6 失態

 鈴村と世間話を暫くしていた葵が、彼女にこう切り出した。

「そういえば、先程ここの刑事に聞いたんですが、着いてすぐにあなたは『電話したい』と話してたそうですね。何か用事があったんですか?」

鈴村は、それを聞いた瞬間顔色をゴロっと変えた。そして、

「そうよ。お店の子に代わりに店を開けてほしいから、その段取りの引き継ぎしようかと思ったのよ。なのにあの刑事、頭ごなしに何度も『ダメだ!!』なんて言うから腹立っちゃって!」

と答えた。更に、

「あの銀縁メガネの冴えない小太りの中年刑事!あなたも言っといてよ!少しは融通利かせなさいよって!!」

相当立腹していた様子で鈴村は返した。

「くっそあのアマ……!!」

洸二や佐々木警部と一緒に様子を見ていた、銀縁メガネの冴えない小太りの中年刑事こと小田は、その話を聴いて、右の拳を握りしめながらそうつぶやいていた。

「まあまあ、お前が理由も話さずいきなり切って捨てたからだろう」

佐々木警部はそう声を掛けた。

「でも佐々木さん……決まりだからしょうがないっしょ!」

悔しさを全面に出しながら、小田はそう答えた。

 鈴木の話を聞いて、葵は、

「でもね鈴木さん、あなたは逮捕されていますので、法律で衣服以外は全て、釈放されるまでは没収しなければならないと決められてるんです。外部との連絡のやり取りも禁止なんですよ。但し、弁護人との接見はあなたの権利として認められています。御用があったら顧問の弁護士に話してください」

と彼女に説明した。

 それに対し、鈴村は、

「その弁護士がいない場合はどうするのよ」

と訊ねた。

「国選弁護人が就きますから、その弁護士に相談してください」

と葵は答えた。

「なるほどね、解ったわ。うちの店の顧問やってる島谷先生を呼んでちょうだい」

と鈴村が言った瞬間、葵と洸二の表情が曇った。

「島谷?まさか島谷美香子、さん!?」

「ええそうよ。彼女、前任の弁護士の先生の事務所に最近入ってきて、彼女が今顧問なのよ」

「な……ちょっと待っててくださいね……」

「ええ?お知り合いなの?」

「ま、まあ……」

葵は一旦取調室を出た。そして洸二の元に駆け寄った。

「深谷さん、どうしましょう。島谷さんが来ますよ……」

普段の様子と明らかに違う、不安を隠せない表情の葵がいた。

「仕方ない。断る訳にはいかないから、島谷を呼ぶ手配をするんだ。佐々木さん、前田法律事務所の島谷美香子弁護士を召致してください」

洸二は冷静さを保ちながら、佐々木に指示を出した。

 刑事事件では、検事は警察官を指揮監督する権限を持っている。弁護士召致については、容疑者=被疑者の当然の権利なので拒否ができないのだ。

「よりによって、島谷さんだとは……」

葵は青ざめた表情でそうつぶやいた。そして取調室に戻った。

「ねえあなた。島谷先生とは年も近いわよね。お友達なの?」

鈴村は葵にそう質問を始めた。

「えっ?い、いえ友達ではないです」

葵は正直に答えた。

「でも何で島谷先生の事知ってるの?」

「そ、それは……大学の先輩だから、です」

「へーえ、世間って狭いものね。あなた島谷先生と何かあったんでしょ!」

「!?」

一瞬葵は言葉に詰まった。しかし、

「いえ、何もないですよ。ただ学部が同じだったというだけです。何せ年も5歳彼女が上ですので、そもそも接点が余りないんです」

とすぐに冷静に戻って回答した。

 その様子を見て鈴村は、

「わかったわ。あとであなたのこと島谷先生に聞いてみるわね。ふふふ、楽し……」

と言い終わらないところで扉が開き、

「島谷弁護士が到着しました」

と制服の警官が伝えた。

「わかりました。鈴村さんを接見室へ案内してあげてください」

そう答えて、葵は取調室から出た。

洸二と佐々木警部のいるところに戻った葵に対し、洸二はこう言った。

「おまえ、最悪だな」

「まあそう言わんでください。コイツはまだ新人ですから。そういった機微についてはこれから勉強していかないといけないんです」

佐々木警部はすかさず葵を庇った。

「……すみません。出しゃばり過ぎました。以後気をつけます」

葵は、容疑者=被疑者に弱みを握られるという、刑事としてあってはならない失態を冒していた。

身に沁みて自覚して凹み倒している葵と軽く立腹している洸二に対し、

「2人とも今日は非番でしょう。ここはいいから休んでください。あとは我々がやりますから」

と、佐々木警部が優しい言葉を掛けた。

「……はい。佐々木警部、有難うございます」

洸二はそう答え、葵に

「ほら、帰るぞ!送っていくから!」

と声を掛けた。

「……ホントにすみません」

力のない声で葵は答え、その場を後にした。

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