2 連行
取調室の椅子に腰掛け凹んでいた葵に、洸二はひとつ溜息をついて、
「おい菱峰、帰るぞ」
と声を掛けた。それでも凹み倒している葵の様子を見て、
「来い!」
と右腕を掴んで、ぐいと引っ張った。
「ちょ、深谷さん!何するんですか!?」
葵は洸二に強引に引っ張られて連れて行かれた。そして署の通用口の外まで来ると、
「おまえ、今日非番だよな」
と訊ねた。
「それがどうかしましたか!?」
今しがたの一連の出来事に軽く立腹しながら葵は応えた。
「俺もこれから非番なんだ。おまえ、付き合え!」
洸二はそう言って、腕を掴んだままで葵を駐車場まで連れて行き、そのまま助手席に押し込んだ。
「っつう!何なのよもう!!どういうつもり!?」
軽くキレた葵に対して、運転席に乗り込んだ洸二は、
「おまえ、その格好で電車に乗るつもりか?」
と冷静に返した。
「えっ?」
葵はその時、初めて血まみれの自分の姿を顧るのだった。彼女が我に返った瞬間だった。
「うわ、これはヒドイ……」
「だろ?そんな格好で乗ったら、他の乗客パニック起こすぞ」
「うん、ごもっともです……」
「だから今日は俺に付き合え!」
「だから何でですか!?うちに帰りたいんですけど!!」
「だから家まで乗せてってやるっつってんだろ!」
「!」
「わかったなら行くぞ!」
洸二が見せる不器用な優しさに、葵は心の中で(ありがとう、深谷さん)と感謝していた。葵の家は川崎市内にある。横浜からだと少し遠い。電車内で長い時間、好奇の目に曝される状況を回避してくれるこの大学時代からの先輩を頼もしく思った。そして、その横顔の美しさに有無を言わさず見とれていた。
「……あの、深谷さん」
葵は探る様な雰囲気で訊ねた。
「何」
運転をしながら最小限の言葉で洸二は返した。
「深谷さんは彼女いないんですか?」
「そんな事今更訊いて何になるんだ」
「だって……そのドSな性格はともかく、深谷さんモテるでしょ」
「おまえ、俺に喧嘩売ってる?」
「違うわよ!見た目でモテそうだと思ったから訊いたんじゃないの!」
「……モテないし、彼女もいないよ。いたらどうかしたか?」
「えっ?……どうもしない……」
「じゃあそんな下らん事訊くな!」
「下らん事って……」
葵は再び凹んで、暫く自分の両膝をじっと見つめていた。
その様子を横目に見ながら、洸二は黙々と車を川崎方面に走らせていた。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「菱峰、俺には好きな人がいるんだ」
「…!?」
葵は顔を上げて洸二の方を見た。
「…そうなんですか?」
そう尋ねる葵に、洸二は続けて応えた。
「その人は全然俺に対して脈なしなんだよ。ホントにただの同僚としか思ってないみたいなんだ」
「…同僚?」
「ああ、同僚の1人にしか見えんらしい」
「深谷さん、その人には告ったりしたの?」
「できる訳ないだろ、さっきの他殺体みたく脈がないのに」
「んもう!やってみなきゃわからないでしょ!?」
「……そうか?」
「うん!告ってみた方がいいですよ!」
「そうか、なら告るわ」
「うん!頑張って、深谷さん!!」
「……」
「……どうしました?」
「菱峰、俺と付き合え」
「何を今更……。私のうちの前までだけど付き合ってるじゃないですか!」
「……そうだよな、やっぱそうなるよな……」
先程とは状況が逆転し、今度は洸二が凹み倒していた。
「ん?どうしました、深谷さん?」
菱峰葵は何処までも鈍感な女だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます