10 誤算
葵と聖子はそれぞれ自席に戻り、それぞれで考え事をしていた。
(どうやって裏を取っていこう)と取り調べの進行過程について思案する聖子。一方葵は、何かが腑に落ちないのだが、それが果たして何なのかを気づけず、軽い苛立ちを覚えていた。
(とにかく動くしかないか……)葵はそう心に決めると、聖子に
「聖子、市役所行くわよ!!」
と声を掛けた。
「市役所だけで判るの?全部の区役所行かないと判んないんじゃないの?」
と返す聖子。
「それもそうね。何せ横浜だから……」
「そうそう!横浜に幾つ区があると思う?何日かかるか分からないわよ!」
「全部で18区よ。分かったわ。でも飽くまでも聖子と私はバディで動かなきゃならないわ」
バディ=2人1組で互助するタッグの組み方である。警察の捜査の基本中の基本である。それをする様々な理由があるが、ここでは割愛する。
「まずは鶴見から行きますか、聖子!」
「そうね、そうしましょう!」
2人は白いスバルインプレッサ(=覆面パト)で鶴見区役所を目指して走り出した。運転は聖子が担当していた。もちろん普通の靴に履き替えて。助手席の葵は、尚考え事をしていた。
(何かが引っ掛かる、何かが……。でもそれが何なのかが……)
険しい表情で考え込む様子をバックミラーで見ながら、
「ちょっと葵!あんた眉間がスゴイ事になってんわよ!!」
と聖子が軽く叫んだ。
「うるさいわね!!あんたは黙って運転だけしてりゃいいのよ!!」
と葵は苛立ちを隠せず、聖子に返した。
「次はあんたが運転しなさいよ、葵!!」
「わかったわよ!!あんたを恐怖に陥れてやるから覚えてらっしゃい!!」
その言葉を聞いて、3秒ほど考え込んだ後、
「……やっぱ私が運転するわよ!!まだ死にたくないからっ!!」
と聖子は答えた。
「それ見たことか!!」
葵は半笑いで聖子に答えた。
同期でキャリアとして県警本部に配属になり、丸1年。いわば同郷から上京してきた同級生の感覚で、葵と聖子は繋がっていた。
「同郷……」
葵は意図せず呟いた。
「えっ、道教がどうかしたの?老荘思想?」
「違うわよ!!同じ出身地の『同郷』……」
その時、葵の中で生じていた違和感が明白になった。
「違う……!!あの女だけ状況が違うじゃない……!!」
得心がいった葵はそう叫んだ。
「何、あの女って?」
聖子は勿論理解し得なかったので、葵に訊き返したのと同時に、葵の携帯電話の着メロ♪ワルキューレの騎行♪が流れた。
「深谷先輩よ、出ていい?」
「えっ?深谷さん?私も話したいわ♡」
「あんた今話したら完全に道交法違反で検挙するわよ」
「わかったわよ!!早く出なさいよ!!」
悪戯な笑みを浮かべながら、葵は電話に出た。
「はい菱峰です」
「深谷だ。本牧署で動きがあった。鈴村純が釈放された」
「何ですって!?」
「犯人を名乗る女性が現れたんだ」
「は?だって鈴村純は『自分は正当防衛だ』って言ってたじゃないですか!」
「うん、それが、その出頭してきた女性が『私がやりました』って言ってきたんだよ」
「その女……まさかM県M市出身ですか?」
葵は洸二にそう訊いた。
「いや、横浜の金沢区出身だそうだ。名前は小山貴美江。昭和51年11月24日生まれ、本籍地横浜市金沢区。金沢区役所からも裏が取れてる」
「な、何ということを……解りました、有難うございます」
電話を切りながら、みるみるうちに顔面蒼白になる葵。
それをバックミラー越しに見た聖子が、
「あ、あんた大丈夫?」
と声を掛けた。
「うん、大丈夫じゃないかも」
葵の見ていた違和感の対象は鈴村純だった。他の容疑者や被害者と違って、彼女だけ「住所不定」だったのだ。
「私の誤算よ。本牧の最初の容疑者が釈放されたわ」
「本ボシがいたの?」
「ええ、そしてそのホシは金沢区の出身よ」
「ええっ!?じゃあM県M市は?」
「共通点ではなくなったってことよ」
「えええーっ!?じゃあ私達が今やってるのは?」
「鶴見までのドライブ」
「うわあ……何か腹立ってきた!」
「とりあえず、何の成果も挙げないで帰る訳にはいかないわ。鶴見のデータだけでも取って帰りましょう!」
「当たり前よ!何だか腹立ったから、ついでに他の区にも行くわよ!付き合いなさいよ、葵!!」
「勿論よ!!付き合ってやるわよ聖子!!」
怒りに震えるインプレッサが、横浜の街並みを駆け抜けていった。
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