5 事情聴取
本牧署第1取調室の前に、葵と洸二はやってきていた。
「あれが容疑者ですか」
葵が、紫色のブラウスに黒の短めのタイトスカートをまとい、黒の薄地のストッキングを穿いた脚を組んで手をこまねいて座っている小太りの中年女性を指してそう質問した。
「そうだ。あの女、署に来てからずっとあの調子で黙秘してるんだ」
佐々木警部はそう答えた。
「では彼女が『正当防衛だ』と主張してたのは?」
洸二は訝しげに尋ねた。
「あの現場にいる間だけです。署に入ってから、『ちょっと電話してきてもいい?』と訊かれたので断ったらずっとあの調子なんですよ」
と、佐々木警部は困った様子で返した。
1度署の中で容疑者として逮捕された場合、身の回りのものは着ている衣服以外全て没収される。携帯電話はもちろん、財布も例外ではないのだ。身に付けていた指輪でさえも没収された鈴村純は、周囲にも判り易い程ふて腐れていた。
その様子を暫く見ていた葵が、
「佐々木警部、私が取調べしてもいいですか?」
と切り出した。
「なっ、お前何言ってんだ!?」
佐々木警部は驚きを隠せなかった。
「彼女、たぶん弁護士を呼びたかったんじゃないかなあって思うんですよね」
「ならば最初からそういえばいいじゃないか。そもそも最初から弁護士の召喚の権限があの女にはあるじゃないか!」
「ええ。だから、弁護士を呼ぶふりをして、ある特定の誰かに連絡を取りたかったんじゃないかと思ったんです」
「おい菱峰!お前は飽くまでも本部の人間なんだ。署轄の事件に割り込むのはやめとけ!」
洸二は葵を諌めた。
「でも取調べする刑事はみんな男じゃないですか。よっぽどいい男でない限りは、そう簡単には口を割らないでしょう」
「そうかも知れんな」
「でしょう、佐々木さん!」
「おーいちょっと待ってくれ!!何で佐々木さんまでコイツの越権行為を肯定しようとしてるんですか!?」
「いや、最初から本部との合同捜査になってるんですよ。だから特に問題ないんです」
佐々木は洸二にそう答えた。
「じゃあ大丈夫ですよね、佐々木さん!」
「ああ、何か掴んでみてくれ新人!」
「な、何でこうなるかな……」
半ばはしゃいでいるベテラン・新人コンビを眺めながら、洸二はまたもや凹んでいた。
第1取調室内。
扉をノックする音が響き渡った。中にいた男性の私服警官が扉を開けた。そこに葵が会釈しながら入っていった。
「私が代わります」
「よろしくお願いします」
私服警官は一言挨拶して部屋の扉に背を向けて立った。
基本取調べは2人の警官が行う。
「こんにちは、鈴村さん」
葵は鈴村純にそう声を掛けた。
「あら、あなた刑事なの?」
鈴村はこまねいていた手を解いてそう尋ねた。
「はい、一応警部補です」
「あらあら、若いのに警部補ですって!?ひょっとしてキャリア?」
「うーん、そういう呼び方は私は気に入らないんですが、世間一般的にはそう呼ぶみたいですね」
「そんなもんなの?大概の刑事は肩書が欲しいみたいよ。うちの店に来てた客が言ってたもん」
「そうなんですか?私は寧ろ要らないかなあ」
「え?あははっ!あなた面白いわね」
その様な会話が取調室の横にある部屋に流れてきた。
「あのバカ……!何言ってやがんだ……!」
洸二は軽く怒っていた。
「まあまあ、深谷検事。そう怒りなさんなって。新人のお陰で黙秘の状態がなくなったじゃないですか!」
「まあそうですが……。しかしホントに言うか、あんな事!?」
「あいつはあんな感じでしたよ、研修の時も」
「そうなんですか……」
更に凹む洸二がいた。
「仕方ない。暫く様子見させてください。そして送検速やかにお願いします」
「承知してます」
洸二は佐々木警部と共に、腕を組んだ姿勢で葵の取調べの様子を見る事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます