4 正当防衛

 洸二が運転する車で、惜しげもなく爆睡した葵が目を覚ました時には、既に事件現場の1キロ手前まで来ていた。

「ふあ……おはようございます」

まだ眠気から醒めきれない葵がそこにいた。

「おはよう。おまえ……マジで爆睡してたな。寝言まで言いやがって」

半ば呆れた様子で洸二は答えた。すかさず、

「よだれ垂れてんぞ」

そう指摘してやった。

「え……ええっ!?私何言ってました!?」

よだれより寝言が気になる葵であった。横目で葵を見ながら、

「うん、『釜玉うどん大盛りの温泉玉子でーっ!!』ってでかい声で讃岐うどん注文してたぞ」

と洸二は半笑いで説明してやった。

「きゃっ……は、恥ずかしい……」

葵は途端によだれ顔で赤面した。

「食いしん坊万歳だな」

「深谷さん喧嘩売ってるでしょ」

「いやー。まだ『やめろゲーショー!!』よりはましだと思うが」

「何ですかそれ?」

「うん、作者の弟がある朝高らかに言い放った寝言らしい」

「アホですね、その弟も作者も」

「そんな事より現場に着いたぞ!」

「はいっ!!」

 場所は本牧埠頭第6倉庫。既に沢山の警察車両と制服の警官たちが集まっていた。時計は9時を指していた。

「遅れてすみません」

洸二はそこにいる私服警官に声を掛けた。

「あ、深谷検事!お疲れ様です!!」

答えたのは本牧署の刑事第1課の警部・佐々木だった。年の頃は50代半ばの、小柄でやせ型だが目つきの鋭さが半端じゃない壮年男性だ。

「どこまで調べてます?」

「はい、ガイシャは腹部を鋭利な刃物で刺されています。ガイシャの名前は宮川登。M県M市に住民票登録がある39歳の男です。そのそばで棒立ちに立っていたのが、住所不定無職の鈴村純、宮川と同じ39歳の女です」

「その女は何処にいます?」

「はい、現在本牧署で事情聴取しています。女が言うには『私は正当防衛よ。あの男が急に私を殺そうとナイフを振り回してきたのよ』と。で、抵抗しているうちに、その男の腹部にナイフが突き刺さって、そのまま男が倒れたんだそうです」

佐々木警部はそう説明した。

 洸二は佐々木に

「現場に案内してください」

と声を掛けた。佐々木は

「こちらです。どうぞ」

とテントの中に案内した。

「私も行きます!」

と葵もその後ろについて行った。

 中では既に死体が搬送された後で、人型に形作られた白テープが残っていた。そこには夥しい血痕が、まだ乾ききれない状況で水溜りの様になっていた。

「佐々木警部、もう死体は監察医が診ているのですか?」

葵は佐々木に訊ねた。

「ああそうだ。既に司法解剖に入っている。確か鏑木監察医だった筈だ」

「鏑木さん!?」

「知ってるのか、新人?」

佐々木は葵にそう尋ねた。

「もうひどいなあ。2年目ですよ佐々木さん!研修でお世話になったの去年だったでしょう。鏑木さんは私の大学の大先輩なんですよ」

葵はそう返した。

「で、何で深谷さんと新人が一緒に来たんです?」

佐々木は再び尋ねた。

「たまたま中央署で仕事してたら、コイツが身柄拘束されてきたんですよ。非番の帰りに刺殺体調べてて若手の警官に逮捕されて」

「なるほどな、やっぱりやらかしたな新人!」

「やっぱりって何ですかやっぱりって!!」

顔を赤くして怒る葵に、佐々木が

「新人、おまえさんは人一倍正義感が強い。だが余りにもそれが過ぎると、自分の身を滅ぼす事になっちまうんだぞ。研修の時にも言ったじゃないか、『ほどほどにしとけ』って」

と葵を諭した。

「そ、そりゃそうですけど……」

葵は佐々木の意見に反論できなかった。

 そんな2人の様子を暫く眺めていた洸二だったが、やがて

「佐々木警部、本牧署に行っていいですか?」

と尋ねた。

「まだ送検してないですが……、ガラス越しに見るだけならいいですよ」

佐々木は一瞬躊躇うも、洸二にそう答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る