検証
六月三十日。
仕事の修羅場にて三面楚歌に遭い、一面の隙間を縫って命からがら逃げ出し、果てのない山場の頂の景色を楽しむ余裕もないまま、これ、下山するのも一苦労ですねと生まれたてのヤギみたいな足腰が苦笑いする。やっとの思いで麓の丸太小屋にたどり着いた時には、覆いかぶさる曇天模様を見る日の方が少なくなり、雨季も終わりに近づいていた。
外付けハードディスクに保存しておいた、ある案件のデータをコピーする。フォルダに"検証"と銘打ち展開する。ファイル構成を見るだけでその案件がどのようなものだったかを思い出す。これって特技になりませんかね、なんて集団の場で言おうものならあれよあれよと蚊帳の外。待ってましたと大量の蚊にめった刺しにされて、体中に埋め込まれた毒素を飲食で帳消しにしようとひたすら食い続ける事になるのです。合コンみたいなとこ行ったことねぇけど。誰か誘ってくれよ。行かねぇけど。
確か……と随分遠くに感じる記憶を引っ張りだす。確か、二十一日だったな。夜中だと遅いな、夕方くらいだろう。事ある毎にファイル名に年月日時分秒を付加してデータをコピーしておく手癖リストから、十七時過ぎのそれを選択してエディタを開いた。随分遠いけど、はっきりと色濃く、忘れようにも忘れられないプログラムが目の前に映る。
これは推測であり、今からやるのは検証だ。仕事とは何の関係も無いただの与太事だ。六月が終わってしまう前にどうしても確かめたかった事が、最終日になってようやく手が空いた自分を動かす。僅か十行足らずのプログラム。喜雨さんの
――なんかもっと、ばばーん! とか、じゃじゃーん! とか、ド派手に出来ましたー! ってなってもいいんじゃないですかねぇ。
なったらなったで、多分三回目で設定オフにするんだろうけど。人はいつだって貪欲で、そして勝手だ。
出来上がったのは、
「はい! 今!!」
全力で振り返る。前置きを忘れていたが無論独りである。
「だー! やっぱいるわけねぇよなぁあああ!」
もうお分かりいただけただろうか。未練という至ってシンプルかつ致命傷抜群な凶器をどうにか処理できないものかと、あわよくば再びあの可愛き人が現れあわよくばい事にならないかと、もうどちらかというと後者のやましさ全開で、過去の
――不具合は、認識と未解決によって不具合となり、解決、または解決策と確信によって不具合ではなくなる――
持てる頭を駆使して出来る限り小難しくまとめると、そういう事なんだろう。あまり使いたくない言葉ではあるけれど、"要するに"ご都合主義ってこった。現れるのも消えるのも誰にも操作出来ないハズなのにどうにでもなるような曖昧さが坐禅を組み始める。それでいて原因が全て自分という因果応報も寝首をかかれそうになっておいどんもう四字熟語やめます、とか言い出して和尚の喝が入るんだろう。蝋燭に灯る火が目を伏せた自分に所詮全ては諸行無常と呟く。
「深く考えたことなんて無かったけど、
未練は消えねど気になっていたことはそれとなく解決した事にしておきたいから、モヤモヤしていたものも多少は晴れた事にしとこう……うわ、もうこんな時間かよ。
今から出かければ惣菜の半額シールが貼られ始める頃だろう。今日は思い切って刺身でも買ってしまうか。ビールもある。宴じゃ宴。茜色に染まる部屋にカーテンをかけ、踵を返して一路スーパーへ。あぁ、オイスターソースも買っとこう。
検証 調査完了
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