8 一致
葵と洸二は悲鳴が聞こえた場所へと走った。
そこには、胸部を刃物で刺された男性が横たわり、そのそばに血だらけの女が呆然と立っていた。悲鳴を上げたのは、その2人から3メートルほど離れた場所に立っている2人組の若い女性だった。
「これって今朝と……」
葵はその状況を見て、本牧倉庫で起きた殺人事件と似ていると感じた。
「全員動かないで!」
洸二はその場で見ているギャラリーを含めて行動を制した。そして、
「菱峰、すぐに本部に連絡しろ!救急は俺が呼ぶ!」
と葵に指示を出した。
「了解です、深谷さん!」
2人の対応は迅速だった。
結果刺された男性は辛うじて一命を取りとめた。そしてそばにいた女を殺人未遂の容疑で連行した。
しかし、女=田浦奈緒子はまたしても、
「私は正当防衛なんです!あいつが……、上園が私を殺そうとして刃物を……!!」
と、飽くまでも男性=上園和昌に対しての正当防衛を訴えたのだった。
葵はデジャヴュを感じていた。同日の近い時間に同じ様なシチュエイションで起こった事件に対し、心の中に生じるモヤっとした気持ちを覚えざるを得なかった。
「深谷さん、こんなに状況とかが一致する事件って、なかなかないですよね」
と、葵は洸二に訴えた。
「ああ。でも最初の事件の犯人は既に本牧署にいるだろ。考え過ぎだぞ、菱峰!」
洸二は葵を窘めた。
「そうなんですけど……何かひっかかるんですよね……」
その場で腕を組みながら考え事をしている葵に対して、
「まあいい。ところで今日の非番はお互い返上するか?」
と洸二は苦笑いしながら声を掛けた。
「はい。色々有難うございました、深谷さん」
「俺こそすまなかったな。本部まで送るよ」
葵を助手席に乗せ、洸二は再び車を走らせた。
その途上、洸二が何気なしに
「なあ、下の名前で呼んでい」
と葵に尋ねきらないうちに、
「ダメです」
と葵は一瞬で切って捨ててしまった。
(やっぱりかー……。そうだよなあ)
またしても洸二は内心凹み倒したのだった。
「……まだあの男と付き合ってるのか?」
「……はい。今日夜会う約束しました」
「さっきの電話か……。大丈夫なのか、あの男?」
「うん……でもまだ付き合ってるから……別れてないから……」
煮え切らない葵の様子を見て、洸二は軽く苛ついていた。
「おまえらしくもないなあ。あの男とは別れた方がいいぞ。おまえの為だ」
そう葵を諌めた。
「分かってるんですけど……彼の事がほっとけなくて……」
葵はそう答えた。
「……何処で会うんだ?」
「……マンションの近所の『ノアール』ってカフェです」
「そうか……。俺も行っていいか?」
「はあ!?ダメでしょそれは!!」
「だから客として近くにいるだけだ!」
「ええー……。絶対にダメです!!」
強い調子で葵に拒否され、大いに凹む洸二であった。
葵は県警本部に到着した。洸二に礼を言って、所属する刑事第一課に入っていった。そこには上司の第一課長・神門龍彦(ごうどたつひこ)が待ち構えていた。
「菱峰君、すまんな。非番なのに」
神門は葵を気遣った。
「いえ、有難うございます、課長」
警察官とは思えない様な、肩より少し長い艶やかなストレートの黒髪を後ろに流し、黒のスーツを着こなした、長身の30歳代前半の細身の紳士で、幅が細いメガネのレンズの奥で、いつも笑みを絶やさない様な細めた目をしている、端正な顔立ちをした大人の男だ。もちろん葵と同じキャリア組の先輩だが、その中でも異例の速さで第一課長に昇格したという、恐らく警察史上最高レベルの人材であった。
「田浦奈緒子は今どうしていますか?」
「ああ、今伊藤君が取調べをしてるよ」
「聖子ですか。じゃあ大丈夫でしょうね」
「ただ相手は女性だからなあ。男性ならイチコロなんだが」
「課長、それはセクハラ発言ですよ」
「僕らにしてみたら、彼女の格好の方が十分セクハラな様な気がするんだが」
神門は正直に話した。
「まあ確かに」
葵も同性ながら、彼の本音に納得した。
「『確かに』ってどういう事よ葵!?」
はっと部屋の入り口を振り返ると、そこに噂の主こと伊藤聖子が仁王立ちしていた。
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