不具合 #006
八月三十日。
夏の終わり。暑さ寒さもなんとやら。いやでもあっちーのなんのって。誰ですか地球の傍で豪快なバーベキューをしている異星人は。青い冠塗装の蛇口を捻っても、人肌に温めておきました、と、いらぬ節介を働かれた生ぬるい水がドヤ顔で出てくる。ワンカップじゃねぇんだから。
こんなんじゃ、川や海の水なんかも茹だっちゃってんじゃないのか。昨日なんか、口開けっ放しで飛ぶ気も失せたカラスとか、側溝の水に足を浸け、淵に芽吹いた大きな葉を日除けに一歩も動かない鳩とか、両足をだらしなく伸ばしたまま水の流れに揺蕩い過ぎているカエルとか、ひと目で見て、あ、こいつ、夏を諦めたな、っていう野生を沢山見た。
「メダカとか、いなくなるわけだよな……」
敢えてホタルと言わなかったのは、リア充の代名詞だからだ。お察し下さい。
「ほたる、いなくなっちゃった……」
「言うなって、そんなリアワード……え?」
ところどころ焼け爛れ、裾という裾が乱雑に縦に避けた、とても着物とは言えない継ぎ接ぎの布の塊を身に纏い、フローリングの床をぺたぺたと不思議そうに触りながら、四方に囲まれた何の変哲もない六畳ワンルームのこの部屋を、英国の王宮にでも突如放り込まれたかのような顔で見回している。ぼっちゃんカットの黒髪に黄色……いや黄緑か、薄ぼんやりと光っているかのような丸飾りの付いた、身なりに似つかわしくない綺麗な髪留め。かんざしって言うんだっけ、少しだけ左の前髪が焦げてくるくるになった、背中に戦火の煙や轟音が幻として現れてくるような少女が座っていた。
本人も本人で、異次元空間から飛んできたような顔――飛んできたんだろうけど、飛んできていないというか、飛んできたかどうかと言われると、飛んではいないのかもしれないけれど、飛んだと言うのが丸く収まるから飛んできたような顔と言ったまで――で、辺りを見回し続けていた。やがて両手を扇状にして耳にあて、ぽつりと言った。
「しずか……」
「しずかさん、と仰られますりますか」
ビクッ、と正座崩れの体制がそのまま1センチメートルくらい宙に浮くようなリアクションで、少し跳ねた黒髪が落ちてくる隙間から覗く眼差しがこちらを見た。ちょっとだけ赤味を帯びた鮮やかな栗色の目。和装少女としてはマイナスポイントなのかも知れないが、そのアンバランスさがかえってこの時代に似つかわしくない"異様"の二文字を引き立たせていた。
こちとら、もう大体の察しは付いている。そして、今すぐにでも省電力でおやすみになられている
自分は誰に媚びを売っているんだ。セールスポイントは"モテない"一つあればいい。
少女はおそるおそる首を振る。
「けい……」
「けい?」
「けい」
けい、ちゃんか。年の頃八、九といったところか。その格好から勝手に戦時中の子供という位置づけで推察を進めてしまうけれども、当時は今と違って成長の度合いが違うとも聞くしなぁ。もう少し上かも知れん。煤汚れた足の片方にだけ、緒の切れかかった草鞋がかろうじてぶら下がっている。
「それ、脱いでもらっていい?」
脱ぐと言っても断じて草鞋の事である。それ以外の意はない。繰り返す。断じて草鞋の事である。誤解なきよう足元に指差しまで行う徹底ぶりである。紳士である。
彼女は彼女で、己の座った領域以外の規則正しく並んで綺麗な床板をこれ以上汚すまいとでもしているのか、こちらが身悶えしてしまいそうなくらいにやりにくそうな動きで座面フィールドをこれ以上広げまいとしながら、足りない裾を目一杯伸ばして草鞋を包み込むように脱いでみせた。
……ありだな。
「じゃなくて」
ぴん、と5ミリメートルくらい宙に浮くようなリアクションで、こちらを見てくる。おどおどとしたその視線は、間違っていましたか? 何か違う事をしてしまいましたか? と畏怖と謝罪の念がこもり過ぎてこっちが直視できないくらいだ。違う違う。
「ありがとう。あと、怖がらなくてもいいから。取って喰やしないって」
「とって、くう……っ!?」
デロリン!
某有名ゲームの効果音が鳴った気がした。彼女の頭上に薄ぼんやりと感嘆符が見える気がする。200個くらい。
だーもー。面白いんだけど、面白がってちゃ可哀相だし、あまり刺激するのはよしとこう。
刺激と言っても断じて気分の事である。それ以外の意はない。繰り返さない。しつこい男に思われたくないから。
「……というわけだから、けいちゃん、これ飲んで、これ食べて、少しの間ここに居るといいよ」
スーパーのイベントで回した福引の残念賞こと紙パックのりんごジュースと、その福引の権利を得るために買った乾パンをちゃぶ台の上に置いた。
彼女に乾パンって狙ってセッティングしただろお前何考えてんだ空気読めなさ
「ごめんね」
謝ることではないのだけれど、自分が自分に放った図星から逃れたいがために漏れてきた。
けいはというと、紙パックと乾パンの入った袋を交互に数回見ては、こちらを見て口をぱくぱく。金魚か。しかしながら、決して手を出そうとはしない。その代わり、口をへの字にしながら生唾を何度も飲む音が定期的に聞こえてくるし、不定期にお腹の虫が"まるで空いませんね"とぐぎゅるる挨拶してくるし。新次元ボイスパーカッションか。
わかった、わかったよ。
「うるあああっしゃーー!」
これはわざと。パソコンの画面見てたからわかんなかったけど、多分3センチメートルは飛んだだろうな。
「おるるるるああぁー!」
乾パンの袋ぶばーん!
「ほでゅるぁあー!」
りんごジュースにストローずぼーん!
「そそそぉい!!」
乾パン一個拝借して自分の口に入れつつりんごジュース手渡し、呆気に塞がらない様子の空いた口に乾パン一個ぽこーん!
古き良き利口という枷を無理矢理引きちぎる。引きちぎると言っても以下省略。
「はい! 胡麻入りで1粒10キロカロリー! 美味しいから食べる!」
少し間があって、もぐもぐ。
「はい! 口の中の水分が適度に取られてちゃったなーまいったなーというところでりんごジュースを飲む!」
少し間があって、ちゅー。ちゅーと言っても。
「はい! おいしい!!」
少し間があって。
「おいしい……」
泣くなよ、おい。ごめんて。
――慌ただしいと思っていた一連の出来事も、時間にしてみれば1時間にも満たなかったようで。この部屋の非日常な日常があらかた片付いたところで、そろそろ本題にとりかからなくてはならないね。
けいは本当に利口だ。利口すぎて腹が立つ。絶対に理解できないようなハイテクノロジーな事も、こちらはすっかり諦めに達したこの状態も、解らないを判り、解らないを判った事を判り、解らないを判るための判り方を分かったとするまでが速い。本当に分かっているのか? という疑問が、特に何か言葉を発したわけでもなく確かめたわけでも無いのに全く湧いてこない。腹が立つ――と言っても怒りではない。悲しさか、いや寂しさか。よくわからんがそっち方面だ。利口過ぎる故に、堅いんだ。でも脆い。さながら乾パン。
カサカサと袋のこすれる音からは乾パンを自らの意志で1つまた1つと食べているようだ。今はとりあえずそれでいい。まず無いと思いたいが、袋の乾パン全てを食べきらないといけない、という勘違いが彼女の思考に起きないかどうかが割と心配ではあるけれど。
そんな事を思いながら読んだメールは、何百行にも連なった内容を要約すると、明日朝一までに連絡がなければ、わかっているよな? という事だった。
ぞっとしているとお思いでしょうか。恐々としているとお思いでしょうか。いいえ、一夜限りの夢幻とも思える安堵に包まれている所です。裏を返せば"今日は連絡しません"と言っていただけたようなもので、余計な邪魔、もとい、当然の催促が入る確率がぐっと低くなったという事だ。集中出来る、その集中が己の意志と無関係に切れてしまう心配をとりあえず除くことが出来る。これはでかい。最低限の信頼がないとこうはいかない、はず。毎度毎度ミスの連続で激怒されながらも、なんとかかんとかやりきった事の積み重ねが今、こうして現れてきたのかもしれない――
「過大評価甚だしいな」
おっと、独り言に留めておかないとまた後ろで乾パン童が宙に浮く。
けいの身なり、そこから推察する時代背景を元に、
……あれ、こういう事態が起きていなかった頃の自分って、どうやって特定していたんだっけか? なんて疑問も出てくるぐらいには異常と常の境目を見失いかけている。前から思っていたけど、飲み食いの痕跡は残っているし、キモいと言われようが匂いや香りも残存する。だが、少しずつ週間……ごめん嘘、月間……嘘、不定期に定期付いてきた掃除からの発見だが、痕跡一つ、髪の毛一本残っちゃいないのだ。摩訶不思議。
やばい逸れた。えーと、
誤解の無いよう言っときますが、既に半べそですよ、えぇ。
利用を必須とされた一つのプログラムの塊がある。ライブラリ、と呼んでいいのかこれ? プログラムに新旧はあまり無いと思っていたが、こいつはどう見ても古い。記述方法、寄せ集め感、何よりもマニュアルから漂う太古オーラがそれを決定付けた。だが今尚動作し、抜群の安定感を誇っている(から用いられているんだろう、解析している時間などない)。けいの佇まいと、大体が一致している。とすると、
そうじゃないから、けいが居るわけで。わかってますよ、はい。
「けい、ちょっと聞いていいか?」
「ふぁひ!?」
あ、わり、乾パン食ってたか。
「食ったらでいいや、飲み込んだら声かけて」
後ろでドラミングが聞こえる。全力かお前。
「はい」
「あ、えーとな、聞きたかったのは」
どこか調子悪い所ある? なんかそういう実感ない? ――なんて聞いてどうするんだ。アホか。
「……あー、えー、と。んー……最近、どう?」
ぎゃー! なんとかショッキングでも激レアな質問しちまったー!
「おいしいです、あまくて、つめたくて」
りんごジュースをお気に召したようだ。まぁ乾パンなら一度は食べていそうな感じだもんな。
「そっか。よかったな。一本しかないから味わって飲めよー」
何度も、何度も頷く。乾パンは、全然減ってないな、子供が食べるペースってこんなもんなのかな。それとも嫌い?
「けいの居た所には、そういうの無かったのか?」
「なかったです」
「なかったかぁ。そうかぁ。じゃあ尚更味わって飲めよー」
美味そうに思えてきたじゃないか、りんごジュース。ちきしょー。これ終わったら買いに行ってやる。ヴェルヂ一本買いだ!
「そういや、なかったっていったら、
「はい」
「好きなのか?
「けいは……」
けいは、ホタルって書くって、おかあさんが。
「ん? あ、あーねあーね!」
おやつ代わりだ! と、食べ物を渡したのは覚えているから……大体15時をまわっていた頃から日が暮れかけてモニタの照度が目につくくらいには時間が経ったようだ。
確認だぞ! 確認だからなぐひひ! そう言い聞かせながら振り返ると、予想だにしていなかった眼鼻の距離に
「び、びびった……!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「いや、いいっていいって。それよりさ、何見てたの?」
あれから構築したプログラムを全て見なおしてみたものの、何が原因かがさっぱり掴めないままだった。暫く放置しておくとメモリの占有率が膨れ上がってしまうらしいが、実際に稼働できるのはエンドのサーバのみで、こちらでは確認のしようがない。ただただどこに何が書いてあるのか解らないログの一覧だけが、見ているだけで今日が終わりそうな量あるだけ。一体どこなんだよ、なぁ、なぁって。
「きれい……」
利口すぎるが故に何かを閉ざしたような、溜め込んでいるような今までの瞳とはまるで違う、輝きに満ちた視線の方にはモニタ……いや、ちょっと違うな。
「あぁ」
確かに、綺麗だと思ったよ、最初は。見慣れてしまったけど。
モニタの電源、HDDやパソコンのランプ、全て黄緑の蛍光色が、薄暗い部屋に光り輝いて明滅していた。最近は白だ青だが増えてきて、装飾したりなんだりーってのも良く見聞きするけど、なんだかんだで黄緑色のランプがパソコンー! って感じがするんだよね。個人的に。意識して揃えたつもりはないんだけど、自然と選んでしまっていたのかもしれないな。後で点けるけど、蛍光灯だって蛍の字が入っているけど、なんか違うんだよなー。あれは白熱灯のままでよかった。
「ほたる、みたい……」
大好きか。
「ほたる、って、いい字だよな。虫は虫なんだけどさ、なんつーか、情緒あって」
「字、しらないです。しりたいです。ほたる」
「あら、そっか。じゃあ後で教えちゃるわ。とりあえずこのやんなきゃいけない事終わるまで、待っててーな」
「はい!」
――待っててとは言ったけど、超至近距離でもじもじしながらはちょっとマイ公序良俗がブレイク寸前になるからやめてもらえませんかね。
好きと思えた字一つ、覚えることもままならない生き方。
想像も、できないな。
「ぶっはぁーー! 臭う! 臭うぞ!!」
ひゃん、と鳴き声がした。4センチメートルは飛んだな。
「あ、わりぃ、なんとなーくつかめたもんだから」
「つかめた、ですか」
「えーと、もうちょっとで終わるって事な」
ぱぁ、と目が輝く。蛍光灯より眩しいです。
よーし、一気に調べなおしてやっつけますかー! 凝りに凝った腕をぐるんぐるん回して血流に鞭を打つ。さっさと見つけて片付けて、漢字のおべんきょうといきましょうな。
「あ」
それじゃあ、だめなんだ。よく気がついた。誰か褒めてー。
「
「いいんですか?」
「遠慮とかすんなって。これに限らずだ。それよか紙どこだ、紙」
仕事で使ってるメモ帳を一枚引っ張り、ちゃぶ台に置いて胡座をかく。蛍がその横に食い入るように割って入ってくる。
「まずはー、ちょんちょんちょん、っと」
「ちょんちょん」
「で、ぴっ、ぐいーのかくっと」
「ぐいー、かくっ」
「四角いのを書いて」
ふんふん。鼻息がすごい。いいね、子供はこうでなくちゃ。
「真ん中を失礼しますよー」
「まんなか」
「で、ちょっと斜め上に引いて、最後は点! と!」
「ななめ、てん」
この復唱のポイント掴みの的確さよ。
「これが、
ミラーボールみたいな瞳が零れ落ちそうなくらい見開いて。
「ちなみに」
そう言って、上の、えー、なんだこれ、"ツかんむり"みたいな所を指で隠しつつ――
「この下の部分あるだろ? これだけで"むし"っていう字なんだ」
「むし」
「そう、虫な。ホタルも虫だかんな。全ての虫の字にこれが入ってるわけじゃないんだけど、今回はたまたま入ってた」
「これが、ほたる……」
――そう、それが、蛍。
「けい、の
両手でしっかと汚い字の書かれた紙を持ったまま、
話しかけても意識がどっかに飛んでしまったようなので、使ってた鉛筆で頭を小突いた。
「ほれ、書いてみ。字を覚えるには練習あるのみ!」
「はい!」
メモ帳をもう一枚引っ張り、ちゃぶ台に置いた。すぐさま
「あ、あの……!」
「んー?」
再びパソコンに向かいかけた自分を、初めて制止させた一言に得も言われぬ凄みを感じて動きが止まる。
「この、うえの」
上? ツのかんむりみたいなやつの事か?
「これは、なんの字ですか?」
「これはなぁ、字というか、なんだろな……あまり意味はないというか、ゴメン! わからん!」
あーうーあー、その残念そうな眼差しをやめておくんなましー。無知ですみません本当にすみません私は駄目な人間です。この世に不要な物の代名詞は全て自分です。
逃げるように振り返り、マウスを手に取って作業を進めた。
――蛍って、なんか、ちょっと違うものがあったような。
ほ、た、る。プログラムの末行に打たれるエラー必至の不釣り合いな全角文字。
蛍……螢。あ、そうそう、これこれ。
これはなんか、イメージしやすいな。火が2つあってさ。なんで2つかはよくわかんない1つでいいじゃんって思うけど、火イコール明るい! みたいな感じがしてさ、蛍が光るとそこが明るく火が灯ったみたいになって、っていう。旧字、って言うんだっけ。……あれ? こっちを教えてあげたほうがよかったかもしかして。蛍。こっちもこっちで、なんかそれっぽいイメージが沸いては来るんだけど、なんでかなぁ……。
蛍光灯がチカッと明滅する。あれ、そろそろ交換? 痛い出費だなぁもうちょっと頑張ってくれよ蛍光……
「ああああ!」
後ろで何センチメートル飛んだかな。それは後で聞くとして。
今日大活躍のメモ帳を更に1枚引っ張り、でっかく書いた"蛍"の横に、"光"の字を添えた。
「蛍! さっきの虫の字の上のやつさ! あれな!!」
ばーん、とメモ帳を見せるようにしながらちゃぶ台に座った。
ここは三階だ。耳を凝らしてもなかなか聞こえるもんじゃない鈴虫の音色が、やけに大きく響いて聞こえた。いくら月末とはいえ、まだ8月だってのに、気が早い奴等もいたもんだよな。風情だけど、今は後だ、後。
「上の部分な、ほら、この字に似てるだろ。光。上の、更に上の部分だけだけど似てるのは。これ、ひかりって字なんだけどさ」
虫が光るっていったら蛍でしょうよ、その綺麗な様子を字にしたんじゃないのかな? とかロマンチックな事考えてみたりしたんだけど、どうかな? 思わずときめいちゃったりしない?
ちゃぶ台には、メモ用紙が1枚と、りんごジュースのパックの横に乾パンの袋、それから貸した鉛筆が転がっていた、だけだった。乾パンの減りは目測3,4個といった所か。全部食う事を強いられているのではないか、という懸念は、その真逆、沢山食べてはいけないという自制心の残滓によって後悔へと変わった。置かれた紙には何度も何度も練習された蛍の文字。最初は大きく書いたのだろう、次第にスペースがなくなっていき、最後は豆粒みたいな蛍がメモ用紙に所狭しと綴られていた。はは、書いた順番が手に取るように判るな。ってか言えよもう一枚くれってよ! いやそれより裏使えよ裏! 乾パンももっと食えよ!!
ただただ、りんごジュースの容器は空っぽだったという蜘蛛の糸に救世にも似た祈りで以て折り合いを付けるしかなかった。
バグの原因は、古のライブラリを過信しすぎて、今の感覚でメモリの割り当てを無視した構築になってしまっていた所にあった。ここ数年でメモリ量を含めたパソコンの性能の何もかもが飛躍的に伸びたのは言うまでもなく、当時はいかに容量を削り、メモリ消費を抑え、高速に、円滑な動作をするものを創るか、という所に最も神経を費やしていたのだが、今となっては大容量・高性能の名を良い事に、雑な管理でも動きゃいい、みたいな風潮になりつつある。そこを今尚大事にしているかどうかが技術者としての分かれ目、なんて議論も懐かしい程に、進化の恩恵というのは良い意味でも悪い意味でも蝕み方も超高速、だという事だ。
そこを突き止めた安堵で思考が反れ、蛍の字について考えだしてしまったのだから、これまでの制約で行くと、解決した、という事になってしまったようで。
「なんだよ、せっかちだな」
今書いたメモと
「ねぇわ」
なんだ、持ってったのか。
――持って、いけたのか。
手を伸ばして机の上の携帯を取ろうとするも、あとちょっとのところで脇腹に激震が走り数分身悶えた後、私は横着をしましたとぼやきながら立ち上がって携帯を手に取り担当者様に電話をする。明日朝一での提出を約束後、ライブラリのせいじゃないかと思って明日まで黙っていようとしていたんだけど、そっちのミスだったのかよ! と理不尽な怒られ方をするも、本気じゃない事は容易に理解でき、談笑の後謝罪で締めくくって電話を切る。"7分2秒"。
はぁーあ、今回もなんとかなったっぽいなぁ。
日付はとうに変わっていた。早起き層には下手すりゃ朝と定義しちゃうような時間帯だ。
どのみちこんな時間に
「飛びすぎて、天井突き抜けられても困るもんな」
夏の終わり。暑さ寒さもなんとやら。いやでもまだ暑いよなぁと日中は思っていたけれど、この時間帯は少し肌寒くすらあり、秋の訪れってやつを感じさせる。同時に、肌寒いイコール秋の訪れ、というベタで安直で何の捻りも趣もない発想しか出てこない自分にげんなりしながらカーテンを閉め忘れた窓から見ると、穏やかな雨と乱暴な風という漫才コンビみたいな天気が席巻していた。
「台風でもきてんのかな」
あーあ。
「持って帰るなら、もっと丁寧に書いとくんだったなあああーあーあー!」
絶対
なにこのミミズみたいな汚い字は! みたいな。
手にとった蛍曼荼羅をキーボードの横に置いて願った。
誰にも見せるなよ、頼むぞ、
不具合 #006 修正完了
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