放った。その様子を見ながら、聖子はこう話した。
「でも、必ずしも本牧と公園の事件が繋がっているとは言えないんじゃないの?」
「そこなのよ。被害者2人ともM県M市出身だという事だけが共通点で、実際捕まえた容疑者は違う場所にそれぞれいる訳だし」
葵がそう返したあと、すかさず
「ならばそれぞれで調べていけばいい事じゃねえか」
佐々木はそう進言した。
『えっ?』
葵と聖子は同時に発した。
「俺が本牧の事件については聴き込みするから、お前ら2人は公園の事件の聴き込みやるんだ」
『はい!』
葵と聖子は佐々木に挨拶して、急いで県警本部に帰った。本牧署での一部始終と、入手した6区分のデータを神門に報告・提出した。
「お疲れ様。2人とも今日はこれで上がっていいよ」
神門はそう声掛けした。
「有難うございます!」
「お先に失礼します!」
と帰ろうとした2人のうち、
「あ、菱峰君ちょっと」
と神門は葵を呼び止めた。
「どうしました課長?」
葵は振り返った。
「君、今日非番だっただろ。明日代休取りなさい」
「えっ?事件の聴き込みが……」
「いいから」
「……はい、有難うございます」
「それと……」
「どうしました?」
「また今晩連絡するから、その時話すよ」
「……分かりました。7時から用があるので、携帯電話に伝言メモ残しておいてください。折り返します」
「ああ。気を付けて帰るんだぞ」
「あ、有難うございます」
急いで署を出る葵。時刻は夕方5時40分。7時の約束にギリギリ間に合うかという時間帯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます