踏み出せなくて
―――ほら、消えちゃうよ?
また声がした。
目を凝らす。声の主は、ずっと何かを待っていたかのように立っていた。誰でもない、古い友人のような、懐かしい兄弟のような不思議なひとだった。
そのひとは、境界の向こう、手前、そのどちらにもいなかった。片方の瞳は真珠の城を映しているのに、もう片方は灰色を背にした自分を見ていた。
足元の境界はもう一度光って、すっと糸のように細くなった。
進むのか、進まないのか。きっと進むことを選ぶべきなのだ。そのために今まで走ってきたのだから。自分は十分頑張った。ちゃんと門が閉まる前に辿りついたじゃないか――でも。
それが正しいのかどうか分からなかった。言われるまま走ってきたけれど、周りの他人にはきっと褒められるのだけれど、それでも、今までの息苦しさがどうにも理不尽に思えて。
踏み出しかけていた一歩を、やめる。
―――どこへ戻る気だい?
どこへだろう。
大きくて立派な城。陽の光が透き通る、真珠色の城。その色に惹かれて、吸いこまれるように道を選んだ。選んだのはこの自分だ。後ろからはあの歌が追ってくる。
―――じゃあ進めばいい。それだけだろう?
たぶん、違う。
―――それなら、何が怖くてためらっているんだい?
雑音がする。耳を塞いだそのうえから、世界の音が漏れ聞こえてくる。まわりのことはおろか、自分のことすら見えない自分がとり残される。
―――ほんの少しだけ、僕の話をしようか。
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